第9話 居場所

「で、何か思いだせそうかい?」


 笑った顔の仏像……いや、たぬきが心配そうに聞いてきた。


 頭のもやが、少し消えた気もするけれど、自分のことは何も思い出せない。

 得体のしれない不安がひろがっていく。


「わからない……。もしかして、見てのとおりで、何かが入っているわけじゃないのかも」


 たぬきは、からからと笑った。


「あんたが、見た目どおり、地蔵菩薩様だって言いたいのかい? あるわけないよ」


「なんで、そう思うんですか?」


「この本堂の真ん中をみてごらん。立派な仏像があるだろう。阿弥陀如来様だ。私に話すみたいに、話しかけてごらんよ」


「話しかける……?」


「なんでもいいよ。こんにちは、とかさ」


「じゃあ、……こんにちは」


 わけもわからず、たぬきの言葉を繰り返す。


「返事が聞こえたかい?」


「いえ、何も」


「そうだろう。あんたの声は、阿弥陀如来様に届いているかもしれないが、阿弥陀如来様の声は聞こえないんだ。私も、一度も返事を聞いたことはないよ。毎日、毎日、しゃべりかけているのにさ」


「それって、どういうことですか?」


「思うに、居場所が違うってことじゃないかねえ」


「はあ?」


「だからね、中身はたぬきの私と会話ができるあんたは、同じようなもんだと思うのさ」


「はあ……」


「あ、がっかりしないでおくれよ。私と会話ができるってことは、あんたはあんたのまま存在してるってことだ。外側の地蔵菩薩様に吸い取られてたら、あんたは消えちまってたしね。間に合って、良かったよ」


 意味はわからない。でも、たぬきが良かったと言ってくれたことに、ほっとした。


 それから、毎日、たぬきが話をしてくれた。

 耳をすまし、会話の中に自分のかけらを探していく。


 でも、何も見つからない。


 あきらめかけた時、たぬきが山にいた時のことを話し始めた。


(あ、知ってる)


 突然、そう思った。その途端、山の景色がぼんやりと浮かんだ。


(懐かしい……)


「山の話、もっと聞かせて」


「お! さては、あんたも山に住んでいたお仲間かい? よし、あんたが思い出すまで、山の話を沢山するとしよう」


 そう言うと、たぬきは嬉しそうに話し始めた。


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