第2話 声の主

 足が止まった。


 目の前には小さなほこらがあった。

 ここは、人間が拝みにくるところだ。


 俺は、ほこらの中をのぞきこんだ。

 格子の奥に、木の置物が見える。


「もしかして、おまえが俺を呼んだのか……?」


「そうだ。私がおまえを呼んだ」


 は? この木の置物が声の主だと?

 俺は体を震わせながらも、強気に言った。


「人間のつくりもんだろ? なんで、しゃべれる?」


「そんなことより、狐よ。おまえの望みを叶えてやろう」


「望み?」


「ああ。さっき、叫んでおったろう。雨にあたらず、ゆっくり休める場所が欲しいと」


 そりゃあ、今の状況で欲しいものなど他にない。


「ああ、そうだ! おまえに叶えられるのか!?」


 俺は、やけになって叫んだ。


「もちろんだ」

と、自信に満ちた声。


「なら、やってみろよ」


「わかった。だが、交換だ」


「交換? 見てのとおり、俺は、なんも持っちゃいねえ」


「物ではない。ただ、入れ替わってくれればよい」


「入れ替わる? なに、冗談言ってんだ?」


「いや、冗談ではない。わたしとおまえが入れ替われば、この祠で、おまえは雨風をしのげ、のんびり暮らせる」


「おい、からかってんのか!? 俺がそんな狭い場所に入れるわけねえだろう!」


「そうではない。私がおまえの体に入り、おまえが私の体に入るのだ」


「おいおい、ますます、無理じゃねえか」


「無理ではない。おまえの承諾さえあれば容易にできる」


「はっ、信じらんねえ……。じゃあ、俺がおまえに入れ替わったとしてだ。あんたを拝みに人間がやってくるだろう? 俺が入ってたら、奴らにばれて、殺されるじゃねえか。人間とは、恐ろしい奴らだからな」


「大丈夫だ。おまえが私の体に入っていようといまいと、気づく人間などおらん。さあ、どうする?」


 更に強くなった雨が、俺を急かすように、容赦なく叩きつけてくる。


 どこでもいい。とにかく、ゆっくり休みたい。

 俺は思いっきり叫んだ。


「できるもんなら、やってみろ!」


「では、私と入れ替わることを承諾するのだな」


「ああ。いくらでも承諾してやる!」


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