第11話 現実逃避したい時もある。

「何を驚いた顔をしているのですか。今更わたくしの美しさを再認識したとしたなら……まぁ、それはいたし方ないことではありますね」


 俺はラピスを連れ宿近くの食堂に来ていた。食堂と言ってもほぼ酒場だ。そこになぜか大聖女も一緒だった。


 いや、理由はある。度肝を抜かれたからだ。


「あの場面。構えなしからの袈裟けさ切り……戦士職のドワーフが間に入らなかったら、大賢者は死んでたと思うが」


「ユウト、相変わらず敬語なしですか。わたくしをうやまう気がないなら、次はあなたを袈裟切りにしようかしら」


 そう言って大聖女はケタケタと笑った。


 いや、どこで笑えばいいのかわからない。確かに教皇様からの軍資金を飲んで歌って使い果たした馬鹿三人。同情の余地よちもない。


 俺だってタカリに下手な対応したら、次からが面倒なのはわかっていたが……


 いきなり切りかかるか? ミスリルの大斧で。危うく大賢者の爺さん真っ二つだったが。


「最悪、治癒魔法でどうにか出来てましたよ。心配性なんだから、もう。わたくしの力を見くびり過ぎですよ、まったく……」


「大聖女さま。確か昼過ぎには魔力、底をついてましたが? それでも治癒魔法使えるの?」


「あれ? そうだった? 先に言いなさいよ。ユウトのクセに……ちゃんとわたくしを見てなさいよ、ラピスだけじゃなくて……グチグチ」


 あっ……この人ダメな人だった。他の三人より金銭感覚がほんの少しマシなだけ。基本脳筋大聖女さま。ほとんどのことを腕力で解決出来ると思ってる。


 だいたい魔力が残っていたとして、真っ二つにした後くっつけたら大丈夫だなんて発想がそもそも、地雷臭しか感じない。


 しかし、実際のところ大聖女が全然マシだという事を、翌朝嫌というほど思い知らされる。



「つまりアレですか。あなたがわたくしの焼きたて白パンを買い出しに出た時には、既に衛兵に吊るされていたと?」


「そういう事になりますね」


 俺は毎朝の日課になっている、大聖女の朝食の買い出しという名のパシリをラピスとしていた。


 寝起きが少し悪いラピスだが、一度起きてしまえば上機嫌。鼻歌交じりで俺に並んで歩く。


 ここテッサローナは教皇庁のあるブルメテに比べれば、こじんまりとしているが活気があって、必要なものは手に入る。


 そうなると、街の治安維持のため衛兵が常駐していて、それなりに屈強。


「はぁ……勇者パーティが食い逃げですか。情けない」


「お言葉ですが大聖女さま。逃げてませんので単なる無銭飲食です。まぁ、三人ともへべれけで足元がおぼつかないで、逃げれなかっただけでしょうが」


「それで、どうなの? 勇者パーティはそろいも揃って、吊るし首?」


「いえ、毛糸のように縄でグルグル巻きにされて噴水の側で見せしめになってます」


「ユウト。どうしましょう。わたくしどうしたことか、二日酔いでもないのに朝から頭が痛いです。つきましては――」


「嫌です」


「聞きなさい。あなたには隠してましたが、これがあなたの第二の竜の試練です」


「竜、まったく関係ないですが」


「いつからそんな屁理屈を言う子に……わかりました。朝食を食べて、少しお散歩をして珍しい薬草が売ってないか、街を散策して……そうですわ、ラピス。テッサローナの街の名物は跳ね魚という白身魚をソテーしたものらしいです。夕食にそれをご馳走しましょう」


「ありがとうございます。大聖女さま。でも、それでは夜になってしまいますが……」


 ラピスは申し訳なさそうに論破した。あの三人に関わりたくない気持ちはわかるが。夜までお散歩して現実逃避とうひは流石に無理だろ。


「うっ……」


「なに子供に見抜かれてるんです。見てて恥ずかしいです。行きますよ、俺だって嫌なんですから」


 嫌がる大聖女を引きずって衛兵の詰め所に向かう。


「旦那様、あのね」


 ラピスはモジモジしながら俺の手を握る。


 出会った頃は幼女だった。いや水竜ブルードラゴンか。それは置いといて、今は少女といった感じ。


 年の離れた妹みたいだが、言うときっと怒るだろうから言わない。


 少しくらい大きくなったとはいえ、相変わらず頭を撫でられるのは好きらしい。上機嫌でいい笑顔をする。そしてモジモジしている理由はわかっていた。


「今晩、奮発して跳ね魚のソテーを食べようか」


「いいの⁉ 旦那様、大好き!」


 クルクルと回って喜ぶラピスに反して、大聖女がムスっとした。


 なんだ、跳ね魚を食べたいのだろうか。割り勘なら別にいいが、お会計の間際までドキドキしたくないので黙ってよう。




 衛兵の詰め所では度肝を抜くことが発覚した。


「つまり、外で丸められてる三人が三人『俺は竜狩りのユウト』だと名乗ったと?」


 深々と溜息をつき、眉間を押さえる大聖女。これはいったいどういう事だ?


「ですので、誰が本物の『竜狩りのユウト』なのか我々としては困り果てているわけです」


 眉間を押さえつつ「彼が竜狩りのユウトです」と紹介された。


 何のことはない。俺の名前をかたっての無銭飲食。金はないわ、俺をおとしいれたいわのまさに一石二鳥。


「では彼らはいったい?」


「あぁ……あの真ん中のガキが勇者リピトール。ジジイが大賢者。ごついのが戦士職のドワーフです。つまり、勇者パーティの面々です。ご迷惑をおかけして申し訳ありません‼」


 ガラにもなく、大聖女はペコペコと衛兵たちに頭を下げた。


 流石に収まらないのだろう。


 謝罪を終え、飲食代を支払った後噴水の水をたらいで何杯も三人にぶっかけ、雷属性の上級魔法をぶち込み、感電死寸前まで追い込んだ。


 流石勇者パーティ。夜にはピンピンしていた。酒の力だろうか。























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る