十指カイオー
「ケンジ、ショウ、よくぞフジナミを救ったな。ご苦労だった」
アラン王は、自ら正門まで出てきて、ふたりを出迎えた。傍にはビアンカもいる。
「この剣のおかげです」
「そうか!早速ケンジも扱えたのか?それは、大したものだ。ミカデから報告も受けたぞ。ふたりで協力して魔帝ジャネスを倒したそうじゃないか。さすがは我が子。これは大義だぞ」
ビアンカは、ショウに近づき両手を広げた。
「ショウ?」
「・・・・・・。」
ショウはビアンカの胸に顔を埋めて、小さく肩を揺らした。以前なら「にいちゃん何やってるんだよ!」とツッコミたくなるシーンだが、その時は見て見ぬふりを決め込んだ。
フジナミの国から後日、イディアフ王子が特使としてやって来た。
先の戦いの礼と、正式に同盟を結びたいとの申し出
を持って。
アラン王は、同盟を即時快諾。魔物の侵攻が活発化している状況とジャネスが倒された事の報復攻撃の備えの件は誰の頭にもあったので、反対する者は一人もいなかった。
「ケンジ王子、ショウ王女」
アラン王との面会が終わるとイディアフ王子はすぐに駆け寄ってきてくれた。
「城はもう大丈夫ですか?」
「ええ、フジナミ全国民、王族も民も関係なく全員で力を合わせて復興してます。城壁は以前より強固に、国の防衛も見直しがかけられ、今まで以上に強い国になるように取り組んでいます」
「それは、良かった」
「ショウ王女、どうかしましたか?」
何も話さないショウを気にかけ、イディアフ王子が声を掛けた。
「いえ、なんでもありませんよ。これからは同盟国として一層協力していきましょう」
「・・・・・・。ええ、どうかよろしくお願いします」
「ケンジ王子、ちょっと」
「・・・・・・?ええ、どうしました?」
イディアフ王子が、声をひそめる。
「ショウ王女、大人しすぎやしませんかね?」
「まあ、そうですね・・・・・・、この前の戦が終わった後から少し大人しくなったようですね」
「大丈夫ですか?以前は気丈に振る舞っていたと思うのですが、覇気がないと言うか・・・・・・。まったく別人みたいじゃないですか?」
「うーん。僕も少し気になってはいるのですが、ジャネスとの戦いの後からなんで・・・・・・、きっと何かあったんでしょうけど」
「ふたりで協力して倒したんでしょう?もっと誇らしげにしてもいいのに・・・・・・。ちょっと相談にのってあげたらどうです?兄妹なんだし」
「えっ、兄の相談にのれと?」
「いやいや、お兄さんはあなたでしょう?妹の相談にのってあげたらどうです?」
「あっ、そうそう妹の相談にねぇ」
「もし、ケンジ王子が聞きにくいなら、代わりにわたしが・・・・・・」
「ん?イディアフ王子が?」
イディアフ王子は、顔を赤くし、ひとつ咳をして、
「あ、いや、わたしが相談にのってあげようかと・・・・・・」
直感で分かった。えーーーー。こいつ、ショウに惚れてるの?男の顔してるよ、よく見てー。
「あ、はあ、分かりました。何かあればイディアフ王子に相談するように、それとなく伝えてみますよ」
それを聞くとイディアフ王子は、ぱっと顔色を変え、相好を崩した。
「ええ。是非に!」
わかりやすぅ〜。
その日のうちにイディアフ王子は国に帰った。
見送りに出た、アラン王、ビアンカ王妃には目もくれず、ショウ事ばかり見ているものだから、ビアンカも概ね状況を把握したのか、そっとショウの背中を押して前にやった。
ちょっと前に出たショウを気にかけ、イディアフ王子ははにかんだ。
「ケンジ王子、諸々頼みましたぞ」
そう僕の耳元で囁くと、拳で胸の辺りを叩き、馬を、巧みに操り颯爽と帰っていった。
イディアフ王子よ、勇敢さは認めるが、女性の趣味はどうだかな・・・・・・。
アイ王国より遥か東には砂漠地帯が広がっている。途方もなく広大で、人が間違って足を踏み入れると、方向感覚を失い彷徨い決して出られないと言われている。大抵の魔物も棲みつかない。ごく稀に鳥型の魔物や、地中を這う魔物なんかが迷って入ってしまうようだが、魔物に至っても方向感覚を見失い、命を落としてしまうほどだ。
ドゴーーーーン!
「むむっ、転移魔法でこんなところに連れてきて何の意味がある?僅かに命が延びるだけ。結局、お前はここで無となり、お前の村は跡形も無く消滅するのだからな」
「・・・・・・。」
「フンッ、我をここまで連れてきたお前の魔力はなかなかだがな。所詮は人間よの。我、ネオバーン様の十指がひとり、カイオー。残念だがその程度の力では遠く及ばんよ」
「・・・・・・。」
「臆して言葉も出んのか、もうよい。灰と化せ」
カイオーは、スッと男の方を指差すと、輝く光線が目にも追えない速さで、男めがけて発せられた。
ズゴーーーーンッ!
家一軒を簡単に吹き飛ばしてしまう程の威力であたりの砂も舞い上がった。
「フンッ、ネオバーン様も何故わざわざ私にこんな命令を・・・・・・。せめてもっと殺し甲斐のある敵がいるものと思ったのですが・・・・・・。つまらん。村なんぞさっさと焼き払って帰るとしよう」
カイオーが、後ろを振り返った瞬間。背に気配を感じた。
「んんんーん?」
爆風が収まると、抉れた砂場の中に、金色の長髪をなびかせて男が平然と立っていた。
カイオーは、ニヤッと笑った。
今度は両手を男に向けて、先ほどの何倍もあろう、特大の光線を繰り出した。
男は唇を僅かに動かすと、光線が届き切る前に姿を消した。
カイオーは、その瞬間を見逃さなかった。
先程とは比較にならない爆発が巻き起こる。
「逃げるだけですか?」
ギロリと視線を横に向ける。
男は何でもないといった表情でカイオーの右手に移動している。
「ククククッ、これは驚いた。そんな気配は全く感じないですがね。我の想像よりはるかに出来るようだ。ククククッ」
男は、腰に手をやると短いロッドを取り出した。ロッドというより短剣に近い形をしていた。先は尖り、深い緑色の水晶が付いている。
また男は唇を僅かに動かした。体の前にロッドで大きな円を描き、地面をトントンっと叩いた。
ドドドドドドドッ・・・・・・。
砂漠の大地が大きく振動する。
次の瞬間、男の足元の砂が大きく盛り上がる。
砂は生き物のように、男を乗せてぐんぐん上昇して大きくなっていく。
「なっ!?」
さすがのカイオーも言葉を失った。
あっという間に砂は型を成し、ゴーレムでさえ簡単に踏み潰してしまう程の特大の砂の巨人となった。肩には男が、腰から下を砂に埋めてカイオーを見下している。
「ほう。これは、見事な」
巨人は前屈みになり、カイオーに向けて口をパカっと開ける。
大小様々な大きさの砂の塊がマシンガンのように飛び出してきた。
チッ。
カイオーは舌打ちをして素早く左に避ける。だが、その動きを読んでいたように、間をおかず巨人の右足が虫でも潰すように襲いかかる。
ズシーーーーーンッ!
大きな地震のように地面全体が浮くような感覚。見事にカイオーに直撃した。
「ハァ、ハァ・・・・・・」
肩で巨人を操る男も額に大粒の汗をかきながら、足元を見つめる。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・」
突然、巨人の右足の甲が爆発する。
「グググググッ。少し油断しましたかね・・・・・・。それにして、さすがに頭にきましたね・・・・・・。もうゆるさねぇぞー!!」
目がつり上がり、身体中の血管が浮き出るほど形相に変わったカイオーが男を睨みつける。
カイオーは、戦いが始まって初めて詠唱を行った。直視出来ないほど強い光がカイオーの胸の辺りに集まる。
「グオウウウウウゥゥゥー!」
男もロッドを強く握りして、また唇を僅かに動かす。
「ハァ、ハァ・・・・・・」巨人の破壊された右足に砂が集まり修復されていく。
「今の一撃が、最初にして最大の機会。グッグググッ。次はどうする?もう少しは楽しませてくれよなー」
フゥー。男は大きく息を吐いて呼吸を整えた。
両手でロッドの両端を持つと、訝しげに笑うカイオーを睨みつけ、小さく口を動かす。
カイオーは、ゆっくり上昇し男と目線を合わす。2人のボルテージは最高潮に達し、どちらかが倒れるまで続く死闘のはじまりを互いに理解した。
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