第8話
しばらく経って、呼吸は浅くなり、意識も朦朧とし、悲しみに打ちひしがれていたちょうどその時だった。ドアを蹴破ったみたいな音がして、叫び声が聞こえた。
「さあ、それはどうだろう? 彼女、限界が近づいてるみたいだよ」
寝転がっている状況だから、誰が来たのか私には全くわからなかった。
「おっと、この子を助ける前に君の推理を聞かせてくれないか?」
「君と長く話している暇はないんだけど」
「ではこうしよう、君の推理で私を納得させればこの子を解放してあげる。どうだい? 悪い話じゃないだろう?」
もしや、この声は律さん?
「わかった。条件を飲むよ。まず僕が違和感に気づいたのは布切れを見た時。今回の被害者は5人いたのに、布切れが落ちていたのは最後の現場だけ。犯人のミスとは考えづらいし、何かのヒントだと思った」
そう律さんが言うと、目の前の彼はニヤリと笑った。
「そう、それで?」
「次に気になったのは……いや、先にこれを言おう。そのスーツ、表は同じ生地で2枚作ってたんだろう?」
ばさりと音がして、私の足元に何かが投げ込まれた。
「スーツの布切れと仕立て屋にあった注文票の裏地が違うのに気づいた時は驚いた。そこまですると思わなかったから。そこからが大変だった。スーツがもう一着あるのかなんて考えもしてなかったし」
「でも君は見つけてきたじゃないか」
「苦労したさ。防犯カメラの映像でこのスーツを着たやつを見つけ、問い詰めたは良いものの、彼がなかなか首を縦に振ってくれなくてね」
彼、とは誰だろう。少なくとも私は知らない。それより、頑張れ私。せめて律さんが推理を終えるまでは意識を失わないでくれ。だいぶ危ないけど。
「そうかい。それは大変だったね。高かったろう?」
彼はこの場の雰囲気に合わないくらい明るく、クスクスと笑って言った。
よくわかんないけど、金で買収し買収され、みたいな話だろう。
「しかしこのスーツは現場に落ちていた布切れと裏地が違う。そこで僕はスーツが2着あると考えたわけだ」
「へえ、それでどうしてここに?」
「この生地、僕とお前が初めて会った事件で僕が着ていたスーツの裏地だ。それに思い出してみれば、形まで僕が着ていたのと同じだ、自分のものでもないのによく覚えていたな。そこでピンときたんだ。犯人は僕と関係のある人物で、あえて僕を呼び出していると。一か八か、その事件が起きた場所に来たら君がいたと言うことだ。何処か違うところはあった?」
律さんが彼に問いかけると、彼は物語に出てくる悪役のように高笑いをして、「いや、あっているよ。さすが君だ」と満足げに言った。
「1つ聞いても?」
「どうぞ」
「今まで殺された5人もこの子も、とりわけ共通点があるとは思えないが、なぜ殺した? しかも凍死で」
律さんは感情のわからない声で彼に問いかけた。一方彼は相変わらず楽しそうな声で返した。
「依頼だよ。普段私が手をかけることはないけど、今回は特別にね。凍死にしたのは1番綺麗な死体が出来上がるからだ。生憎汚いものを作り上げる趣味はなくてね」
彼は美しく、薄気味の悪い笑みを浮かべて、恍惚として言った。
「趣味の悪い理由だな。とにかくこれで良いだろう? 彼女を解放してくれ」
「そこまでこの子にご執心なのかい? ますますこの子が憎いな。でも約束だからね」
その一言を聞いた安心感からか、緊張の糸が切れたのか、またまた意識がぷつんと切れてしまった。
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