第4話
「おや、珍しいね。三島君が下に降りてくるなんて」
三島さんはしばらく生地と睨めっこをして、天井まである本棚から生地見本を取り出し広げたあと、下にある仕立て屋に向かった。
「悔しいけど、僕は見たことがない生地なんです。でも貴方なら何か知っているかと思って」
と言って三島さんは、さっきの布切れを仕立て屋のおじさんに見せた。おじさんは、胸元のポケットから小さなルーペを出して、じっと観察したあと、静かに首を振った。
「私も見たことがないものだ。力不足で申し訳ない」
おじさんがそう言うと、三島さんは一瞬目を見開いて、「余程珍しい生地なんだな、これは苦戦しそうだ」と呟いた。
「気になったんですけど、逆にそれほど珍しい生地なら、犯人の特定なんて簡単にできてしまうのではないですか?」
「できないとは言い切れないけど、難しいね。どこで仕立てたのか、または買ったのか、検討もつかなければ聞きようもない」
三島さんは事務所にある猫脚のイスに倒れ込み、天を仰いで言った。
「嗚呼、悔しい」
正直どこに悔しさを感じているのか到底理解できないのだけれど、それはロマンというものが関わった何かなのだろうか。
下のおじさんからいきなり電話がかかってきたのは、三島さんが悔しさに打ちひしがれていた数日後のことだった。
「その生地に心当たりがあるっていう知り合いがいたんだ」
それを聞いた三島さんは仕立て屋へと駆け出した。
「ちょっと前に来たお客様なんですけどね、何もかも不思議で覚えてたんです」
いつものおじさんの横にいた、これまた優しそうな雰囲気で上品なスーツを着こなした、別の仕立て屋のおじさんが言った。
「不思議?」
「ええ、まあ生地が珍しいのはもちろんですけど、普通オーダーメイドのスーツを作るなら採寸をするでしょう?」
「ええ、もちろん」
「そのお方は採寸はしないで良い、メモのサイズ通り作ってくれとおっしゃいまして」
確かに不思議な人だと思う。オーダーメイドのスーツを作る時に必ずしも採寸しなきゃいけないという決まりはないけれど、それで自分に合ったスーツが作れるとも思えないし……いや、でも何とかできそうな気もしてきた。もういいや、話がややこしくなる予感がする。
「そこにお客さんがいるんだからパパッと測れそうなのに」
何気なく言った私の一言におじさんは大きく頷いて続けた。
「私もそう思って、サイズを測るだけならすぐ出来ますよって言ったんですけどね、スーツを着るのは自分じゃないから駄目だとおっしゃいまして」
「代理人ですって! 凄いですね、三島さん」
素直に感想を言うと三島さんは苦い顔をして、「凄くはないだろ」と言った。
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