ケンジがいない!

 ジャネスを討つべく隠密行動をとった別働隊は、なんとかジャネスが目視出来る位置まで辿り着いていた。

 

 第2師団は、上手くやった。


 ネオバーン十指の一人魔帝ジャネスは、両脇に一体づつ魔物がいるだけで、僅か三体となって戦況を遠くから眺めていた。

 ジャネスの強さは未知数ではあるが、討ち取る絶好の機会となっていた。が・・・・・・。


 「あのバカ!」

 ショウが顔を真っ赤にして言った。

 ミカデもどうしたものか、すぐに判断出来ずにいた。

 それもこれも、ケンジがいないのだ。


 逃げたのか?いや、乗っていた馬だけが、不安げに距離をおいて佇んでいる。


 「あのバカは、きっと転げ落ちたのよ。まったく役に立たないんだから!」

 「ショウ様、どうしましょう?」

 「私達だけでいきましょう。ケンジを待ってても機を逃すだけよ」

 ミカデも少し考えて頷いた。

 「分かりました。いきましょう」


 「まずは、敵との間に煙幕を張ります。ジャネスの側近はうちの兵士に任せて、ショウ様と私で一気にジャネスを打ち取ります。初撃で打ち取れれば良いですが、そんな訳にはいかないでしょうから、ショウ様は魔法で攻撃を、私も合間を縫って切り込みます」


 「分かったわ。ただね、煙幕よりもっと効果的な方法があるわよ」


 ショウは、手を組み呪文を唱えた。


 すると、ショウやミカデ、周りの兵士達も立ち所にモヤがかかり、姿が見えなくなってしまった。

 いや、目を凝らしてみるとぼんやり輪郭だけは捉える事が出来るが、ぱっと見ただけではそこに誰かいるなんて事は分からない。


 「ショウ様、お見事です」

 「この呪文は早く動いたりするとすぐ解けてしまうから戦いながらは使えないけど、敵に近づくには十分よ。さあ、いきましょうか」


 それぞれが足音に気をつけて、早足にジャネスの後方から近づいた。

 剣が届く距離までくると、ミカデが石を拾って合図を行う。傍目には中に浮かぶ石、クルクル回って上へポーンと投げられた。一斉に目の前の敵に襲いかかった。と、同時に掛かっていた魔法も解けた。


 側近のうち一体は、首に剣が喰いこみその場に倒れた。もう一体も首に傷は負わせたものの、皮膚の硬いオーク種の魔物であったため致命傷とはならず、持っていた斧で、周りの兵を吹き飛ばした。

 

 ジャネスに襲いかかったミカデは、頭を取りに首を真横から一文字に切り掛かったが、寸前のところで気配を悟られ皮一枚切っただけで、平然としてこちらに向き直ってこう言った。

 

 「・・・・・・。ん〜、のこのこやって来たのな、ネズミ共め」

 この状況においても薄ら笑いを浮かべてそう言った。

 マント広げて両手を出すと、首にかけた髑髏の首飾りをもぎ取って、放り投げた。


 鈍い音が響くと、投げられた首飾りが、シュンも消えて、黒い穴がぽっかりと開いて。

 

 ずずずずズズズずず〜〜。


 鈍い音と共に、人間の三倍くらい大きな魔物が現れた。


 「トロールの珍獣種だ。捕まったら人間なんぞひとたまりもないぞ、ヒヒヒッヒヒヒッ」


 トロールは、空に向かって大声で叫ぶと、近くにいた兵士を片手で簡単に掴み上げ握り締めると、兵士は断末魔をあげる暇さえなく、血は飛び散り体は針金のように不器用に折れ曲がり簡単に破壊されて、ポイっと投げ捨てられた。


 それを見ていた屈強の兵士達も体が硬直してしまう。


 「しっかりしろ!三名でオーク、残りでトロールにあたるんだ!捕まったら終わりだぞ。一点突破だ」

 ミカデの怒号が響く。


 ショウが手を組み呪文を唱える。

 ミカデを含む兵士達全員が、薄く青い光に包まれる。

 「これで早く動けるはずよ」


 魔物との戦いが始まった。オークやトロールの雄叫びが響く。


 一方、ショウとミカデは、魔帝ジャネスと睨み合っている。


 「ヒヒヒヒッ、たった二人でこのわしを討ち取ろうなんぞ。ヒヒヒヒヒっ、それっ」

ジャネスの右手から禍々しい漆黒の邪気を纏った球体が飛んできた。

 ミカデはすぐに剣を構えた。

 ショウは、フンッと鼻で息を吐くと杖をジャネスの方へ向け、まばゆい光に包まれた光の球を放った。


 二つの球は、見事に衝突すると轟音と共に地面を深く抉る爆発を起こした。


 「ただのネズミじゃないのか・・・・・・。ヒヒヒヒヒッ」

 「気持ち悪い笑い方ね。笑えるのも今のうちにだけよ」


 ジャネスが、大きく吸い込むと体がパンパンに膨れ上がった。とても人間には真似できないほど上半身が膨れている。

 ニヤッと笑い、一気に吐き出すと炎を纏った爆風がショウとミカデに向かって襲い掛かる。

 ショウは瞬時に地面に両手をついて、呪文を唱えると地が割れ下から勢いよく水が吹き出して、爆風を遮る壁のようにふたりを守る。

 次にジャネスは、飛び上がると右手をショウヘ、左手をミカデへ向けると、黒いオーラを纏ったカラスが、何羽も現れてふたりに襲い掛かった。

 「くそっー」

 ショウは杖を拾い、杖を地面に突き刺して念じると、周りの地面が揺れ、土が盛り上がりショウとミカデそれぞれを覆うようにドーム型に形をなした。

 カラスの群れは、土の塊に向けて次々にぶつかっていくが、土壁は厚くぶつかるカラスは黒いシミとなって消えていった。最後の一羽が消えると、土壁も気が抜けたように崩れ落ちた。


 「防戦一方ですが、なかなか見事です。ヒヒヒヒヒヒッ」

 「あー、くそー。ムカムカする」

 ショウは、ジャネスを睨んで言った。

 「ミカデ、あなたはあっちのトロールの方に行ってなさい」

 「いや、しかし・・・・・・」

 「うるさい。私は戦いに集中したいの、あんたのお守りまでは出来ないわ。いいわね」

 「・・・・・・ショウ様おひとりになんて」

 「いいから、行きなさい。それに見て、あなたの兵士やられてるわよ。早く行きなさい」

 「くっ・・・・・・、確かに私では足手まといになってしまいますね。ショウ様くれぐれもお気をつけて」


 ミカデは、状況を判断して後ろを向いて走って行った。


 「おやおや、いいのかな?ヒヒヒヒッ」


 「うるさい。これで私も戦いに集中出来るわ」


 ショウは目を閉じ詠唱すると体の周りにいくつもの光の球が形成された。

 目がパッと見開かれると、変則的な動きでジャネス向かって飛んでいった。

 フンッ!ジャネスが手を向けて握り潰すような仕草をすると、いくつかの光の球は自ずと爆発したが、半分以上はジャネスを目掛けて飛んでいく、初弾が届くと次から次へと突っ込んでいき、爆発が爆発を吸収して大きな爆発となり、煙があたりに立ちこめた。

 「どう、多少は応えたかしら?」

 ショウが目を凝らして様子を見ていると、煙の中から、漆黒の球体が勢いよく飛んできた。

 ショウは刹那に躱すが近くで爆発し、ショウの体が吹き飛んだ。

 「ヒヒヒヒヒッ」とジャネスの不気味な笑い声が響く。

 「魔力はまずまず、だが圧倒的に経験不足だな、ヒヒヒヒヒッ」

 煙が晴れると、無傷なジャネスが変わらず不気味な笑みを浮かべている。

 「痛たた、なにすんのよー」

 四つん這いのまま、ショウが雷を放つ。

 ジャネスに当たったかと思うと雷はすり抜け、見えていたジャネスはゆらゆらとまるで煙のように実態がなくなってしまった。

 ズシン!ショウの体が沈み込んだ。圧力をかける魔法によって体が押し潰されてしまった。

 ん〃ーーーーーー、ショウも必死に抗うが解けそうにない。

 「ネズミ1匹で向かってくるなんて、可笑しくて堪らないわ。ヒヒヒヒヒッ」

 いつの間にかショウの裏手に回っていたジャネスが言った。

 「ネズミらしく見せ場なく消えていけー」


 ジャネスの気が高まった。ショウが押し潰される、その時。


 石ころがジャネスの額に当たった。


 「んっ?なんだお前は?」


 はぁはあはぁ

 「・・・・・・。まじで走ってきたのに・・・・・・」


 「ケンジ?」

 ショウが掠れた声で言った。


 「ショウ、安心しろ今助けてやるからな」

 腰の剣を抜きながらケンジが言った。

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