王子としての仕事

 手から火が出る。擦り剥いて血が出ても、手を添えて唱えるだけで血が止まり傷が塞がる。

 なんて便利なんだー。だけど調子にのって使いすぎるとかなり疲れる。


 一方ショウは、魔法で大岩を破壊したり、どこかへ飛んでいってしまったり、周りを眠らせて訓練をサボったり、早くも魔法を我がものにして使いこなしている。

 魔法の講師よりも高等な魔法を平気で使いこなす。恐るべし賢者の名を継ぐ者よ。

 僕は、魔法も使えるが剣術の方が圧倒的に才能があった。元の世界では運動は得意ではなかったが、ここではやたらと早く動けるし、相手の太刀筋なんかもよく見える。

 持って産まれる才能は体の細胞に深く刻み込まれるんだという事が身をもって良くわかった。

 父アランは休む事なく戦闘訓練を行うよう僕たちに命じている。6歳の誕生日から訓練は始まり、まもなく10年になる。


 10歳になった時、初めて魔物と戦った。

 父アラン、母ビアンカ、妹ショウ、そして僕の4人のパーティーで城の外へ行き、迷いの森と呼ばれる深い森へ入った。

 

 何も出ないじゃないかー。

 なんて言っていると、パキッと枝が折れる音がした。


 「さあ本番だ。ふたりとも構えろ」アランがそう言うと、木の陰からぞろぞろとゴブリン達が姿を現した。

 「こいつらのレベルは高くないが、見ろ。棍棒を持ってるやつもいるだろ。あれを頭なんかに喰らうと厄介だぞ。実践だ、十分注意しろ」


 ゔぉー!!!

 雄叫びをあげながら一斉に飛びかかってきた。


 「怖がらずに訓練通りやるんだ。私たちは一切手は出さないからな」


 体格は僕らより小さいが、とにかく顔が怖い・・・・・・。肌が全体的に土色で、布切れ一枚腰に巻いて上半身は裸。ゲームの画面で見るゴブリンが可愛く見える。

 素手で掴み掛かってくるやつや、棍棒を振り回してくるやつもいる。

 動きは早くないから避けられるけれど、斬りかかる事が出来ない。肉を切る感覚や、飛び散る血を考えるととてもじゃないけど無理だ。

 

 突然、目の前にいた二体のゴブリンの動きが止まった。

 白濁した目は大きく開かれたまま、何を考えているか分からない。


 あっつづっダァヴィー・・・・・・。

 ゴブリン二体が小刻みに震えたかと思うと、顔や体が風船のような膨れ、パンッと小さな音を立てて木っ端微塵に爆発した。

 肉片が、ドロドロした体液が僕の顔や体に飛びかかってきた。


 「ケンジのクズ」

 ショウが僕を睨んで言った。

 サラサラの金髪をなびかせた、元お兄ちゃんの顔をしている妹に・・・・・・。その姿で戦っているシュウを見ると気持ちが変わった。


 父アランを見る。

 目が合うとアランは首をゆっくり横に振った。

 母ビアンカは、手を腰に眉ひとつ動かさずこちらの様子を伺っている。


 やってやる・・・・・・。

 得意げに戦っているショウに対してなのか、腹も立ってきた。

 「くっそーーーー」

 僕は剣を握る手に力を込めて、ゴブリン目掛けて突進していった。


 戦いが終わった後、落ち着いて良く周りが見れていたシュウは褒められた。動きが硬く、無駄の多かった僕は褒められなかった。

 僕の中で忘れられない嫌な思い出として残った。


 それが魔物との初めての戦いだった。



 それから(早送り現象が大半だが)5年も経つと、魔物との戦い方にも慣れてきた。

 奴等を倒すのに躊躇はなく、きちんと戦って倒す。

 ゲームのように経験値は数値化されていないが、5年間、休む事なく毎日毎日戦った。


 迷いの森の魔物では手に余るようになると、その先に広がる魔王の舌と呼ばれる湿地帯や、豪魔の巣窟と呼ばれる果てなく長い洞窟にも、父と母に連れられて訓練を行った。

 はじめは苦戦するものの何度も戦えば経験を積んで、戦いの要領を得る。

 ショウとふたりで戦っていたものが、一人でも倒せるようになる。新しい戦い方や魔法を試してみる。すると戦いの幅はどんどん広がっていった。

 

 剣はもちろん、槍に弓、ハンマー、鞭、ドラクエでお馴染みのブーメランまで訓練の中で扱えるように学んだ。

 僕には剣が一番しっくりくる武器だった。

 ショウには底知れない魔力かあった。新しい魔法があると知るとたちまち覚えしまう。これには、父も母も驚くばかりであった。

 


 この世界にも季節はあって、秋の暮れ冬に入ろうとする時期に父アランにショウと二人で王の間にくるように言われた。

 用事があれば勝手に我々の部屋へやってくるのに、ずいぶんかしこまった事だ。


 「なんだと思う?」と、ショウに聞くと。

 「知らないわよ。ケンジが何かやったんじゃないの」なんて言う。

「なんであたしまで呼ばれなきゃいけないのよ・・・・・・」年頃の女子になったシュウは愛想が悪い。いい加減ショウの容姿にも慣れていたが、時々見せる顔がどうしてもかつての正一兄ちゃんに見えてしまう。


 玉座に座った父アランは、珍しく正装であった。隣には、母ビアンカとはじめて見る若い男が立っていた。ビアンカも男も正装で厳しい顔つきをしている。周りには近衛兵もきちんと整列している。何事だろうか。


 ひとつ咳をして、アランは話し出した。

 「我が国の南にあるフジナミの国が、今まさに魔物の群れに侵攻されているとの連絡が入った」

 予想していない話しが始まった。

 「我が国とフジナミとの国交はあまり無い間柄だが、こうしてフジナミ国のイディアフ王子自ら助けを求めて、急ぎここに来られた訳だ」

 父の隣に立っているのが、イディアフ王子なのか。

 イディアフは、頭を下げた。

 「窮地とあってはフジナミ国は見過ごせない。ミカデ隊長の第2師団を援軍として向かわせる。そこでだ・・・・・・」

 アランが一呼吸おいて、また話し始める。

「そこでふたりにも第2師団と合流してフジナミ国へ向かって欲しいと思う。いかがかな?」

 

 ・・・・・・・・・・・・。突然そんな事を言われても。


 ショウが手を挙げて言った。

 「父上と母上は来られないのですか?」

 アランはビアンカと目を合わせると、

 「うむ、この件はケンジとショウの二人で行ってもらう。簡単ではない事は分かっている。ただ私は今ここを離れる事は出来ないんだ。北側の動きが気になるからね。ビアンカは反対しているが、私の一存で決めさせてもらう」


 「すみません、もうひとつ」

 ショウが控えめに手を挙げて言った。

 「今回の件は、敵の殲滅だけが目的ですか?」

 アラン王は少し虚を突かれたように目を大きくした。

 「もちろん、そうだ。フジナミの民の為に出てもらう」

 「わかりました」


 少し間をおいて、イディアフ王子が口を開いた。

 「お二人の事は、アラン王、ビアンカ妃に伺った。何卒よろしく頼む」

 「第2師団は、もう動き出している。直ちに出発するんだ」

 王の号令で皆が一斉に動き出した。


 イディアフ王子が僕の横を過ぎる時に、「城門にて待ちます」と言った。

 「はっ、はい」

 慌てて返事を返すが、王子は足早に部屋を出て行ってしまった。

 知らない間にショウも立って歩き出していたので慌てて追いかけた。

 「急に戦だってよ。ショウどうする?」

 「どうするって、どういう事?」

 ショウは機嫌悪そうに答えた。

 「あ、いや、支度とか・・・・・・」

 「そんなのいつも通りでいいでしょう。フジナミ国が今まさに襲われているのよ。なんでもいいから早く出ないと」

 「そ、そうだね」

 ショウは、扉を強く閉めて自分の部屋へ入って行った。


 なんなんだよ・・・・・・。

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