第6話

 来てしまった。たまたま集合場所が大学の近くの喫茶店だったこと、この後予定がなかったこと、そして何よりも怖さより興味が勝ってしまって。

 店に入ると、一目でどの人が私を待っているのかわかった。その人は例の生地を使ったスーツを着ていたから。


「大津愛理ちゃん、だろう? 待ってたよ」


 私が近づくや否や、にっこりとした笑顔で話しかけてきたその人は、怖いくらい美しかった。それより、


「なんで、名前……」

「もちろん知ってるさ、有名人だからね」


 危険な予感がするけど、どうぞ座って、と促されて帰りづらくなった。


「あの、色々知ってそうな言い方をさっきからされますけど、一体何者ですか?」


 目の前の相手は殺人犯かもしれないのに、どうして知ってるの? とかは聞いちゃいけない気がする。


「そうだなぁ、強いて言うなら君のご主人様の親友、とでも言おうか」

「つまり?」


 私は誰かに仕えたこともなければペットになった覚えもない。怒りをはらんだ声で私が聞き返すと、彼は高らかに笑ってこう言った。


「そうだね、つまり三島律の親友だ。彼はそう思ってないかもしれないが」

「三島さんの、親友?」


 そんなこと、律さんは一言も言ってなかった。


「何か飲む?」

「え?」

「ほら、何か頼まないと店に迷惑だろう? 私のおすすめはそうだな、紅茶なんて良いんじゃないかい?」


 いや、今この流れで注文する? 理屈はわかるけどタイミングってものがあるじゃない。

 そうこうしているうちに彼は店員さんを呼び、注文を始めていた。


「ほら早く」

「えっと、じゃあ、紅茶で」


 何も知らない店員さんはにっこりと笑って去っていった。


「すまない、話の途中だったね。私たちと三島律は、昔からの親友なんだ。でも君が想像する“親友”とは少し違うかもしれない」

「でも、貴方の話なんて一度も聞いたことがないですし、」

「君が三島律と出会ったのが最近のことだからだろう」

「それは、そうですけど」


 ああもう、肝心なことを全く話してくれない。結局どういう関係だってことを聞きたいのに。


「もっと具体的に教えてくれませんか? 律さんといつ出会ったとか、何したとか、思い出とか、いっぱいあるんでしょう?」

「まあ、沢山あるね」

「それを聞きたいんです」


 喫茶店の店員さんは、事情はわからないが私たちが何やら深刻な話をしているらしいと思ったのか、テーブルの隅にそっと飲み物を置いて去っていった。


「砂糖はいる?」

「……はい」


 この突然違う話題に変えるのにももう慣れた。

彼が紅茶を一口飲み込んだのを確認して、私も同じように飲んだ。


「さっきから肝心なことを話してくれないのはどうしてですか、貴方が呼んだのに」

「それは君も同じだろう? 私に言いたいことはあるがここでは話しにくい。私は君に何を言われても構わないんだけどね」


 もしかして、いや、もしかしなくても私が彼を犯人だと疑っているのはわかっているんだろう。じゃあ、この人が私に言いたいことって?


「それ、どういう意味ですか」

「場所を変えようか」


 なら最初からそこに集合すればいいのに、という言葉は相手に届かなかった。そもそも、彼の台詞を聞き取るのが精一杯で、電源が切れたみたいに私の意識はここで切れてしまった。

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