現るヘルバトラー
「ケンジー!」
ショウが真剣な顔をケンジに向ける。
向かう先では大規模な戦闘が行われているのが分かる。
「かなりヤバそうだね・・・・・・。キャノンさん、シラヌイさん、このまま戦闘準備を」
「ハッ!」
「敵の数も多そうだし、それに・・・・・・とんでもなくヤバい奴がいるわね・・・・・・。このまま正面から突っ込むの?」
「こっちは50騎だけだから、勢いのまま突撃しよう」
!!!
ケンジ、ショウが何かを感じ取り固まった。
「体を低くー、衝撃に備えろー!!!」
ケンジが声を上げる。
地面がカタカタと揺れたかと思うと、鉄板で全身を叩かれたような衝撃が襲ってきた。
ケンジ、ショウは体をかがめ、馬にしがみついた。
「どうー、どうどう」
ケンジの乗っていた馬も興奮して落ち着かない。
「みんな大丈夫?」
「ハッ、大丈夫です」
「あわわ、、わたしもなんとかー」
カロイは顔に砂を被り、真っ白けな顔で言った。
「ショウ、急いだ方が良さそうだね」
「キャノン、シラヌイふたりで兵を率い自分達で判断して敵を混乱させるのよ」
「ハッ」
「わたしと、ケンジは先に行くわ。ケンジ!」
「うん」
「ハッ、すぐ向かいます」
「ああ、カロイ。あなたはすぐに王都に戻って、状況をパパに伝えなさい。とにかく、ヤバい奴が城に向かってるって。いそぐのよ」
「かっ、かしこまりました」
「オードリーさん・・・」
土煙がおさまると、下を向いてエックスが佇んでいた。
戦場の中心にポカンッとした空間が生まれた。半径50メートルほどの何も無いまっさらな状態に様変わりし、周りには爆風に吹き飛ばされた兵士、魔物が水際の枯れ枝のように積み重なって固まっていた。
「あー、いてててっ」
エックスの呟きが静寂の中響き渡る。
「いきなり、本気はまずかったな・・・・・・、あたたたたっ。んー、まあガンよ。貴様の本気に、本気でやり返した。その事だけは、チリになっても刻んでくれよ。じゃあな」
「隊長ー!」「オードリー隊長ー・・・・・・」
事態を飲み込めた周りの兵士達が大声でオードリーの名を呼ぶ。
「目障りだ。お前ら、残ってるそいつらちゃちゃっと片付けろ」
周りの魔物達の目が一斉に残っている兵士に向けられる。
「いかん、退却ー、退却ー!!」
マッシュが叫ぶ。
一気に形勢は傾いた。
点々バラバラに逃げる兵士に魔物達が襲いかかる。
グォォォガーーーーー!!
「たっ、助けてくれー」
大型のオークが棍棒を振り上げた時・・・・・・。
強い発光が起こり、オークの上半身が爆発しその場に崩れ落ちた。
「んーーーー」
エックスが目を凝らす。
ロッドを掲げ、静かに詠唱するショウがいた。
ロッドの先からは、数秒間隔で短い稲妻に似た閃光が発せられ、誘導弾のように正確に兵士に襲いかかる魔物目掛けて襲いかかっていった。
しかし、エックスが睨んでいるのはその横。
馬から降りて、一心不乱に自分に向かって走ってくる男。
黄金に光輝く剣を片手に、表情は変えずただ走ってこちらに向かってくる男。
はぁ、はぁ、はぁ。
「オードリー将軍をどこにやった?」
「・・・・・・。」
「言葉は、分かるのか?」
「・・・・・・。」
「おいっ、将軍は・・・・・・」
エックスは、ゆっくりとした動きで地面を指差した。
「地面?・・・・・・、もう倒されたのか?」
「・・・・・・。お前は一体・・・・・・」
「くっそ、遅かったか」
「・・・・・・。」
「俺は、アイ王国のケンジ。これより先にはお前らは進ませない」
!!!
「ケンジ・・・・・・、貴様がケンジ王子か?」
ケンジとエックスの周りでは、ショウが辺りの魔物を一手に相手取り激しく戦っている。
「一見しただけでは、そこらの人間と変わらないが・・・・・・、なるほど、凝らして見ると貴様の不思議な力があることに、気付くなー」
ククククッ、とエックスは不気味に笑う。
「なにごちゃごちゃ言ってんだー!」
「あっ、ま、まて」
斬りかかるケンジ。
振り下ろされる一筋の太刀を躱すエックスの体のキレは格段に遅い。
左肩を深く抉り、血飛沫が起きる。
「あいてててて、まだ体が上手く動かせないってのに・・・・・・」
エックスは、ケンジの繰り出す攻撃を躱しながら不思議な感覚に囚われる。
速くない、重くない、動きで軌道も読み切れる。なのに、躱すので精一杯。全力を出し切った反動で体が言うことを効かないからか・・・・・・。いや、そうでは無い。
百戦錬磨のエックスでも、危機を感じる状況。この感覚は過去に一度だけ・・・・・・。
「ちょっと、まて!」
エックスは片手を突き出してそう叫ぶ。
「なんだ?」
「聞きたい事がある」
「くだらない時間稼ぎに付き合っている暇はないんだ」
ケンジは剣を振り下ろす。
「わかった、俺たちはここで引き返す」
ケンジの動きが止まる。
「その代わり、一つ聞かせろ」
「・・・・・・、本当か?」
「ああ、俺は元々アイ王国なんてどうでもいい、大魔王のじじいに言われたから仕方なくやってるだけだしな」
「じゃあ、お前以外の奴らに武器を置いて退却するように命令をだせ」
「オーケー、オーケー」
エックスが、指を鳴らすとコウモリ型の魔物がゆらゆらと近づいてきた。
「エンマ、全員にずらかるように伝えろ」
「はい、承知です」
エンマは、ピューンと上空まで登り、口を開き口をパクパク動かした。
エンマを中心に、声の届いた魔物から動きを止める。一種の催眠術に掛けられたように背を向けとぼとぼと引き返していった。
「何?なんなのよー」
奮戦していたショウも拍子抜けしてしまった。
「これでいいだろう」
ケンジは周りを見渡した。しかし、構えた剣は下ろさなかった。
「なんだ?何が聞きたい?」
「・・・・・・。お前のことだ」
「僕の?」
「お前は一体何者だ?どこで生まれ、どこで育った?」
「・・・・・・?。それはどういう意味だ」
!!!!!
ケンジ、エックス、それから少し離れた所にいたショウが視線を上に向ける。
空間が湾曲し亀裂が入りゆっくり口を開ける。
ぬぉ〜と、馬の蹄に似た大きな足が出てきた。続いて下半身、密度の濃い紫色の体毛に覆われ、上半身は鋼のような筋肉に覆われ、そして口が見えない程に蓄えられた髭、刀疵で潰れた左目、白濁した右目は睨みを効かしている。鋭い爪のついた大きな翼を広げ、最後に黄金に輝く鋭い角、大柄な魔物がその全容を現した。
ケンジは、硬直した。
間違いない、この姿態・・・・・・、ヘルバトラーそのものだった。
「エックスー、ずいぶんと苦戦しているじゃあないかー、ええ〜」
低い声が辺りに響く。
「チッ、めんどくさい奴が来たぜ」
「んんー、どういう状況だー?どうしてお前しかいないんだ?他の奴らはどこ行った?まさかやられた訳じゃあるまいな」
「もう帰した」
「ほぉう」
「それよりゼット、驚けよ。こいつがアイ王国の王子様だぜ」
ゼットという名のヘルバトラーの右目がケンジを睨む。
「こいつが?・・・・・・。こんなもんか!?」
「クククククっ、お前もそう思うだろ?黙ってこいつとやってみろよ。面白いからよぉ」
んんんっ。ゼットの右目がさらに険しさを増してケンジを睨みつける。
経験を積んで技量だけでなく度胸も付いたケンジだが、重圧にひざが小さく震えた。
「それも面白そうだがな・・・・・・。親方様がお前を急いで連れて来るように言ってるんだ」
「なにー?」
ゼットは背中の羽を大きく羽ばたかせると、矢のような速さでエックスを肩に担ぐ。
「ケンジーーーー、この次が決着だーーーーー」
不気味なエックスの捨て台詞だけを残し、遠くに見える山の向こうへ消えていってしまった。
「ケンジー。・・・・・・、ケンジ」
駆け寄ってきたショウの言葉も耳に入らないほどケンジは体が硬直し緊張していた。
手にかいた汗で剣を落としそうなほどに。
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