第8話 願い

 私はねえ、昔、たぬきだったんだ。

 巣から離れて遊んでいたら足を怪我してね。動けなくなったんだ。

 

 痛くて、怖くて、悲しくてね。このまま死ぬんだと思った時だった。

 体がひょいと持ち上げられた。

 私の顔をのぞきこんだものを見て、「もう、だめだ!」と、覚悟したね。


 見るのは初めてだったが、すぐにわかった。

 そう、人さ。


 私もおじいちゃんみたいに、たぬき汁になるのかと、体が震えたもんだ。


 でもね。その人は私を家に連れて帰り、けがの手当てをしてくれた。

 それだけじゃない。あったかい寝床を作って、食べ物をくれた。


 でも、人の怖さを散々聞いてきたからね。太らされてから、たぬき汁にされるんだとびくびくしてたんだよ。

 が、その人は本当に優しかった。山の生きものより、ずーっとね。

 

 その人はね、他の人に、お坊さんと呼ばれていた。

 といっても、ここみたいに寺なんか持ってないんだよ。


 一人で、いろんなところをまわって拝みながら、木切れで仏像を彫っていた。


 ある日、その人は、元気になった私を山へと連れて行った。

 でも、私は山には帰らなかった。だって、その人と離れたくなかったからね。


 だって、そばにいると居心地がよかったから。

 それに、その人が作る仏像に惚れ込んでしまってねえ。


 仏像を彫っているところを見るのが、楽しくて楽しくて。

 だから、私の命がつきた後も、その人が仏像を彫るところを、ずっと、そばで見ていたのさ。


 でもね、その人も命がつきる時がやってきた。

 その人が、最後の仏像を作り始めた時、私は一生懸命に願ったんだ。


 この仏像に宿らせて欲しいって。

 そして、この仏像を拝みにくる人たちを、この人のかわりに見たいってね。


 だって、その人は、いつだって、人々のために仏像を彫ってたからね。

 自分のことは何も願わず、ただ、人々が幸せであるようにと。


 だから、この仏像に宿って、人々が幸せになって、この人の願いが叶うところを見届けたいと思ったんだ。  

 私自身の目でね。


 だから、私は私のままで、この仏像に宿りたい。私は、そう強く願ったんだ。


 すると、仏像ができあがる瞬間だったね。

 仏像がひかりだして、私がひゅーっと吸い込まれたのは。


 で、気がついたら、仏像の内側にいたのさ。

 私の願いが叶ったんだ。

 すごいだろう? 願いって、叶うんだよ。


 だから、この仏像に手をあわせる人たちに、私は伝えてるんだ。

 必死で願えば、叶うからって。


 まあ、私の声が届いているかどうかは分かりゃあしないがね。

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