第10話 どうかしてるぜ。

「何をしておるのじゃ、竜狩りの者よ! わしらを待たせるとは!」


「こんなひ弱なヤツ。足手まといなだけだ」


「同行する以上、勇者であるこのリピトールの指示に従え、わかったな!」


 なんなんだ。俺は別に行きたくて行くわけじゃない。


 聞けば別に竜狩りの者抜きで竜の試練を越えてもいいらしいじゃないか。


 伝承を盾にしてるが自分たちだけではラピス、水竜ブルードラゴンに勝てなかったってことだろ?


 いや、立ち向かう勇気すらなかった。


 それが証拠にワイバーンですら対処出来てなかった。


 人のよさそうな教皇さまの手前、ここで問題を起こせば困らせてしまうから従うが、第二の竜の試練まで素直に従う理由もない。


 とはいえ、大聖女の監視もある。


 ここはていよく追放されるように持って行けばいい。だけど、あまりここから近場だと俺の思惑がバレバレなので、その第二の竜の試練まで付き合うとするか。


 確か縛りがあるとか召喚直後大聖女が言ってたような気がするが、勇者側から破棄させれば問題ないかもだ。


 なにも縁もゆかりもない世界で、感じの悪い勇者に従って魔王城まで行く危険を冒す必要はない。


 その後はラピスを連れて、どこかの山でスローライフもいいだろう。俺は不満顔なラピスの頭を撫でる。白い羊のような角が愛らしい。


 しばらく撫でているうちにラピスの機嫌はなおった。しかし、事はそんなに簡単には進まなかった。



「大聖女さま。この勇者パーティはいったいどうなってるんだ?」


 教皇庁のあるブルメテを出て数日が過ぎた。第二の竜の試練の地ボミュキュラートまでちょうど半分の地点まで来ていた。


 俺は日課になっていた朝の大聖女の朝食用のパンの買い出し――通称パシリを終え、その後大聖女に要求されるまま、朝の日替わりスープを作り手渡しながらたずねた。


 ちなみにラピスにも同じパンに干し魚をお湯で戻し、塩味をつけた物を挟んで渡した。好き嫌いはしないが、育ち盛りなので好きなものを食べさせてあげたい。


「どうとは、どういう意味なのです」


「いや、色々だ。なぜ誰も金を持ってない? なぜ金も出さずに我が物顔で当たり前に食料があたると思ってる?」


「何を言ってるのです。私は出してるではないですか」


「他の連中だ。酒や肉を要求するから、お情けで買ってきてやるが文句しか言わん。そもそも召喚直後の俺の方が生活力があるっておかしくないか?」


 大聖女はキノコのスープが入ったカップを傾けながら頷く。そして事も無げに言った。


「仕方ないでしょ。だって、アイツらバカなんだから」


 確かにそれに尽きる。


 まず教皇庁のあるブルメテ近くの街で、いきなり飲めや歌えのバカ騒ぎを仕出かし、教皇様から平等に支給されたひとり正金貨三枚を一夜のうちに使い果たした。


 ちなみに正金貨一枚が、だいたいこの世界で一か月分の平均的な給料らしい。だから一晩で三か月分の給料を使った馬鹿どもだ。


 付け加えると、俺の懐にはまだ正金貨八枚ほどがある。ラピスと合わせてだけど、最初より増えているのは、途中で倒したドレイクの素材を街で売ったからだ。


 言い換えれば、腕があれば魔物を狩り素材を売れば自給自足できるのだが、そう簡単ではない。


「大聖女さま。なんであの大賢者は、ドレイク相手に上級魔法を使うんだ? あんな火属性の上級魔法を使えば、ドレイクはひとたまりもない。つまり炭です、炭。素材もなにも残らない。売れるもんも売れないわけだろ?」


 大聖女は丁寧に白い布で口元を拭き「ごちそうさまでした」をした。そこはかとなく育ちの良さを感じる。口を開かなければ。


「ユウト。言いませんでしたか? バカだからですよ。大賢者もだし戦士職のドワーフも同じです。魔物の痕跡が残らないくらいに鉄槌で撃ちつける。勇者リピトールは自慢のグレートソードで魔物をみじん切り。だからなにも売れる素材は残らない。ええ、あなたが言うように、このパーティはまさに『どうなってるんだ?』なのです」


「大聖女さまは監視役なのでは?」


「やめてよ、無理よ。私は大聖女で保母さんじゃないの。あなたが居てくれてよかったわ。じゃないと私、息がまって転移魔法で自室から通う羽目になってたもの。ご存じ? 転移魔法って魔力消費が激しいの」


 なるほど「どうなってるんだ?」なのはアイツらだけじゃない。大聖女もだ。簡単に言えば生活破綻者の集まりなワケだ。


 ああ……早く追放されてぇ~~


 しかし、残念ながらそんなに簡単に追放されそうにもない。その事を実感したのが次の街テッサローナに着いた時だ。


「それじゃ、大聖女さま。また明日」


「また明日。朝食はいつも通り白パンとスープがいいわ。そうね、久しぶりにタマゴも食べたいわ」


 この世界では神に仕える身でも肉や魚、タマゴを食べる。ただ、一般人と比べ控えめ程度。


 ちなみにタマゴはそこそこの高級食材のようだ。そんな呑気のんきなことを考えていたら、大賢者からとんでもない要求をされた。


「竜狩りの者。我らには宿代がない。工面せよ」


 その言葉に立ち去ろうとしていた大聖女ですら足を止めた。


「宿代がないなら、ブルメテまで戻って教皇様に泣きつけばいいだろ? 慈悲深い教皇様だ『全部酒にしてしまいました!』と懺悔ざんげすれば用立ててくれるだろうよ」


「よいのか? 我らがこの街で騒動を起こしても? 困るのはお前たちも同じじゃ」


 もう大賢者でも勇者パーティの発想でもない。アル中ジジイが酒飲みたさで脅してるに過ぎない。あきれ果てた俺は大聖女を見た。


 扱いを間違えるとこの先面倒になる。ゴネればどうにでもなるという、間違った認識を植え付けるのは厄介だ。


 消すか?

 









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