北部前線

 広大な領地を持つアイ王国は、至る所で魔物達の侵攻が起こり、その被害は日増しに増えていた。四方に配置されている部隊は連日、国を守るため必死に戦っていた。

 東に配置された第4師団は、老将ベガルード師団長率いる魔法特化型の部隊。最も数が少ない部隊だが、少数精鋭の方針を貫き、こと守りに関して言えば4師団の中では1番得意としていた。今も安定して防衛に成功していた。

 西に配置された第3師団は、師団長のトレイナーを中心に、部隊幹部の個性が強く、息が合わなければただの烏合の衆と言われてしまう問題ある部隊だが、ぴったり息が合った時の爆発的な強さは、他に類をみない。統率力のあるトレイナー師団長が上手く舵をとり、今回もなんとか善戦している。

 そして、南に配置されているのは、先日ケンジ、ショウと共にフジナミの国を救ったミカデ師団長率いる第2師団。魔物の侵攻の被害も1番多いが、ミカデ師団長の計算し尽くした采配の元、こちらも上手く対応し被害は最小限に抑えられていた。

 今もっとも問題とされているのが、北に配置された、ガン・オードリー師団長率いる第1師団であった。

 ガン・オードリー師団長自身の戦闘能力は、アイ王国国内でも屈指の実力で、アラン国王もその強さは、大いに認めるところであった。幹部もオードリーが認めた腕っぷしの強い者が選ばれ、根っからの戦闘部隊として位置付けられていた。なので、今回のように守りに徹する任務には不得手で、北の地域では幾つもの砦を突破され厳しい戦いが行われていた。

 失敗が続くと個性の強い幹部や兵士、部隊全体の士気も下がりもはや連携して上手く戦う事が難しく、部隊の雰囲気も悪くなる一方だった。

 半端な援軍ではかえって足手まといになるし、そもそも他から兵を回す余裕もなく、アラン王は頭を痛めた。そして、この事態を打破するために、息子ケンジと、娘ショウの二人を北へ送る事を決断したのだった。




 「なあ、ショウ、オードリー師団長って覚えてる?」

 「当たり前じゃない。なんか偉そうで声がデカくて、髭面の筋肉野人でしょ」

 「・・・・・・。散々な言い方だね。だけど思い出したよ。あの人かー。話した事もないな」

 「はははっ、お二人とも、それでもガン・オードリー師団長は、アイ王国屈指の戦士。その名は列国にも響き渡り、名を聞けばそれだけで白旗を挙げる敵もいるほど。まあ、確かに昔気質のところはありますから、話づらいでしょうけど、思い切って話してみれば、意外と気さくなところもありますよ」

 ケンジとショウの案内役として、アラン王は信頼をおいているカイロという男をひとり付けた。顔も広く各師団長とも上手く付き合っているアラン王の側近だ。

 「ふん、屈指の戦士って言っても今の状況じゃあね」

 「まあ、そう言わずに。さあ、この林を抜けたらもう前線です。警戒してください」




 「サンザール!50騎連れて、川を渡ってブルネの村へ向かえー。アリス、後ろがつかえてるぞ、さっさと治療を終えるんだ!ドナー!ドナー!どこ行った?ドナー」

 「隊長、すぐに走れる馬が足りません!」

 「手配できる限りで構わん、直ぐ向かえ!村が悲鳴をあげてるぞ、応援はすぐに出す、行けー!」

 「隊長ー」

 「ドナー、北西からゴーレムが来ている、火力を集中させて、砦までに叩け!いくら火薬を使っても構わん!あの砦だけは、死守するだー」

 「東方より、キメラの大群です!法弾を持ってますー。こちらに向かっているようです!」

 「魔法隊は何してるー、早く落とさせろー」

 

 ドンッー!

 ドドドンッー!!

 ドドドドドドッ!!!

 爆破音が近づいてくる。

 「全員伏せろー!!」


 ・・・・・・。


 「あれっ?」

 「どうしたー?」

 ガン・オードリー師団長が、様子を見に地下塹壕から表に出ると、不思議な半透明の膜が辺りを覆っていた。

 「なんだ、これはー」


 「オードリー師団長ー」

 「カロイ様?」

 「ええ、ご無事でしたか?」

 「無事もなにも、今まさに激戦の真っ最中。貴方がなんでこんな前線に?」

 「こらー、もういい?キメラも向こうに行ったし解くわよ」

 辺りを覆っていた膜は、風に流されるようにスゥーと消えていった。

 「オードリー師団長、ケンジ王子とショウ王女をお連れしました。王の命により、お二方の力を使い、状況を打破せよとのことです」

 「オードリー、状況を手短に教えなさい」

 「おお、これは、これは王子に王女、随分久しぶりですなー。ガハハハッ」

 「オードリー、そんなことはいいの、それより状況を教えて、まあ、ざっと見た感じ良くはないのは分かるけどね」

 「この前まで、まだヨチヨチ歩きだった王女も一丁前な事を言うようになって、まあ。ガハハハッ。下に地図があります。ほら、どうぞ」

 オードリーは、不器用なウィンクで、3人を手招きする。


 「諸君、集まれー!」

 慌ただしく走り回っていた兵士達がピタッと止まり、一斉に集まってきた。

 「こちらは、我がアイ王国王子ケンジ様、そして、そして、お美しい女性、こちらは王女ショウ様である」

 皆、呆気にとられたような顔つきになって、周りの者達と顔を見合わせている。

 「ほれっ!拍手ー」

 ・・・・・・。パチ、パチ、パチパチ、パチパチパチー。

 「よいか、お二人はこの戦況を打破するため、王の命によりこちらに来られた。皆も知っているだろう、お二人は先日もフジナミの城を助け、魔帝ジャネスも倒す実力をお持ちだ!皆の者、最強の助っ人がきてくれた、大いに喜べっ!ガハハハッ」

 おっ、おおおおっーーー!!

 アイ王国バンザーイ!バンザーイ!

 兵士達も状況が飲み込めたようで一気に歓喜する。

 「ガッハハハ!それでは、王子意気込みを一言」

 「えっ!」

ケンジは、驚いてショウの方に振り向く。人前に立って話すのは、元いた世界から大の苦手だ。

 ショウは、早くなんか言えよ。と顎で指図する。顔の作りが兄貴だから、何にも言えない。

 「あっ、ええーっと、とにかく一匹でも倒したいです。いや、倒しますので、よろしくお願いします」

 ケンジは、頭を下げた。

 ショウの舌打ちが聞こえた。

 ・・・・・・。

 オードリーはじめ、周りの兵士達も静まり返ったが、やがて、ひとりまたひとりと拍手の輪が広がっていった。

 「ええーと、みなさん、わたしはカロイと言います。お二人の案内人でございます。お二人とも長旅でお疲れになっていますので、どうぞ、みなさんは、現場にもどってください」

 「解散ーー!」

 オードリーの掛け声で、皆が散り散りに解散した。オードリーは、砂だらけのテーブルの前に3人を案内した。広げられた地図は、この辺りを拡大したものだった。

 「では、さっそく。主力の戦闘部隊は、ここから先の前線におります。幹部連中も一緒です。集結して陣を張っています・・・・・・」

 真剣な顔つきに変わった、ショウ、カロイをよそに、ケンジはジワジワと先ほどの挨拶の失態が胸に広がり、その場に座り込みたい気分になってきた。なんとかカロイの肩に掴まり堪えるのであった。

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