旅立つタージ
タージが屋敷につくと、隣の小さな畑にそれは大きな体格の老人が鍬で土を耕していた。
「どうした?お前でも敵わない相手だったのか?」
タージに気付いた老人が手を止め言った。
「うんん、今追い返したところ」
「・・・・・・。ちょうど一休みするところだ。お前も一緒に来い」
「うん」
「よっこらせ」
老人は普段は誰一人として入室を許さない自室にタージを誘い入れた。手でお前も座れと合図を送る。
慣れた手つきで、お茶を淹れる。
「で、どうした?タージ」
「父上・・・・・・」
そう、タージの前に座る大柄な老人こそ、初代頭首レオンその人であった。
「腹の傷は大丈夫か?」
「ああ、これね。もう血は止まったよ」
「なかなかやる相手だったようだな」
「うん、ちょっと気を抜けば、やられてたよ。アタシがやられたら、この船も結構な被害だったと思う」
「それは、強敵だな」
「うん。それでそいつの目的が、アタシと父上の命だったんだ」
「ほぉ、わしらの?」
「それなのに巻き添えを喰ったゴゴの兵隊の方が被害が大きいそうで・・・・・・」
「・・・・・・うむ、彼らは軍人だ。国の為に働いとる。どうせ、またイチャモンをつけに来たのだろう。運が悪かったと気持ちを切り替えなさい」
「・・・・・・、はい」
レオンは茶を啜る。とても静かな動作だった。船で漁をしていた頃を知るものにとっては、信じられないくらい繊細で凛とした姿勢であった。
「タージよ。ここのところ世界の至る所で魔物達が今までにない動きで暴れ回っておる。ゴゴ大国の東の国、イオンジゼェルは魔物の大群に攻め込まれ壊滅してしまったそうだ」
「えっ、あんなに大きな国が、無くなってしまったの?」
「それだけじゃない。ここより遥か北にある、ヨドポートという、ここも何十万という人が暮らす大きな国があったが、そこも魔物達の侵攻を受けて壊滅してしまったそうだ」
「そんな・・・・・・」
「これは、小競り合いなんて軽いもんじゃない。他にも、滅ぼされた国や村、集落なんかはたくさんあるようだ。これは明らかに組織だって、我々人間を倒しにきている」
「魔物達が?そんな事って、聞いた事がないよ」
「歴史的に見れば、不思議な事じゃない。今から500年前にも同じように魔物達の巨大侵攻は起こっている。なんの因果がか知るところではないが、間違えなく人間に大きな危機が今まさに起こっている」
「そんな・・・・・・」
レオンの鋭い眼光がタージに突き刺さる。
「いや、お前は気付いておったはずじゃ。今までと違う海やその中の生き物の様子で何か感じることがあっただろう?」
「・・・・・・」
「襲ってくる魔物に関してもそうじゃ、ここ数ヶ月で急に増えたはず。なんなら、お前だけじゃない、漁に出る者は皆気付いているかもしれんな。何か途方もなく悪い事が起こっているんじゃないかと」
「・・・・・・」
「わしは、まわりくどいやり方は、好かんし出来ない。今、お前は何をどう考えて、そんな顔をしてここに来たんだ?」
「・・・・・・そうね。きっとアタシは父上に、なにか答えを求めてここへ来たのね。不安だったから」
「うむ、それで」
「世界規模なんて考えもしなかったけど、脅威は感じていた・・・・・・。北の海に住むはずの魚達が大量に南下してきたり、陸に近づく度に、必ず魔物達に襲われるようになった。今までそこまで襲われることはなかったのに、ここのところ毎回のように」
タージは自分の気持ちを整理するように言葉を選んで紡いでいく。
「私たちは、弱くない。それでも傷を負ってしまう。同胞が傷付くところを見たくない」
「それが、今のタージの素直な気持ちなんだな。それでどうすれば良いと思うんだ?」
「うーん。原因の元を叩くしかないと思う。開いた穴を塞がなければ、水は止まらずに入ってきてしまう。しかしそれには・・・・・・」
「お前が船を離れる事になるな、そうなると。まあ、その点は心配するな。お前がいない間はわしが代わりをやってやる」
「父上・・・・・・」
「うむ、そのくらいの力はまだ残っているよ、安心なさい」
「ありがとう」
タージは俯いた。その肩にレオンがてをおいた。
「よいか、これは簡単な事ではない。闇雲に敵を倒し続けても意味はない。お前の言う通り、原因を見付けてそこをどうにかせんと、事態は治らん。その原因というのは・・・・・・」
「原因というのは?」
「大魔王ネオバーン」
「ネオバーン・・・・・・」
「はるか昔から君臨する魔物の王。大きな動きがある時は必ずこいつが関係していると言われている。その強さは他とは比べ物にならない程。こいつを倒す事が出来れば・・・・・・」
「ネオバーン、そいつはどこにいるの?」
「わしも詳しい事までは知らん。まぁ、正確ではないかもしれんが、大陸の中心に城を構えているという事は聞いた事がある」
「じゃあ、そこへ乗り込んで」
「話を聞いていたのか、その強さはお前の想像を遥かに超えるものなんだ。お前の力だけではどうにもならん」
「じゃあどうしろって言うのよ。すごい武器とか、必殺技みたいなの教えてくれるの?」
「いや、俺がお前に教えられるのは漁のコツだけだ。戦い方なんぞ、習ったこともないわ。そうじゃなくて、仲間を集めるんだ。ネオバーンを倒すため、強い仲間を」
「仲間かぁ・・・・・・」
「北西にフジナミという国がある。ここも最近魔物の大群に攻められたそうだ。その危機を救ったのが若きイディアフ王子。大魔王十指のひとり魔帝ジャネスを打ち破り見事に国を救ったという話を聞いておる。闇雲に動いても時間がかかる。どうだ、まずはフジナミへ向かってみては」
「十指を打ち破ったやつが・・・・・・、それは興味があるわ」
「他にもこの危機に立ち向かうため、爪を磨いている仲間はいるはずだ。慎重に、且つ素早く行動することだ。誰かが動かねばこの危機は乗り越えられん。お前の心意気、わしは嬉しく思うぞ」
「ネオバーンだかなんだか知らないけどね。ささっとやっつけて帰ってくるわよ。それまで、どうかこの船をよろしくお願いします」
「ああ、任せておきなさい」
翌日
「それじゃあ、父上、行ってきます」
「無理はするな、必ず帰ってこいよ」
「はい」
タージ様、お嬢・・・・・・。
タージの出発の日、見送りに来た人の数は、母船が傾く程。
「じゃあ、みんな、世界を救いに行ってきます!しばらくら船を空けるけど、しっかりね!」
「タージ様、これはウチのババが作った滋養に効く、海藻薬です。荷物になりませんので、どうぞお待ちください」
マケロニは、小さな巾着を取り出した。
「おう、わかった」
タージは、マケロニの首根っこを掴むとそのまま、小舟に飛び移った。
「えっ、えっえっっっーーー」
タージは、大陸のある北へ向け漕ぎ出した。
「えー、嫌だーーーー!なんで、俺だけーーーぇーー」
泣き叫ぶマケロニを乗せ、小舟はどんどん小さくなっていった。
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