第3話 全てはここから始まった

「こんにちは〜、あれ、今日は俺以外のお客さんもいるんですか」


 ある日の昼下がり、珍し〜と言って入ってきたのは、スーツ姿の男の人だった。私とあんまり歳が離れてなさそうなのに、もう探偵事務所に用が? しかもここに来たのは一度や二度じゃなさそうだ。


「いや、その子は助手」


 三島さんはそう言って私を紹介した。ちなみにこの人は神田結斗さんといって、刑事なんだとか。……それより私助手だったの? 

 混乱している私をよそに、2人は勝手に話を進めていった。


「今回の被害者です。今のところ動機になりそうなものはありません。一致しているところもないですし」


 もらった資料をパラパラとめくると、被害者たちの様子が写真に収められていた。そんな写真たちを見ても平然とした態度を貫けているのは、私がそう言った類のものに耐性があるからではなくて、写真に写ったものたちがあまりに綺麗だったからであろう。死因の欄には凍死と書いてあった。


「全員凍死ってところが気になるな」


 そこまで言いかけた三島さんはハッとして、「ねえ、これなんで僕に持ってきたの」と神田さんに問い詰めた。

 それは、あなたが探偵だからでは。


「あー、それが、犯人にも律さんみたいなこだわりがあるのかなって思って……」


 餅は餅屋っていうじゃないですか、と神田さんはバツが悪そうに言った。


「何、どういうこと」

「なんか、ハンカチの一部……ですかね? みたいな布切れが落ちてて」


 すっごいちっちゃいんですけど、ほらこれ。と言って神田さんは、丁寧にパッキングされた5mm四方のちっちゃい布切れを差し出した。


「どうしてこれを三島さんに? あと、そんな簡単に情報を流していいんですか?」

「だって律さん、服とか布のことなら右に出る者がいないから」


 情報を流してることはくれぐれもご内密に、と神田さんは小声で言った。なるほど、勝手にやってるわけね。


「そうなんですか?」

「あれ、知らなかったの? なんだ、説明を聞いた上でその服を着させられてるのかと」


 そういうものなんだと思って受け入れてしまった。有無を言わさずって感じだったし。


「この人服へのこだわり? というかもう執着心が凄いんだよ、俺が初めて会った時時なんてもう凄い剣幕で捲し立てられて」

「ちなみになんと」

「……ありえない、こんな簡単なこともわからないのかって。ああ、そういえばね、律さんって事件に服のことが絡んでないとちゃんと推理してくれないんだよ」


 「推理はちゃんとするし、駄々こねたことなんかない」と三島さんは不機嫌です、と言わんばかりの態度でそう言った。そしてその後に小さな声で「……ただちょっと機嫌が悪いだけで」と付け足した。


「へえ、そういうことですか」

「そういうこと。でもそれが功を奏して、俺にお下がりが回ってきたりするんだけどね」


 このスーツ、俺の給料じゃ買えない。と神田さんは真面目な顔で言った。

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