わたし

水無月 あん

第1話 叶えてやろう

「また、雨か!」 


 俺は天をにらみつけると、重い足をひきずりながら、今日の寝床を探す。


 何日も続いた大雨で、俺の巣穴は流され、山も崩れた。

 なんとか逃げだし、がむしゃらに走り続け、知らない山にたどりついたものの、食べてもいない、眠ってもいない体は、もう動かない。


 本当に、山で生きることは苦しいことばかりだ。

 敵に襲われることも、飢えることも、すぐに死だ。

 

 が、なにより、やっかいなのは天だ。天からは逃れることができない。


 子どもの頃、嵐がきて、俺だけが生き残った。

 その時からずっと、天には苦しめられてきた。

 

 そして、今もだ。

 住み慣れた山を追い出されたのに、どこへ行こうが天はついてくる。


 いっそ、流されたほうが楽だったな……。


 そんな考えがよぎった時、一本の木が目に入った。


「雨よけの木! 俺の運もまだ残ってたじゃねえか」


 丈夫な葉が横に広がり、強烈に雨をはじくこの木は、めったに出会えない。

 俺は最後の力を振り絞り、木の下に走りこんだ。


 が、一気に雨の勢いが増した。

 

 雨音がすごい。

 巣穴が流されたときの音を思い出し、体が震える。


(さすがに、雨よけでも、もたねえか……)

と思った瞬間、俺の上にどっと雨が落ちてきた。

 

 緊張の糸が切れ、俺は腹の底から無茶苦茶に叫んだ。


「ああ、もう、なんなんだっ! 勘弁してくれよっ! なんでこんなに俺を苦しめる? 雨にあたらず、ゆっくり休めれば、他にはなんもいらねえのに!」


 その時だ。


「狐よ。その願いを叶えてやろう」

と、声が聞こえた。


「だっ、誰だっ!」


 あわてて、まわりを見た。が、滝のような雨で何も見えない。


「後ろだ」

 

 またもや、声が聞こえた。

 はじかれるように振り向いた。が、やはり、雨で何も見えない。


 でも、本能が何かいると知らせてくる。全身の毛が逆立ち、思わず、あとずさった。


 その時、雨の音が、ふと小さくなった。その間を縫うように、声が俺を迎えにきた。


「こっちへ来い、狐よ」


 優しく語りかけてくる声に、俺の体は震え始めた。


「早く、来い」


 体の毛は逆立ったままなのに、足が勝手に動きだす。


 やめろ! 危険だ! 行くな! 本能が叫ぶ。

 なのに、疲れきっているはずの足が止まらない。

 

 俺は猛烈な雨に打たれながら、ひたすら歩いた。

 声のもとへと引っ張られるように。

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