これから転生

 あと少しで年が変わる。


 別に2000年になろうがどうしたものではない、という心持ちでいたが、実際にその瞬間が近づくと気分が落ち着かなくなるのは、若さ故の事だろうか。


 ここで僕は閃いた。

 年越しと同時に悲願のヘルバトラーを倒してみようじゃないかと。

 2000年問題とかいう滅多にない複雑な力が作用してヘルバトラーが仲間になってくれるんじゃないかと。

 この閃きは、確信のない自信に変わり、とにかく実行せんがため、隠しダンジョンをひたすらに歩きまわった。

 においぶくろは、もう使い切ってしまったし。年越しまで残り5分もない。

 こんな時に限ってモンスターが出てこない。気持ちだけが焦ってくる。


 画面が黒くドットが中央に集まった。よしモンスターだ。

 

 くそっ、ライオネックとカメゴンロードだ。

 イオナズンとギガデインで一蹴する。

 

 残り3分を切っただろう。

 壁にぶつかって時間をロスしないように気をつけて歩き回る。


 また画面が暗転。モンスターだ。頼むぞ。

 

 きたっ!しかもヘルバトラーが2体もいる。


 とりあえず、倒しておいて最後のゴールド確認画面で年越しを迎えよう。とにかく全速力で倒しに掛かった。

 敵のターンなど待たずに撃破。

 経験値を確認して画面に(▼)が点滅表示された。

 急いでテレビを民放の番組に変えた。


 『さあ、いよいよ2000年まで残り30秒です』と、見た事ある男性アナウンサーがスタジオ中を、いや、日本中の視聴者に向けて興奮気味に言い放った。

 

 隣のコメンテーターが、この後に及んでゴニョゴニョ何やら発言しはじめたが、急にアナウンサーのアップに画面が切り替わり『さあ、行きますよー。カウントダウンです。10・・・・・・9・・・・・・』と、カウントが始まってしまった。


 僕は年越しと、ヘルバトラーの二大イベントに心躍らせ、アナウンサーと一緒にカウントダウンを声に出していた。


「3・・・・・・2・・・・・・1・・・・・・」

 


画面いっぱいに、⭐︎祝2000年⭐︎のカラフルな文字が現れた。


 『ハッピーニューイヤー。皆様、あけましておめでとうございますー』

 男性アナウンサーは、並んでいるコメンテーターに新年の挨拶を交わしはじめた。

「おめでとうございますー」

 僕もちゃっかりその輪に入るように声に出して言ってみた。


 ふぅ。テレビを見ながら大きくため息をついた。

 なんだかんだで年越しなんてイベントは年に一度しかないという希少性から、多くの人の心を動かす魔力があるんだなとしみじみ痛感してしまう。

 テレビが日本東西津々浦々に配備されたレポーターをリレー形式で紹介するコーナーに変わったところで、気がついた。ドラクエは?


 まだ2000年になって10分も経っていないはずだ。

 僕は急いで手に持っていたコントローラーのボタンを押した。

 果たして1999年に倒したヘルバトラー2体は、2000年になって仲間になったのか・・・・・・。

 テレビから賑やかな声が聞こえてくる。


 さあ結果はいかに?

リモコンを手に取りゲーム画面に戻そうとテレビに向けた。

ボタンを親指で押しかけたとき・・・・・・。


 あっ、その前にトイレに行こう。


 立ち上がり、一度大きく身体を上に伸ばした。首や肩を回しながら、足で部屋に転がっている雑多な物を端に避けて扉へ向かった。

 今年はもう少し綺麗な部屋でゆったりゲームを楽しみたいなと不細工な今年の抱負がすぐに思いついた。


 ドアノブに手を掛けると、一階からテレビの音に混じって父と母が何か話している声が聞こえた。

 ふたりの邪魔はしたくはない。静かにドアを押し開けて、暗い廊下へ右足の爪先から音はたてないように一歩を踏み出した。


 瞬間。


 ヤバい・・・・・・。そこにあるはずの廊下の床が無い。


 咄嗟にドアや部屋の床にしがみつこうと足掻いてはみたものの、すでに身体の重心は底の見えぬ闇の方へ。


 死ぬ。


 僕は崖から垂直に落ちるように、真っ暗な闇の中に吸い込まれていってしまった。

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