目覚め

 目が覚めるというよりは、寝ながら目を開けているような感覚。ぼんやりと目に映るのは、隣に立つ二人の人物、背の高い方が男で隣に寄り添っているのが女だろう。

 

 「ビアンカ見て、ほら、この子も目を開けたよ」

 「あら、寝るのが好きな子だから、目を開けているところ、じっくり見ておきましょうよ」

 ん?なんの事だ?


 「この目元なんてあなたにそっくりじゃない」

 「そうかなー」

 明らかに僕の事を話している雰囲気だが・・・・・・。

 どういう訳か、体が言う事をきかない。声も出せない。

 ここは夢の世界か?視界も晴れず周りがボヤけて見える。


 身動きのとれない状況から何とかならないかと力一杯もがいてみるが、身体に上手く力が伝わらない。どうしたものか・・・・・・。

 突然横から、ぎゃ〜ぎゃ〜という泣き声が。

 驚いた。僕は赤ちゃんのすぐ隣に寝ているんだ。


 「よしよし」と言いながら隣の赤ちゃんの胸のあたりを撫でる女。そのまま抱き抱えられた。泣き声が少し遠ざかる。

 急に僕も体がふわっと軽くなった。どうやら男の方に抱えられたようだ。

 どうなっているんだ?

 頭を丁寧に撫でられた。こんな撫でられ方をされたのはいつ以来だろうか。


 僕だって一般的な成人男性で身体つきは普通より大きい方だ。その僕をヒョイと担ぎ上げるこの男は・・・・・・。


 ぼんやり広がる視界。

 やけに広い部屋だ。それに部屋全体が明るい。


状況は全く理解できないが、僕の中でここが病院ではないだろうかという結論に至った。幸い思考は正常に機能しているように感じる。

 身体や視力がはっきりしないのは、麻酔の影響だとすれば説明はつく。

 年越しを終えてトイレに立ったところまではしっかり記憶が残っている。ただその先の記憶がない。


 ヘルバトラーは、どうなった?

 きっと廊下で倒れたのだろう。それで病院に運ばれて・・・・・・。今に至る訳か。


 「これからこの子達には、辛く厳しい修行がはじまるんだ。この長い戦いに終止符を打つために頼むぞ、賢者ショウ。勇者ケンジ」


 ・・・・・・。おいおいおい。健二?勇者?

 何て事をいう男なんだ。冗談を言ってる様には聞こえないが・・・・・・。

 頭は大丈夫だろうか。


 「ええ、この子達なら大丈夫。私達の子供なんだから」


 えー。この女も何言ってるの?私はあなたの子供ではありませんし。

 首まで出掛かっている言葉が、発せないのは本当に苦痛である。少し声が出たかと思えば、ンガ、ほぉえ、カッカッなど、言葉にならない。

 

 「アラシ王、急報です。失礼します」

  別の人物が部屋に入ってきた。

 「どうしました?」

 男は失礼します、と矢継ぎ早に話し始めた。

 「ソラシ城が、魔物の大規模な攻撃を受けました」

 「なんだと」

 「敵軍の規模は正確には分かりませんが、かなりのものと思われます。すでに防壁も突破され戦火は城の中でも起こり、一般市民にも犠牲が出ているとのことです」

 「なんてことだ・・・・・・。第4師団は?」

 「とにかく今回の襲撃が急だったので、外で迎え撃つ事ができず、籠城戦に切り替えたようです」

 「ナット達第4師団は、騎兵を主力とした攻撃特化部隊。機動力を活かせない籠城戦となれば本来の力の半分も出せないだろう・・・・・・。他の部隊を動かすにも時間がかかるし」


 少し沈黙が続いた。


 「ビアンカ、すまない」

 そう言って男は僕を元のベットにすっと戻した。

 女が抱いていた赤ちゃんも隣に寝かされた。さっきまで泣き止んでいたのに、今にも泣き出しそうに呼吸が荒くなっていた。

 「あなた・・・・・・」

 「民にも犠牲が出ているんだ。一刻も早く向かわないと。ビアンカ、君はこの子達のことをしばらく頼むよ」

 「・・・・・・。ええ、わかったわ。とにかくお気をつけて」

 

 足早に男が扉から出ていったあとも、女はしばらく扉を見るようで動かなかった。

 ・・・・・・。かすかに耳に何か聴こえてくる。

 歌のような、呪文のような、まじないの類いだろう。今まで聞いたことの無い言葉だが、それは間違えなくこの女の声で、祈りを捧げているものだとすぐに理解した。

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