#12 暴食暴虐

《前回までのあらすじ》

・そういうとこだぞ!そういうとこ!


 「だるい……」

 「夏バテですか」

 安藤はまたしてもベッドにだらしなくうつ伏せになっていた。

 ミイラ取りがミイラになった。

 「こんな時に悪魔が来たらどうすりゃいいんだ」

 「引っ張り出しますね」

 「えぇ……」


 

 一方その頃西宮は。

 「これが土産だ」

 「ドリアン」

 「どういうことよ」

 ベトナムから帰ってきていた。

 「なにがどうしてベトナムになるのよ」

 そういうサタンは辛いカップ麺を啜っている。 

 「密貿易船が来て……」

 「だめじゃない」

 「仕方がない。直接奪いに行かせよう」

 西宮が立ち上がる。

 「ほい」

 アスタロトが『魔術師』のカードから人を取り出した。

 壮年の男性である。ダンディーな印象を受ける。

 「誰を行かせるのよ。私三日前行ったわよ」

 「そうなんだ」

 「夏バテだったから負けたわ」

 「……あいつが夏バテになっている可能性があるな」

 「なんでわかんのよ」

 「相手に指摘する人間は、いずれ自分もそうなるんだ」

 「まぁ正しいかもしれないな」

 「そうなのかしら」

 「何かしらそれに関係する悪魔を出せ」

 「じゃあこいつでいいか」

 するとアスタロトは男の額に右手をかざした。

 痙攣してしばらくして立ち上がる。

 「ごきげんよう……アスタロト、マモン、サタン」

 「ベルゼブブ」

 何やら髭をいじっている。何かしら上流階級的な意識があるのだろうか。

 「おやおやマモン……ではないな」

 「あぁそうだ。だが俺のために働いてもらうぞ」

 「ほう……何をすればよいのかな?」

 「ダンタリオンの奪還」

 「それはそれは」

 余裕そうな態度を崩すことはない。

 よほど自信があるのだろうか。

 「しかし……余程空腹のように見える」

 「なに食べたっけ」

 「ブラックバスの煮付け」

 「臭かったな」

 「どんな食生活送ったのよ」

 「なんと酷い!これは私がどうにかせねば……」

 

 そうするとベルゼブブは冷蔵庫を漁り始めた。


 「豚ロースに味噌がある……それに冷凍うどん」

 「なんでそんなものが」

 「安かったの」

 「君エンジョイしてるなほんと」

 「これだけあれば十分……」


 すると、どこからか調理器具が現れた。


 「我が名はベルゼブブ……七つの大罪、『暴食』の悪魔!」


 瞬時に具材が調理されていく!

 そして人数分に盛り付けられさえしていく!


 「暴食じゃないのか」

 「食い尽くしたから、自分で作り始めたのよ」

 「何度見ても惚れ惚れするね」

 「完成!冷やしゃぶニンニク味噌うどん」

 そこには味噌のスープに豚ロースの冷やしゃぶをのせた、うどんが人数分あった。

 「ちょうどいいなにも食ってないんだ」

 三人ともどこからか箸を取り出してすする。

 「うん。ニンニクもっと効いてるかと思ったらあっさりしてるわね」

 「豚肉もちょうどいいゆで加減だ」

 「この季節にぴったりだな」

 「満足いただけたようだ」


 「……まさか、こいつの料理で籠絡すると?」

 「そうさ。バアルの能力から読み取ったが、グラシャ=ラボラスは欲望に弱い」

 「ほう」

 「これでいけるはずさ」

 「よし、ベルゼブブ。行ってこい」

 「了解致しました」

 そしてベルゼブブは部屋から去っていった。

 「「よく食べるな」」

 「そうかしら」


 

 一方その頃安藤は!

 「死ぬ……」

 変わらず死にかけていた。

 すると部屋に水の入ったペットボトルがゴソゴソ動いてやってきた。

 よく見ると下にはスマホがあった。

 「んしょんしょ」

 ダンタリオンがわざわざ持ってきたのだ!スマホ冥利に尽きる。

 「それ」

 そしてシーソーの要領で安藤までペットボトルが飛ばされる!

 そして掴んで安藤が飲む!

 「あーきちぃ」

 「なんか食べないと治りませんよ」

 「やだなぁ」

 

 「安藤ー!助けに来たぞー!」

 窓の外から聞き覚えのある声がするので二人して見てみると、そこには相川が諸々入ったレジ袋を持って、門に立っていた。

 「なんでわかるの?」

 「さぁ」


 「困っている匂いがしたんだ」

 そう相変わらず正座姿で言う。

 「におい?」

 「うん」

 (こわい)

 ダンタリオンは音を出さずそう口を動かす。

 「にしてもひどい顔だな」

 「そうなんです」

 「こういうときは、ちゃんと滋味のあるものを食べるといいんだ」

 そういそいそと相川はレジ袋の中から諸々を出し、準備を始める。

 何故だかガスコンロが出てきた。袋破れないのだろうか。

 「はぁ……中華粥でも作ってくれんのか」

 「惜しい、ニアピン」

 そう指を建てる相川。

 そして鍋がガスコンロに乗せられた。

 「楽しみですね」

 「まず粉状のブートジョロキアを入れる」

 ((ん?))

 「そして入念にとった鰹と昆布の合わせ出汁を入れる」

 ((タイミング逃したな))

 「そしてここに生米を入れて煮る」

 ((あぁこのままいくんだ))

 「後は蓋をして少し待つ……安藤なんか話してくれ」

 (病人なんだけど?)

 確実に何かを逃したまま三十分が経過した!

 「そして俺の親父は王になった」

 「へー」

 「蓋動きまくってますけど」

 「あぁ、ここで生卵を入れてかき混ぜる」

 卵は瞬時に固まる。 

 そして相川はレジ袋から器を出し、そしてそこに盛り付けていく。

 「最後に素揚げしたハバネロを乗っけて完成だ」

 「「待って?」」

 二度は同じ目に遭いたくない意志が見られた。

 「ん?どした?」

 「いや、なんでいちいち唐辛子が絡んでくるの?」

 「とろみは出ないぞ」

 「そういうことを聞いてんじゃねぇ!」

 安藤がガチで血気迫っていた。

 そりゃそうかもしれない。

 「す、すまない、うちはいつもこうで」

 (どういう家庭なんだ……?)

 ダンタリオンはまたしても恐怖を覚えた。

 「ごめんな、私が全部食べるから……」

 「食わないとは言ってねぇ!」

 「えっ」

 (こいつ、漢だ)

 安藤は器を奪ってかきこむ!

 「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」 

 目からは洪水のような涙で溢れ、口は口紅を塗ったように真っ赤である!

 しかし手は止めなかった!

 「あ、安藤!」

 「善意を踏みにじるような育ち方はしてないんでね……」

 気づけば器には真っ赤な雑炊は一粒も残っていない!

 そして残ったハバネロを噛み砕いて飲み込んだ

 「お゛ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……なんか楽になった気がする」

 「安藤……しゅき♡」

 相川がふらっと近づく!

 「待って汗かいてるから」

 「ごめん」

 (安藤さん……)

 ダンタリオンは少し感心した。

 確かに善意を受け入れてきたのがこの男だったと。

 

 その時チャイムが鳴った。

 「俺が行かねば」

 「さすが♡」

 「どこが」

 安藤は階段を降りて玄関のドアを開けた!


 「ごきげんよう」

 そこには髭を生やした紳士が立っていた。

 「……あんた、悪魔だな」

 「そしたら、何だ」

 「夏バテだから帰ってくれ」

 「夏バテだから私が来たのだ」

 「どゆことね」

 「とにかく上がらせていただこう、話はそれからだ」

 

 「ベルゼブブ!」

 「七つの大罪……なのか?ダンタリオン」

 「暴食を司るが最近は作る方に凝っている……悪魔界一の料理上手です」

 部屋に彼は座る。

 「私は、最も公正な方法で、ダンタリオンを頂きに来た」

 そう話す彼の声色には圧倒的な、何かしらの確信があった。

 「ダンタリオン?」

 「なんで私を」

 「私たちの首領は、悪魔の全てを知りたいようでな」

 「やはり」

 「敵はバアルではない」

 「言わんぞ?勝たない限りはな」

 「なるほど」

 しかし安藤は再びベッドにうつ伏せの状態で横になっている。

 「その夏バテを治すためのレシピを作ってきたのだ」

 「「なに!」」

 「……私のことを認識しているのか、その親玉には聞きたいものだな」

 相川は少し怒っている!そりゃそうだ。

 「なんだ小娘、貴様も料理をするというのか」

 「あぁ……安藤の今の姿を見ろ!」

 「干からびてるが」

 「波があるんだ」

 「水分がなくなったらそこで平行線だろ」

 「たしかに」

 「ならばこれを元に戻した方が勝ちということにしよう」

 「なに?」

 「料理対決だ。勝ったらダンタリオンをいただく」

 「……いいだろう」

 (向こうの待遇を調べないとな……)

 ダンタリオンは負ける気であった。


 「キッチンを借りたいのだが」

 「……空いてるよ」

 安藤が絞り出したような声で答える。

 「親いないのか」

 「真っ昼間に起きて深夜に帰ってくる」

 「顔合わせないんじゃないのか」

 「年に十数回」

 「まじか」

 とにかく一同はキッチンに移動した!


 「お題は夏バテに効く料理でいいな?」

 「いいだろう」

 「俺の意見はどこに」

 そんなこんなで気づいたら調理は始められた!

 「今回ずっと俺蚊帳の外じゃね」

 「動けませんし」

 「でもさっき立ったぜ」

 「はしたない」

 「ふむ……冷蔵庫は豊富な品揃えだ」

 「めんどくさいから一週間に一回しか買い物しないんだ」

 「まさか安藤、お前料理してるんじゃなかろうな?」

 「するときはする」

 「家事は分担制にするからな♡」

 「何の話⁈」

 「ふむ……妙に薬膳が揃っている、これはあれにするのが得策だな」

 「いったい何を……」

 「なるほど……これはいい唐辛子だ……ここはあれにするか……」

 「あんたは変わりなさいな」


 「鍋で鶏がらスープを作りそこになつめなどの薬膳食材を加えて煮込んでいく」

 ベルゼブブはそこそこの深さの鍋で煮込んでいる。慣れた手つきである。そりゃそうか。

 「油で唐辛子やニンニクなどの香辛料を炒めて香味油を作る」

 相川も慣れた手つきである。火が中華鍋から見事に立ち上がってはいるが。

 「レベルの高い戦いですね」

 「火災報知器鳴らないかしら」

 「そして私はここにこれを加える」

 ベルゼブブはトマトを取り出した。

 「合うの?」

 「夏バテによく効くのだ。旨味成分も豊富だからスープ類にも適している」

 「へ〜」

 「ならば私はこれを加える」

 相川は豆板醤を取り出した。にしては容器が妙に物騒な雰囲気である。ドクロが中心に置かれ、さらにDeathとか書かれている。

 「……なにそれ?」

 「本場中国の刺激十倍豆板醤」

 「どうやって仕入れたんだ」

 

 そしてそのまま両者の料理は出来上がっていく……。

 「意気込みをどうぞ」

 「なんで俺に聞くの」

 

 「「完成しました」」

 「実食タイムです」

 

 「私はこれだ」

 そう言うとベルゼブブはカップに近い器を差し出した。

 金色に近いスープには玉ねぎや鶏団子など胃に優しい食材が加えられていた。

 「薬膳鶏団子トマトスープだ」

 「トマトどこだよ」

 「いいから飲めよ」

 「はぁ」

 安藤はスプーンですくって口に運んだ。

 「なるほど」

 「私味わかんないんで説明してください」

 「最初の口当たりは優しいんだが、酸味が程よくついているんだ。多分トマトを煮込んでおきながら、濾すか取り出すかして、トマトの雑味が出ることは抑えている。確かにトマトの水煮とか酸味がきつい時があるからな。そうした時こういったのはすごくありがたい。鶏団子と玉ねぎもよく煮えてて美味しい」

 「ずいぶん詳細だな……なんでさっきしてくれなかったんだ!」

 「評を待てよ」

 「すまん」

 「どうやら私の勝ちと見てよさそうだ」

 「まだ何も決まっていないぞ!」

 「胃が落ち着いた」

 「それもう勝ちでは?」

 「なんてことを!」

 「次の番ですよ」

 「あぁ」


 「激辛焼き坦々麺だ」

 そう言って平たい皿に盛られて登場したのは、味噌のどろっとしたタレをまぶされた、あの味の濃そうな茶色に彩られた縮れ麺であった。ネギとかも炒められている。おいしいのかな。

 「とりあえずいただこう」

 「そういう迷いのないところ好きですよ」

 安藤はかっこむと、それなりに咀嚼して飲み込む。そしてその後見事に咳き込んだ。

 「……口に入れると、香ばしい香味油の香りが食欲を増させる。ちぢれ麺は入念に水を切ったのか、油によく馴染んでいる。ひき肉を豆板醤などで炒めたタレは甜麺醤や砂糖もしっかり加えてあったのか、思ったよりも甘みが際立っていて見た目よりも万人に好かれる味をしている。しかし喉元を過ぎたあたりで辛味がダイレクトに喉にくる」

 「どっちだ?どっちなんだ?」

 「……わからなくなってきたな」

 「では安藤さん、勝敗をお願いします」


 「相川の勝ちだ」


 「やったぁ!」

 「なんでだ⁈」

 「ベルゼブブの料理は優しい。しかし、あまりに優しい味すぎて、これからの活力を奪われてしまった。逆に相川の料理は、食べやすくもあり同時にパンチが効きすぎているまであるが、これから活動することを考えると、相川の料理の方が適していると言える」

 「……なるほど。納得した」

 ベルゼブブは荷物をまとめ始めた。

 「見事だった!また勝負しよう、相川とやら」

 「いつでも引き受けよう」

 ベルゼブブはそのまま帰っていった。

 「今回なんだったんでしょうね」

 「わからんが、とりあえず涙が止まらん」

 「安藤……そんなに私のことを……」

 「唐辛子だよ」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る