フィード海賊団のタージ
「あっ、保守様!」
「おーい、みんなー!保守様が戻られたぞー!怪我をされてるぞー。手を貸してくれー。大怪我だー」
「あぁ、保守様ー。タンカーを持ってこいー」
「長老の屋敷に運ぶんだー」
「・・・・・・。」
「あっ、気付かれたぞ」
「しっ、静かに」
「・・・・・・。」
「イヂチ様」
男は、ゆっくり身体を起こした。体の大半は包帯が巻かれ、血が滲んでいるところもある。
「長老・・・・・・」
「・・・・・・、うむ。これ、お前達は部屋から出ていなさい。イヂチ様は大変お疲れだ。少しだけ話をする」
「・・・・・・はい」
長老の後ろに控えていた者たちが、そろそろと部屋を後にしていく。皆、安堵した表情ではあったが、中には涙を流している者もいた。
「イヂチ様」
長老は、深々と頭を下げた。
「村の被害は大したことはありませんでした。誰ひとりとして傷付くこともありませんでした。また救って頂きありがとうございました」
イヂチと呼ばれる男は、首を小さく楯に振った。
「しかし、今回の奴は・・・・・・。今までの魔物とは全く違う、異質な者でしたが、イヂチ様をもここまで追い込むとは、いったい何が起こっているのでしょう」
イヂチは、視線を遠くに向けて小さく唇を動かした。
長老は、ごめん、と言って耳を男の口元に近付ける。
「ええ・・・・・・、ジュッ、シ・・・・・・、ネオ・・・バーン!ネオバーンの十指のひとりだったと!そんな・・・・・・こんな辺境の地へ、何故・・・・・・」
イヂチは、一呼吸おいてまた口を動かした。
「・・・・・・、ええ。・・・・・・そうですね・・・・・・、うぅん・・・・・・、そうですね。分かりました」
イヂチは、長老と目を合わせた。しばらくの沈黙ののち、イヂチは再び眠りについた。
長老が屋敷から出てくると、村人が駆け寄ってくる。
「保守様の容態はいかがでしょうか?」
誰もが不安そうな顔をしている。
「怪我は軽くない、だが命に関わる事はなさそうじゃ。大丈夫」
おおぉー。村人たちは、手を挙げ喜ぶ者、隣の者と顔を見合わせて喜ぶ者、皆が一様に安堵した。
「しかしな、驚いたことに今回襲ってきた魔物は大魔王十指のひとりだったそうじゃ」
小さく悲鳴が聞こえた。一同が再び静まりかえった。
「皆の者安心されよ、イヂチ様が身を削り死闘の上、なんとか十指のひとりカイオーは倒すことが出来たらしい。一先ずは安心してよい」
「しかし、長老。また別の十指が仕返しにくるんじゃないのか?」
「ああ、そうだ。もっと大勢で来るかもしれん」
そうだ、そうだ。村人の不安は減るどころか増していくようだった。
「皆の気持ちはわかる」
長老は一層厳しい口調で言った。
「イヂチ様も怪我も癒えぬうちにその点をとても気にされていた。そして、今回カイオーがわざわざこの辺境の村までやって来たのは、自分が居るからではないかと・・・・・・」
村人は再び静まって長老の話に、よおく耳を傾ける。
「この1年、東の砂漠に迷い込む魔物の数が爆発的に増えているのは、誰もが知っていると思うが、その原因は、再び大魔王ネオバーンが活発に動き出したのではないか、とイヂチ様は考えているそうじゃ。そこで秘密裏に世界の情勢をお調べになっていたそうじゃ。調べを進めるうちに、この辺りだけでなく世界全体の魔物に異変が起きている事に気付いたそうで、どうしたものかと悩んでいるうちに今回のカイオーの襲撃が起こり、イヂチ様の考えは確信に変わったと、そう先ほど話された」
「つまり、それは・・・・・・、それで、どうなっちまうんだ。俺ら達は・・・・・・」
長老は咳払いをした。
「魔物達はまた世界を征服しようと動き出した。イヂチ様は悪の根源、大魔王ネオバーンを討ち取る事を決意された」
「保守様が・・・・・・」
「そう、もうまもなくここを立たれるそうだ」
村人、全員に動揺が走る。
「しかし、いくら保守様でも大魔王には敵わないんじゃなかろうかー」
「お前、なんて事言うのか!」
「いや、だって大魔王はあの十指が束になっても敵わないくらい強いって噂だぞ。カイオーは、やっつけてくれたが、大魔王に戦いを挑むなんて無理なんじゃ」
「そうだ、そうだ」「たしかになぁ」村人達は口を揃えてそう言う。
「静かに」
そういうと長老は、村人全員をゆっくり見渡した。きっと怖いのだ。長老には皆の気持ちが痛いほどよく分かった。
「よいか、皆の者。先程言った通り大魔王をはじめとする魔物達全体の動きが盛んになってきているんだ。この先、ここままだと、この村だけでなく世界中の同胞が無惨に殺されてしまう事になるだろう。それを止めるためにイヂチ様は立ち上がるとおっしゃっているのだ。この村に来て5年余り、幾度となく魔物達からこの村を守ってくださった。しばらくは、また自分達の力で村を守る事になるが、大魔王ネオバーンを倒した暁にはここに戻って来てくださると言ってくれた。だから、ここはイヂチ様、この村の守り神保守様を応援して見送ってやろうじゃないか。それにな、イヂチ様には、何かお考えがあるようなのじゃ。きっと死力を尽くし討ち取ってくれる事じゃろう。わしはそう信じたいんじゃ」
村人は皆、下を向いたまま長老の話を聞いていた。
「保守様なら、きっと上手くやってくれるよな?なっ?そうだろ、みんな?」
「ああ、そうだな」「うんだ、うんだ」
涙を流す者もいたが、皆納得の上でこの村の守り神イヂチを送りだす事が決まった。
2日後の早朝、まだ暗いうちにイヂチは村を出た。
見送ったのは、長老とたまたま物音に気付いて起き出した男のふたりだけだった。
「みんなに、会わないで行ってしまうだねー。保守様」
イヂチは、小さく頷く。
「まずはどちらへ?」
イヂチは、西の方角を指差した。
「イヂチ様、皆あなたの帰りを待っています。どうか、どうかご無事で戻ってください」
長老の言葉にも、力強く頷きイヂチは歩き出した。
暗い闇に向かうイヂチの後姿に、顔を出した太陽が光をあてる。輝く金色の髪をなびかせてイヂチは西へ向かった。
南のゴゴ大国。強力な海軍を要し周りの諸国からは、海の番人と称されていた。今から約270年もの昔、アイ王国、モリアン帝国と一緒に魔物を殲滅するため、70隻にも及ぶ大艦隊を編成し、当初大活躍した国。しかし突然の大魔王の襲撃を受け、大艦隊は無惨に消滅し、国の有する軍隊のほとんどを一瞬にして奪われ、一時は国の存亡まで危ぶまれる事態になったが、歴代の王様を筆頭としなんとか、国を立て直しグリコ歴499年の現在においては、以前よりも大きく豊かな国を造る事に成功していた。
ゴゴ大国は、国の再建のため厳しい掟をいくつも打ち立てた。その中には過去の教訓から不毛に魔物と戦わないという掟もある。もちろん軍事力もある。魔物が襲って来たとなれば、力で対抗し危機を乗り越える。しかし守るために戦うだけでゴゴ大国からは、魔物に対して一切攻撃の手を加えてはならない。やられたらやり返す、ではなく、やられてもやり返さない。
こうして、少しづつ国や民を豊かに増やしていったのだった。
しかし100年前、ゴゴ大国の掟を守らない者たちが現れた。彼らは厳しすぎる掟には従えないと国から出て、近くの海域で生活するようになった。
彼らは『自由』の名の下に旗を立て、大地ではなく、海の上で生活した。来る者は拒まず、ゴゴ大国だけでなく、世界の国々から人種を問わず、あぶれ出た者、行き場のない者、流れ着いた者達を受け入れていった。規模は日に日に大きくなっていった。縦の関係ではなく、皆が平等で自由な関係である事が唯一の掟だった。
10年、20年と月日が流れても、その規模は大きくなる一方だった。集団から集落、やがてその規模は一国に値するほどになっていった。
基本的に船の上で生活し、大きな旗を掲げているものだから、近くを流れる海流ヒョードから名を取りヒョード海賊団と周りから呼ばれるようになった。別に海賊と言われても悪事を行う訳ではなく、ただ海で生活しているだけである。
規模は1万人〜最大10万人とも言われ、実態は誰にも分からないほどまで大きくなった。誰もが平等に扱われる事を重んじ集った人々だが、数とともに均衡は崩れ内部崩壊が起こりそうになった。そこで唯一の頭首が選出されてる運びになり、初代頭首として選ばれたのが、レオンという男だ。
レオンの父は、ゴゴ大国から脱出しヒョード海賊団の礎を築いた初期のメンバーだった。親子共、とにかく漁の腕が良かった。
身体も特に頑丈で、一度潜れば10分はあがって来ない。上がってくる時は、両手に大量の魚や貝などてんこ盛りだ。投網をすれば、誰よりも遠くまで網を投げ、ひとりで引っ張りあげて、船が傾くほどの魚を一度に揚げてしまう。普段は温厚だが、一度漁が始まると別人のように厳しくなる。裏表の無い性格だったので誰からも信頼されて、頭首として選ばれたのであった。
そのレオンも、数年前に隠居に入った。周りからはそんなように見てなかったが、歳のせいで体力が落ちてしまったからだそう。
そこで時期頭首として選ばれたのが、レオンの一人娘、タージだった。
よく焦げた肌、短く整えられた金色ヘア、耳には父から貰った大きな白蝶貝のピアス、短いズボンから伸びるスラッと長い脚、そして父譲りの大きな声。どこに居ても、とにかく良く目立つ。
本人は頭首なんてものに興味は無かったが、父から説得されて渋々了承した。
性格も男勝りに大雑把。漁の腕に関しては父を超えると豪語している。集中すれば魚の声が聴こえると、そう言っているが、真相は本人でないと分からないが、とにかく漁の腕は誰もが認めている事は間違えない。そこにイワシの群れがいるよ。とか、鯨が向かって来てるからジッと待ってろ。なんて事をよく言うが、外れた事がない。
「タージ様、タージ様ー」
小柄な男が声を上げながら、駆け回っている。
「全くどこ行ったんだよー、あの大女ー」
ヒョード海賊団の母船は、一槽の船を何十年と継ぎ足し継ぎ足し増築し、今や遠目には島に見えるくらい巨大化していた。船には大勢の人が住み、土も運び込まれて畑も耕して農作物も採れる。居住地域とは別に商業エリアもあって活気がある。船の中心には、頭首の住む屋敷、その裏には小山がそびえ木々が茂り、小さな川や滝、池などあって、はじめて訪れた者はここが船の上である事に目を疑う。
小柄な男が駆け回っているのは、この小山で現頭首のタージは、時間があるとよくここで羽根を伸ばしているのだった。
「タージ様ー!・・・・・・ったく、頭首なら頭首らしく振る舞えってのに」
「おいっ!全部聞こえてるぞ!!」
「わ”っー!!」
「せっかく寝れそうだったのに起こしやがって、このクソチビが」
「いやいや、タージ様!今はそれどころじゃございません。すぐにすぐに北の甲板に。ゴゴの海軍の船が十隻、乗り込んで来やがったんですよれ」
「ああ〜ん。それでさっきからゴチョゴチョゴチョゴチョ騒ぎ立ててるわけかー」
「へっ?気付いてらしたんですか?」
「それで、なんでそんな強引な事しやがるんだ、ゴゴの奴らは」
「ほら、ちょっと前の一件ですよー。ゴゴの商船が襲われたってやつ」
「あれは、ネフェル海のちっこい海賊がやったって事で話がついたんじゃなかったのか?」
「それが、どうやら証拠不十分って事で、結局犯人を俺らに仕立て上げて乗り込んでみたいですけど・・・・・・」
「お前!そん時話つけたのお前だったろ!どうなってるんだ」
「いやいやいや、確かにあっしでしたけどもね。そん時は確かに納得してたんですって。結局アイツにとっては、ウチらが目の上のたんこぶなんでしょう。なん癖つけて、いつもちょっかい出してくるじゃ無いですかー。今回もそれですよ」
「ああ、もう。めんどくせぇなー」
タージは、片手でヒョイっと男の首根っこを掴んで持ち上げた。
「えっ?タージ様何を?」
「お前も来るんだよ」
そう言うと、山の頂上目指して物凄い速さで駆け出した。
「あぁぁあああぁあぁぁわぁ、わわわぁあ・・・・・・」
山のてっぺんにそびえる大木に登り、北の甲板を凝視する。
「アイツら、女、子供を脅かしてやがる。勝手な真似しやがって」
「ゔゔぅぅ。ちょ、ちょっとタージ様。あっし気分が・・・・・・あっ」
タージは、そこから一気に飛んだ。目に溜まった木や岩に飛び移り最短ルートで甲板に向かった。
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