第3話 まさか

「目を閉じろ。開けて良いと言うまで閉じておけ」


 俺は言われるがままに目を閉じた。

 

 次の瞬間、心の臓がひゅっとつかまれ、体がぐっと浮き上がった。

 と、思ったら、そのまま体がすとーんと落ちた。

 

 雨があたる感覚が消えた。


「目を開けてよい」


 そっと目をあける。暗い……。


 わずかに明るい方へと目をむけた。

 格子の向こうに雨が見えた。


 え……!? 


 すると、雨の中で、大きなしっぽがふわりと動いた。

 見慣れた俺のしっぽ。

 ぬれそぼっているのに、楽しそうにゆれている。


 呆然とする俺の耳に、格子の向こうから声が届いた。


「ああ、心地よい雨だ! また、自由になれる日がこようとは! おろかな狐よ、礼を言うぞ」


 そう言って、自分の一部だったしっぽが雨の中へと消えていった。




 ほこらに入って、一体、どれくらいたった?

 もう、ずいぶんたったような気もするが、よくわからない。

 なにせ、木の置物に入った体は、ぴくりとも動けないからな。

 お日様がのぼって、お日様が沈むのも、やたらと長い。

 

 だが、雨風をしのげ、敵に狙われることもない。安全な住処があるのは、それだけで極楽だ。


 最初は、話しかけてくる人間にびくびくした。

 しかし、声の言ったとおり、入れ替わったことに気づく者なんていやしない。人間たちは、自分の願いをしゃべるだけで、まわりを見てもいなかった。

 

 しかも、奴らときたら、いったい、どれだけ願いがあるんだ?

 食べ物が欲しい。安全な寝床が欲しい。そんなわかりやすいもんばかりが願いだと思っていた。


 だが、奴らは違う。

 よくわからないもんを欲しがったり、他の者の不幸を願ったり。

 しかも、底なし沼みたいにつきることがない。


 次は何かとあきれるが、暇をつぶすにはちょうどいい。


 ああ、それにしても、惜しいのは、奴らが持ってくる供えもんだ。

 うまそうなのに、どうやっても食べられない。


 かわりに、山に住むものたちが食べるのを、ほこらの中から見るだけだ。


 まあ、ほこらに入ってから、不思議と腹はすかなくなった。

 飢えて死ぬこともなくなったってことか。

 俺もいい身分になったもんだ。


 あの声は、なんで、こんないい暮らしを取りかえたくなったんだろうな?

 

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