船上決戦
第十六章
「各隊整列ー!」
ゴゴ大国の国章を胸に付け、カーキ色の軍服に身を包んだ兵隊達が、住民の大切にしている家も田畑も関係なしに規律通りに大袈裟に行進を繰り返す。
一個連隊、千人規模の兵力だ。
付近にいた住民達は、怯えながら山の方へ避難した。
「コラーーー!!!」
上から降ってくる形で、タージが軍隊の前に立ちはだかった。
「貴様らー、人の家に土足であがって来やがって、それなりの覚悟は出来てるんだろうなー」
右手に小柄な男をぶら下げて、啖呵を切る大きな女を物珍しそうに兵隊達が見る。
帽子を深々と被り、左胸に派手な勲章をぶら下げたひとりの男が、タージに向かって歩いてくる。
「スモウスキー連隊長である」
タージに手のひらを向ける。
「フンッ!アタシはこのフィード海賊団頭首のタージ」
「これは、これは頭首自らお出迎え下さるとは、光栄です」
「そんなことはどうでもいいんだよ!こんな大袈裟な兵隊を連れてなんの用だ」
「先月のゴゴ大国の商船が襲われた一件です」
「それなら、話がついてるだろうが。ほれ、こっちからはコイツが話をつけに行ったんだ。覚えてないのか?」
「うっぷ・・・・・・。タッ、タージ様、もう下ろして」
「ええ、確かに。その場では決着しましたがね。その後、念のため調べを進めたら・・・・・・。どうも、そちらの言い分に大きな嘘が見つかりましてね。どうやら、今回の犯人は、あなた方フィード海賊団というのが正しのでは、と結論がでました。それでお話を聴きに来た次第でございます」
「フンっ、それが話を聴きに来る態度かね」
「あなた方が大人しく話をしてくれれば、こんな軍隊を使ってくる事はなかったんですがね。今まで散々な目に遭ってますから」
「分かってるじゃないか・・・・・・、今日は機嫌が悪いからね。いつも以上の覚悟が必要だよ」
タージは、掴んでいた男を手放し、首を左右に曲げたり、手首を回したりしてみせた。
「この軍隊を前に、まだそんな挑発的な。女だからって手加減はしませんよ」
「フンッ。ところでスモウスキー殿、ワタシは軍隊相手でも構わないんだけど、まずは軍隊なんか使わずあなたがかかってくればいいじゃない。そっちの方がシンプルじゃない?」
「なにを馬鹿な事を・・・・・・」
タージはニヤッと笑う。
『おい、マカロニ早く合図をならせ、そこら中に隠れてる男共をさっさと出せ』
タージは足元に寝そべる男に小声言った。
「マカロニじゃなくて、マケロニですよ。あーあ、折角隠していたのに、タージ様にはやっぱり敵わないなー」
『アタシに隠し事は出来ない事ぐらいとっくに知ってるだろう』
「へい、へい」
マケロニは、首から下げた小さな角笛を吹いた。
裏の森から、屈強な男達がゾロゾロと顔を出した。肩や足は盛り上がり、全員がよく焦げた赤茶色の肌をしている。漁で使うモリや、ハンマー、中には大樽を肩に担いでいる者までいる。
ゾロゾロと次から次へと出てくるので、ゴゴ大国の兵隊達の表情もみるみる変わっていく。
先程まで数的有利から、大きな顔をしていたゴゴ大国の兵士たちも言葉を失った。千人規模の一個連隊がすっかり取り囲まれるほどまで数は増えていった。
「ええーと、スモウスキー殿。手加減しないって?それでこの後はどうされるおつもりで?」
フィード海賊団の男達は、今にも襲いかかりそうなくらい獰猛な息づかいでゴゴ大国の兵隊を睨みつけている。
「ああん?連隊長殿!さあ、どうするんだって?」
「くっ・・・・・・」
ひとりの士官がスモウスキーに駆け寄る。
『隊長。ここは一旦引きましょう。この兵力は想定外です。隙をついて、あの大女を捕える作戦を・・・・・・』
「誰が、大女だってー?全部聞こえてるぞ!」
「えっ!?」士官は驚く。
「全部聞こえてるって言ってるの!一旦じゃなくて、国に帰れ!」
「引き上げだ」
スモウスキーの声をあげた。
「各隊後ろ向けー、後ろっ」
「まあ、今回は大人しく引き上げますがね。次はどうなるか、楽しみに待っててくださいね」
「フンッ、望むところよ。さっさと帰れ帰れ」
兵隊達が最後のひとりまで船に乗り込むのを、タージとマケロニ、集まった男達は見届けた。
「へっ、ゴゴも大した事ないじゃないかー。ひと暴れ出来ると思ったのになー」
「ああ、見かけばっかりで、度胸ねぇなー。あははは」
離れてゆく戦艦を見ながら男達の笑い声が響く。
「タージ様、今回は上手く交わせましたがね。またすぐ来ますよ、アイツら。次はどうなるか・・・・・・ねぇ?タージ様?」
タージは眉間に皺を寄せながら、きつく目を閉じていた。
「どうしました?タージ様?」
「・・・・・・なんだ。この気配は・・・・・・」
ズドーーーーーーーン!!!
ゴゴ大国の戦艦が大爆発を起こした。
「どうしたー?何が起こった」
男達に動揺が走る。
周りに並走していた船も、サイレンを鳴らし急旋回をはじめる。
爆発した船は中心から真っ二つに割れ、早くも沈みはじめている。甲板から海に飛び降りる兵も見える。
「助けに行った方がいいんじゃないか?」
駆け出す男達を、タージが手で遮る。
「ちょっと待て!様子が変だ。今海に出てはダメだ!」
タージは、沈む船の方をジッと睨む。
「・・・・・・あれだ!」
船の残骸、煙の中に異様な影が映る。
「ありゃ魔物の仕業かー、どうするー」
ゴゴの大国の戦艦も敵を認識し、攻撃体勢に移行する。
「荒い息使いだ。うーん。大体、300匹くらいはいそうだ。・・・・・・よしっ、仕方ないが、ワタシが行ってくるよ。お前らはここで魔物を食い止めなさい」
「タージ様。分かりました、決してこの船の中には入らないよう、食い止めてみせます」
「あんたは、一緒に来るんだよ。ほら、いくぞ」
タージはまたマケロニの首根っこを掴むと甲板勢いよく走って飛んだ。
「あ〜〜〜〜ぁ〜〜〜〜」
「撃てーー!準備が出来たところから、砲撃を開始しろー」
海を魚雷のように泳ぐ魔物、トンビのように素早く飛び回る魔物、大抵の魔物は悠々と泳ぐ巨大な何かの上に乗ってゴゴ大国の船団を攻撃、威嚇している。その中心に、腕組みをしてジッと前を見る大きな魔物がいる。明らかに他とは違う雰囲気を漂わせている。
魔物達は散々バラバラにゴゴ大国の船に乗り込んでいく。
狭い戦艦の上は、一気に修羅場と化した。
一隻の船が魔物本隊の前に立ちはだかるように舵を切った。
位置につくと、砲身を魔物たちが乗る謎の物体向けて一斉発射を行った。
ギャオオオーーーー。
その巨大な物体は悲鳴をあげて体を波打つ。
乗っていた多くの魔物がつられて海へと落ちていく。
タージは、勢いよくジャンプしたものの、途中で海に落ち、泳いで助けに向かっていた。
「あらら、あいつらが乗ってるの南の海の主ドグマだろ。なんであいつ魔物なんか背中に乗せてるんだよ」
「あっ、タッ、タッ、タージさまー、苦しい。いっ息が・・・・・・」ブクブクブク・・・・・・。
中心にいた魔物が一歩踏み出した。体に巻いていたローブが風でなびく、背に身の丈を超える異形の斧を背負っていた。
スゥーと、背中の斧を片手で取り出すと、飛び上がった。
甲板の兵士達は皆、目で追い全員見上げている。
両手に持ち替え、縦一線に振り下ろした。
ピキーーーーーーーンッ。
一瞬の静寂の後、戦艦中央に一筋の線が走った。
「退避ー!退避ー!」
士官の怒号が響いた。
ズゴーーーーン!!
爆発と共に船は真っ二つに折れて、浮力を失った。甲板の兵士も、海に飛ばされた。
魔物は器用に残骸を橋渡しに、ドグマの元いた位置に戻った。
「フゥーーー。やるねーあんた」
タージがドグマに辿り着いた。
ドグマは、一定の速度でフィード海賊団の母船に向かって進んでいた。
タージは、掴んでいたマケロニを手放した。
「あんたらの目的は、うちらフィード海賊団かい?」
フィード海賊団の名に、中心にいた魔物が反応してタージに目を向けた。
「アタシは、フィード海賊団頭首のタージ」
「・・・・・・タージ」
今度は顔を向けてタージの名を口に出した。
「俺の名は、大魔王ネオバーン様、十指がひとり、ハン・ゾッド。探す手間が省けた。命により、貴様の首を持ち帰らせてもらう」
「あらら、アタシ目当てだったのねー。フンッ。やってみなさいよ」
ドグマに乗っている魔物達もタージとマケロニを、囲むように集まってきた。ゴゴ大国の艦隊からの砲撃はまばらになっていた。乗り込んできた敵の対応で手一杯なのだろう。
「やれ」
ハン・ゾッドの合図に魔物達が一斉に飛びかかってくる。
「マカロニ!」
「カじゃなくて、ケですって!ウゥッ・・・・・・まだ気分悪いのに・・・・・・」
マケロニは、手を合わせ詠唱する。
ふたりの背に海水が盛り上がり、襲ってくる魔物達に向かい、水竜に形を変え襲いかかる。
「具合が良ければ、こんな奴ら軽く一掃出来るですがね・・・・・・。ウゥップ。こっこんな具合なんで勘弁くだせぇ」
水竜に引きちぎられた何体かの魔物を前にし、他の魔物は動きを止めた。
「十分!」
タージは、ハン・ゾッドに向かって飛び出した。
「ウオラァァァ!!」
タージの号砲と共に、拳がハン・ゾッドの顔面を捉える。
刹那、ゾッドは姿勢をずらし背負った斧の柄で受ける。
タージよりふたまわり大きな身体をもつゾッドだが、その拳の重さに二歩後退してしまう。
タージの攻撃は、間髪入れずつづく。
繰り出される攻撃をいなし切れず、拳が右脇腹にクリーンヒット。前屈みになったところで、顎に渾身の前蹴りが炸裂する。
口から青い血飛沫を吐き出しながら、ゾッドの巨体が宙を舞った。
ズシーーーン・・・・・・。
20メートルはゆうにスッ飛ばされ、ハン・ゾッドは仰向けに倒れた。
周りの魔物は呆然とふたりの戦いを目で追っていた。
「ジーーーーーーーークッ!!モリよこせーーーーーっっ!!!」
タージは、母船に向かって特大の大声をあげた。
ドグマは随分母船に近づいていた。
北の甲板に集まる男達の表情もわかる距離だ。
ゾッドは、ゆっくり立ち上がり口の周りに付いた血を指で拭う。ローブを脱ぎ、背負っていた斧を片手に持って、柄の先を足元に突き立てる。
ギャオオオオォォォーー!
ドグマが悲鳴をあげてからだを揺らす。
振動で海に転げ落ちる魔物もいる。
マケロニは、振り落とされないように必死にバランスをとっている。
「タージよ!レオンは貴様より強いのか?」
「レオン!?アタシの父上のことかー?」
「いかにも!」
「知ったことか!まあ、父上はもう何年も海には出ず隠居暮らし、アタシの方が強いだろうね」
「そうか、なら貴様を倒せば後は小事。いくぞ!」
ゾッドが、斧を小枝のように振り回しタージに斬りかかる。
ムンッ!
ゾッドが斧振り下ろす。
「あっ、!」マケロニが声をあげる。
激しい衝撃の波動と音がふたりを中心に起こる。
ゾッドの振り下ろした斧の刃は、タージの構えたモリの柄で見事に受け止められていた。
甲板の男達の歓声が響く。
タージの手に使い慣れたモリが飛んで届いた。このモリもまた身の丈を超えていた。太く大きなモリだ。
「大抵の魔物は拳一つでやっつけて来たんだけどね。さすがだわ、アンタ」
「フンッ、俺の一撃を受けた人間もはじめてよ」
向かい合い構える。一撃必中の武器を互いに要し、間合いも重なり刹那の鬩ぎ合い。
ゴゴの艦隊は、沖で魔物達と拮抗した戦いを繰り広げていた。
タージ、マケロニ、ハン・ゾッド、他魔物数十体を乗せたドグマはフィード海賊団の母船の北甲板にまもなく届く位置まできた。
甲板の男達は、ドグマに乗り込むため身を乗り出して、待ち構えている。むろん全員タージに加勢するつもりである。
ドグマがゆったりと動きを止める。
前方にいた者たちから息も荒々しく飛び移ってくる。
「タージ様ー!「お嬢ー!」
全員が興奮している。
「もういい!そこまでにしろー」
マケロニが男達を静止させる。
タージとハン・ゾッドが互いを牽制し身動きひとつせず向き合っている姿を目の当たりにした男達は一気に興奮が冷め固唾をのんだ。
それは、魔物達も同様で、ふたりから目が離せない様子だ。
先に動いたのはタージだ。半歩前に出た。
その隙をゾッドは見逃さない。構えた斧を一気に振り下ろす。
素早い反応で、体をひねりかわそうとするが、ちょうど腹のあたりを刃が掠める。
タージも体のひねりを利用し勢いよくモリを振った。
決まる!と思った瞬間、ゾッドは斧を持つ片手を離し、モリの柄を片手で受け止める。
タージは、モリを手放し隙のできたゾッドの脇腹に渾身の左ストレートを叩き込んだ。
鈍い音が響きわたる、ゾッドは後退りしてしまった。その刹那、タージの右ハイキックがゾッドの顔面にクリーンヒット。
「いいんです?とどめをささなくて」
「あれだけコテンパンにやられたんだ。しばらくは来ないだろうよ」
「タージ様、それ」
「ああ、あとちょっと深かったら危なかったね」
タージの着るシャツの腹部は血で真っ赤に染まっている。
ふぅー。タージは大きなため息をついた。
南海の主ドグマは、フィード海賊団の母船から沖へと進路を変え動き出した。
ゴゴ大国の戦艦に乗り込んでいた魔物達も次々にドグマの背に引き上げる。
「人間も魔物もだいぶやられたな・・・・・・」
タージはボソッと言った。
「ジーク」
「へいっ」
肩から先、腕の筋肉が異常に大きな男がタージに寄る。モリをその男に渡した。
「なかなかのコントロールでしたでしょう?」
「ああ、助かったよ」
タージはゆったり屋敷の方へ歩き出した。
その背中を見て、集まった男達も散り散りに自分の仕事へ戻って行った。
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