第4話 見知らぬ男

 ある日、男がやってきた。

 ふもとの村の人間たちとはまるで違う、立派な衣を着た男。


「地蔵菩薩様、お礼に参りました。私の願いを叶えてくださり、ありがとうございました。おかげさまで、全て上手くいきました。珍しい菓子が手に入りましたので、供えさせていただきます」


 頭を深々とさげる男。まるで見覚えがない。

 入れ替わったばかりの頃は、覚えのない礼を言われると、居心地が悪かったが、もう、なんとも思わなくなった。


 男は、ほこらの中をのぞき、ため息をついた。


「力のある地蔵菩薩様が、こんな粗末なところにおられるとは耐えがたい。私の屋敷なら、ここよりはずっと良い。是非、お連れしたいが……」


 そうつぶやくと、男は名残惜しそうに去っていった。


 その夜、月明りが、ほこらの前に男が置いていった菓子を浮き上がらせた。

 鮮やかすぎる色。山に住むものたちは誰も食べない。


 男の言葉が頭をまわる。


(ここよりもずっと良い? それはどんなとこなんだ? ……行ってみたい)


 気がつけば、そればかりを願っていた。



 それから、すぐに、また、あの男が来た。

 今度は、ふもとの村の者も一緒だ。


「傷をつけぬよう、くれぐれも気をつけてくれ。私が買い取ったのだ。もはや、私の大事な地蔵菩薩様なのだからな」


 男の言葉に、ふもとの村の者がうなずく。


「もちろんですとも。庄屋様」


 村の者は、ほこらをあけた。そして、手が伸びてきたと思ったら、体が浮いた。

 持ち上げられて、ほこらの外にだされたようだ。


 久しぶりに、頭のてっぺんから、太陽の光を浴びた。


 まぶしい!

 そう思った瞬間、何かに包まれて何も見えなくなった。


「庄屋様。しっかりと布で包みましたので、傷はつきませぬ。それで、このほこらに祀るかわりの仏像のことですが……」


「ああ、わかっておる。村の者に気づかれぬよう、似た仏像を作らせた。……おい、あれを持て」


「はい、ただいま」

と、別の男の声。庄屋と呼ばれた男の傍にいた者か。


「なんと、よう似ておりますなあ! これなら、ほこらの奥の地蔵菩薩さんが入れ替わったことに、気づくもんはおりませんでしょう。……それにしても、木の色も、ここの地蔵菩薩さんと似ておって、古いものに見えますな」


「ああ、腕のよい仏師に作らせた。ようできた身代わりだろう?」


 庄屋と呼ばれた男の満足げな声が響いた。



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