第12話 小耳にはさみました。

「夜分遅く悪いわね」


 俺はラピスを寝かしつけた後、大聖女に呼ばれ部屋に行った。


 いつもの白いベールのような服ではなく、黒の部屋着。教会のシスターが着ているような服を着ていた。


 深いため息の後、短い沈黙。暖炉では薪が小さくぜた。


「竜狩りのユウト。この度は大変迷惑を掛けました。彼らに代わりお詫びを」


 塩らしく、頭を下げた。まぁ、別にどうでもよかった。汚名とかはラピスもいるので勘弁だけど、それを理由に追放されるならむしろ歓迎だ。


「別にいいです。誤解で追われるのは嫌だけど」


 許した訳じゃない。あきれてるだけだ。だけど、大聖女に八つ当たりするのもなんか違う気がした。


「大人の対応助かります」


「いいですよ、別に。用件はそれだけですか。ラピスをひとりで寝かせてるので……暖炉もあるし戻ります」


「お待ちなさい。ここからは大人の話です」


「その……えっちな? あっ、ごめんなさい。無詠唱でよくわからない上級魔法発動しようとしないでください。ちゃんと聞きますから!」


 規格外の人相手に冗談言うのは命がけだと気付いた。


「薄々は気付いてましたが、このままのやり方で第二の竜の試練の地を目指したら、近隣の民に計り知れない迷惑を掛けると思われます」


 いま気づいたのか。冗談だろ。ドレイクを数頭やっつけるために湖ひとつを干上がらせる火属性魔法をぶっ放す大賢者。


 かっこつけてスライム相手に必殺技を使い、山ひとつ傾ける勇者リピトール。


 すばしっこい一角ウサギを追い回し、鉄槌で地面を殴りまくって火山活動を活発化させてしまう戦士職のドワーフ。


 もう完全な天災の域だ。


 しかも街に立ち寄れば無銭飲食。誰が魔王かわかったもんじゃない。いや人里に降りて来ないだけ魔王の方が実害がない。


「まぁ、それはそうですね」


 投げやりな返事をするしかない。数日の付き合いだが大聖女が人の意見に耳を貸すとは思えない。それに自分の意見を曲げるとも思えない。


「なので、この先は街に立ち寄らず移動したいと思うのですが」


「反対です。幼いラピスがいます。新鮮な食事と暖かい寝床が必要です。そもそも、大聖女さまが野宿できるのですか? 少し宿屋のベットが固いくらいで文句いう人じゃないですか」


「うっ……」


 なんでこんなすぐ行き詰る提案をしようとするんだ。そんなことより早く寝たい。


「その心配には及びません! 私は転移魔法で近くの街で宿泊します」


「ラピスは? お世辞にも大聖女さまに懐いてるとは言えませんが」


「何を言ってるのです。竜人族ドラゴニュートの娘の面倒をみるなんて言ってないでしょ」


「少女を寒空で野宿させ自分はふかふかなベットですか。教皇様がお聞きになったら、さぞお喜びになるでしょう。なんなら明日にでも街で大聖女さまの鬼畜っぷり、失礼。自己中心的なお考えを街の人々に」



「脅しですか。脅しましたよね、今」


「よくわからない上級魔法を唱えようとしながら、よく人の事が言えますね」


「私のは脅しではありません。本気です」


 なんだろ。何事も本気なら許されるのか。


「仕方ありませんね。今日ご迷惑を掛けた手前、あなたの要望を入れなくもありません。言ってみなさい」


「単純に」


「単純に?」


「第二の竜の試練の地ボミュキュラートまで転移魔法で移動しましょう」


「ズルじゃないですか」


「教皇様には黙ってます。あと、大聖女さまの素晴らしい善行も二割増しで報告する準備があります」



「三割増しなら手を打ちましょう」


 善行自体ほとんどないのだ。三割増しても元が少ないから、虚偽報告とまではならないだろう。ここで手を打つとしよう。


「わかりました。三割増しで報告します」


 すると大聖女は笑顔で握手を求めて来た。やっぱりこのパーティはどこか変だ。


 部屋に戻ろうとした俺の袖を取り、大聖女は少し考えるように宙を見た。目元は黒い布で覆われているので、実際に見たかはわからない。


「小耳にはさみました」

 そんな前置きをして続けた。


「ユウト。あなたはこの先我らに同行し、魔王討伐の栄誉えいよを受けたいのでしょうか。率直なご意見を聞きたいわ」


 宿屋の部屋はそれほど広くない。暖炉と小ぶりなテーブル。そしてベッド。俺はいま大聖女にベットに座らされた。


 これをネタに脅迫されるのだろうか。ひとまず質問に答えよう。


「魔王討伐の栄誉とかはどうでも。小さいラピスを危険なところに連れて行きたくないですし」


「そうですか。では聞きますが、一刻も早く勇者パーティを離れたいお気持ちは?」


「ありますよ。明日でも大聖女さまがいいって言うなら」


「ここで最初の『小耳にはさみました』になるのです。勇者リピトールたちは第二の竜の試練後あなたを追放しようとしてます」


「それは願ったり叶ったりですね。第三の試練は?」


「自分たちで何とか出来ると思ってるようですわ。どうします?」


「そうですね、大聖女さまのお許しがもらえるなら、ラピスとどこか山にでも移り住みます。竜人族ドラゴニュートなんで田舎がいいと思います。街では目立つでしょうし」


「元の世界には戻らないのですか?」


「もし戻ったとしたら焼け死にます。火事の最中だったので。死ななくても、もう体は炭でしょうし」


「わかりました。条件があります。あなたが移り住んだ田舎に、わたくしの部屋をくださいな。休暇に使いたいので」


「それくらいなら、お安い御用です」


 この安請やすうけ合いを俺は後で死ぬほど後悔するのだ。

















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