ミカデ師団長
イディアフ王子が正門で馬に跨がり遠くを見ながら待っていた。毛並みはしっかり整えられ、躾の届いた見事の馬だ。
お待たせしました。荷物を極力減らし馬に乗せ僕たちも合流した。
いざ出発となると緊張する。ショウは顔色ひとつ変えず堂々としたものだ。
「ちょっと待てー」
アランとビアンカが走って向かってきた。
「すまんな」と言いながら息を調える。
「ケンジ、これを持って行きなさい」
アランから、一本の剣を渡された。
「光の剣、私も使っていた剣だ」
鞘から出すと自分の顔がはっきり映るほど磨かれた美しい剣が出てきた。持ち手には赤いルビーが宝飾され、いかにも勇者が装備しそうな剣だった。
「力任せに振るなよ。この剣切れ味は抜群だが、使い手を認めないとただのナマクラ剣のままで使い物にならん、この実戦で見事に自分のものにしてみせよ。良いな」
腰には使い慣れている剣が差してあるので、紐を使って背負った。長物だが重さを感じない。不思議な剣だ。
「分かりました。やってみます」
アランと目を合わせて頷いた。
ショウの方を見ると、ビアンカから胸に紫色に光るブローチを付けてもらっていた。
「ケンジ、ショウ危ないと感じたら一旦引く事も忘れないでね。あなた達は強くなったわ。けれど敵わない敵は絶対にいる事を忘れないで。必ず無事に帰ってきてちょうだい」
ビアンカは、声を震わせてそう言って、手を組み目を閉じて祈りをはじめた。
イディアフ王子の馬の扱いは見事だった。軽やかでとにかく無駄な動きがない。ショウはとにかく、僕は後を付いて行くのがやっとだった。
100キロは優に超える距離を昼夜問わず、休憩も全くとらずに一気に駆け抜けた。日付が変わり東に太陽が上がってきた。さすがに馬も疲れた様子で馬脚も乱れてきたころ、ズシン、ズシンと不気味な音と振動を体に感じるようになった。
森が拓けてフジナミ城の見渡せる丘の上に到着した。
目の前では、今まで経験した事のない光景が辺り一面に広がっていた。
大小様々な魔物達が、フジナミ城に向かって四方から砂煙を巻き上げながらゆっくり侵攻している。
高い城壁の上から、矢や投石、魔法でなんとか喰い止めようとフジナミの兵士は反攻しているものの、どう見ても状況は不利に見える。魔物の群れが圧倒的に数が多い。一万は優に超えているだろう。
空を飛ぶ魔物も城の上を覆い尽くすように広がって、隙を見ては、城壁の兵を掴み上げて外に放り落とす。落とされた兵は、近くの魔物達の格好の餌食となり見るも無惨だ。
何ヶ所が城壁が崩れていて、魔物が特に集まっているところが見える。たまに激しく光るのは強力な魔法によるものだろう。
敵の中には、一際大きなゴーレムやうごくせきぞうが何体も見える。奴らに一方的に壁を叩かれれば、それは無事ではいられないだろう。
訓練とは全く違う状況に足がすくんでしまう。
イディアフ王子の方を見ると取り乱したい様子は無くただ黙って城の様子を観察しているようだった。
「なんとかまだ踏ん張っているようです」
イディアフ王は、冷静に状況を分析して言った。
「真ん中に立つフジナミ城の西の塔と東の塔、それと中央塔の上、どれも青い旗が上がっているでしょう?あれは、まだ城の中までは侵入を許してないサインです。緑に変われば侵入を意味して、赤くなれば落城寸前、旗が無くなれば陥落です」
イディアフ王子の言葉に、僕は頷くだけでやっとだった。
「うちの第2師団は・・・・・・」
ショウは、周りを見渡して、あそこだ!と指差した。
自分たちのいる丘から南へ少し下ったところに、整列した部隊の一部が見える。
「とにかく合流しましょう」
ショウが言うと、イディアフ王子と共にさっさと丘を下って行ってしまった。
おいおい、ショウはどうしてそんなに気丈でいられるんだよ。
「ケンジ様、ショウ様、お待ちしておりました」
師団長のミカゲ以下幹部が馬を降りて出迎えてくれた。
アイ王国には、四つの戦闘部隊が配備されている。南方防衛を任されているのが、このミカデ率いる第2師団である。
ミカデは四人の師団長の中でも最も若い。
武芸の才は勿論だが、戦況分析能力がずば抜けて高く、絶体絶命と言われた窮地を何度も救った功績で異例の師団長に抜擢された人物であった。
「ミカデ、こちらはフジナミ国イディアフ王子です」
ミカデ率いる第2師団の幹部が一斉に敬礼する。
「皆様、此度の援軍には心より感謝します」
イディアフ王子も馬から降りて深く頭を下げる。
「イディアフ王子、早速ですが戦況は極めて厳しい状況にあります。我々も少し前に到着したばかりですが、その間に二つ城壁が破壊された箇所があります。敵の群れはおよそ一万二千弱ですが、その数は時間と共に増えているものと思われます。この城の戦力は?」
イディアフ王子は少し考えてから口を開いた。
「我が国の聖都なので、常に五千の兵は待機しています。魔物の侵攻を確認してから、周囲の城から少なくとも三千の兵は招集していますから、約八千の兵士はおります」
「我々が約四千。侵攻か始まって丸二日、兵も一千近くはやられていると思われます。数では敵の方がやや優っているような状況でしょう」
ミカデは、地面に大きな紙を広げた。
「これは、この辺り一帯を簡単に図にしたものです。我々は城から見て北側におります。フジナミ城の周囲を確認しましたが、ここから見えない南側の被害が一番大きいのが分かりました。そして、一番気をつけなくてはならないのが、ここ」
ミカデは、地図の城の南に立つ小さな山をこついた。
「ここに、敵の本丸があります」
ミカデは、手を挙げて合図すると立っていた幹部の一人が杖を地面に向けて、2度叩いた。
すると、地図の上に魔物が数体映像として現れた。
「ご覧ください。おそらく、この真ん中にいる奴が今回の侵攻を指揮している敵の大将でしょう。こいつは大魔王ネオバーン十指のひとり、魔帝ジァネスで間違えないかと。この規模の魔物を操れるのは、大魔王の十指で無いと不可能でしょうし。私も直接見るのははじめてですが、噂や文献通りの見た目です。薄い緑色の肌に、黄色く不気味な目、そしてこの頭蓋骨を合わせて作った首飾りが一致しています」
その時、城から今までで一番大きな爆発音が聞こえてきた。
今まで冷静だったイディアフ王子が顔を歪めた。
「それでどう戦うのです?」
苛立ちを隠さずイディアフ王子言った。
「この規模になると多少敵を叩いたところで焼け石に水です。先ほども申し上げましたが敵は増えています。そこでまずは敵の大将ジァネスを討ち、統率のとれなくなった魔物どもを追い込むのが良いかと」
ショウもイディアフ王子も頷いている。
ミカデは続けた。
「まずは、第2師団全軍がこのまま城の北側に攻め込むように仕掛けます。対敵する寸前に東と西の二手に分かれて、城の南側まで走り東西の部隊が合流し陣を敷きます。今度は北南に分かれ一方は城の南側の敵を叩き、もう一方は大将ジャネスを撃つべく進軍します」
皆がミカデの作戦を必死に頭に入れている。口を挟む者はいない。
「ジャネスの周りにはおよそ500体ほどの兵力があります。奴らは混戦は嫌でしょうから、可能な限りの兵を進軍させるはずです。南下しジャネスを撃つ部隊はあえて大袈裟に進軍するように見せ掛けて、実はその場で足踏をしてジャネス本体からまとまった軍を引き離します。そこで手薄になったジャネスの元へ、別働隊がこっそり近づき一気に叩く。これが今回の作戦になります」
「ジャネスを叩くのは誰が?」
ショウが間をおかず質問する。
「それには、私をはじめ第2師団の腕利き10名と、それからケンジ様とショウ様にもご参加いただきたいと考えております」
最善の策であれば王族が危険に及ぼうとて関係ない。このスタンスは、ミカデの強みであった。
「ジャネスの討伐隊には、是非私も参加させてください!」
イディアフ王子進言した。
「王子、王子には是非やっていただきたい事が別にあります」
ミカデは諭すように言った。
「実は城の中広間に騎兵隊が次々に招集されています。これは、まもなく外へ討って出る機会を探って事だと思います。おそらく、フジナミ国は、我々が援軍に来たことを知らないと思われます。なので、王子にはなんとか城の中に入って、我々が到着している旨と無謀は突進は止まるように説得していただきたいのです」
イディアフ王子は少し考えて、分かりましたと了承した。
「王子、我々が南門を攻める時、息を合わせるように集めた騎兵隊を率いて討って出てもらう事は出来ますか?」
「それは、もちろん」
イディアフ王子はすぐに答えた。
ミカデは頷いて手のひら大の青く丸い玉をイディアフ王子に渡した。
「これに火をつけると青い狼煙が上がります」
「分かりました。作戦通り進んだらすぐに狼煙を上げます」
「作戦は以上になります。何かご質問は?」
「私は特にないわ。問題はジャネスからどれだけ多くの兵を剥がせるかという事と、ジャネス自身の戦闘力が未知数という事ね」
「そうなんです。ジャネス自身の戦闘の記録は全く無くて・・・・・・。ただネオバーンの十指に入る程であるという事は、肝に銘じておいてください。すんなり倒せる相手では決してありませんから・・・・・・。ケンジ様は何かございますか?」
「あ、いや、大丈夫。それで行きましょう」
ショウがすぐに睨みつけてくる。なんて顔をしてくるんだ。
ミカデの号令で皆が一斉に動き出した。イディアフ王子も、秘密の地下路より城に入ると言い、行ってしまった。
ミカデはすぐに10名の戦士を選抜し、僕とショウに紹介した。10名全員が屈強な猛者だ。腕なんて僕の3倍は太い。とても頼もしい。
ケンジ王子と一緒に戦えるのが嬉しいなんてお世辞まで言ってくれる。
「ケンジ様、ショウ様、第2師団はこの二人に率いてもらいます。カールとショーン」
二名の兵がスッと前に出た。一瞬ギョッとする。
「この二人も双子なんです。なので息はピッタリ」
『お任せください』
重複した言葉とお辞儀をするタイミングは、寸分もズレていない。
同じ双子でも、こちらとは全然違うなーと感心してしまう。
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