第8話 上位竜の実力。

 別にかっこつけたかったわけじゃない。


 単に大聖女のお姫様だっこを辞めたかっただけ。あと大聖女を両手で抱えていたのでラピスは自分の力でぶら下がっていたのだけど、それが微妙に首にかかり息が苦しかった。


 これまた微妙にラピスに言いにくい。ふたりっきり。気を使われたくない。なので首が苦しいとか言いにくい‼


 そう言えば竜狩りの装備のヤツがレベル2に上がったとドヤっていた。


 教皇庁の鐘塔しょうとうの上で二頭のワイバーンが羽を休めている。装備レベルが上がったのなら、この二頭なら届かないだろうか。


【無理です。レベルは上がりましたが、いかんせん、のレベルがねぇ? まぁ、を使いこなすにはユウト君頑張んないとね? あははは、なんかごめんね、ひとりだけ登っちゃって!】


 ん……? なんでコイツいきなりマウント取ってんだ? 出来ませんって素直に認めろよ、まったく。


【いやいやいや、ユウト君。それは違うよ? ほらどんなに道具が良くてもさぁ、使用者がねぇ~~えっ? ユウト君? 待って! 待ってください‼ 主様‼ そんな、なんで火にくべようとしてるの! ごめんなさい‼ ごめんって! もう言わないよぉ~~~~~~】


 竜狩りの装備のことはいいか。最初からそんなに期待してない。


 しかし一番近いワイバーンが教皇庁の鐘塔しょうとうの上。さっきは大聖女を襲おうと降りて来たから矢が届いた。


 ここで待ってたら相手の間合いで戦う事になる。そもそも下にいるこっちが圧倒的不利。こうなれば鐘塔しょうとうに登るか。


 意を決して踏み出そうとしたその時。ラピスが俺の手を引っ張って抱っこを求めた。


 塔に登るなら抱きかかえるつもりだった。だけどラピスには他に目的があった。



『――聞きなさい。



「ラピス?」


 ラピスの深く濃い青の瞳は更に深みを増した。



『まさか私が不在だと思いこのような行動に出たのですか。失せなさい、どもよ』



 周囲は一瞬にして暗闇に包まれ夕立のような激しい雨に包まれた。不思議なことにその雨は俺とラピスを避けて降り注いだ。


 いや、不思議でもなんでもない。ラピスは水属性の攻撃を得意とする水竜ブルードラゴン


 雨粒の軌道をはじくくらい、どうという事はないのだろう。


 それを証明するかのようにワイバーンの群れが我先にと飛び去った。


 流石上位の水竜ブルードラゴンラピス……強ぇぇなぁ……


 ***


 教皇庁の下町の酒場。


 勇者リピトールは大聖女以外のパーティメンバーと酒場の片隅にいた。全員顔をフードを深くかぶり素性を隠していた。


 その理由は――


「聞いたか?」


「勇者リピトールのことか? ワイバーン相手にまったく歯が立たなかったらしいじゃないか!」


「おうよ! 大賢者さまときたら、まったく当たりもしない上級魔法をぶっ放すだけぶっ放して、早々に魔力切れだと!」


「なんだ、それじゃただのじゃないか!」


「クソ偉そうな戦士職だかなんだかのドワーフも、どでかい盾に隠れて震えてたとか! なんでも『ママ~~っ! 怖いよ‼』だってよ! 知らんけど!」


「なんじゃそりゃ⁉ 故郷に帰れよ!」


「そんな中でも流石は俺たちの大聖女さま‼」


「おおっ! それで、どうだった?」


「不甲斐ない勇者リピトール一行を尻目に、自慢のミスリルの大斧を片手に空高く舞い上がり、三頭ものワイバーンを瞬殺よ!」


「最強だな大聖女さまは‼ 大聖女さま、バンザイ‼」


「いやいや、まだ続きがある。その大聖女さまも空はワイバーンの領域だ。足場がなければ真っ逆さまよ。いや、その事も承知で捨て身の攻撃で民衆を庇おうとしてくれたんだろうなぁ……そんな慈悲深い大聖女さまも万策尽きたと、俺には見えたね!」


「ぶ、無事だったんだろうな? どうなんだ?」


「無事も無事‼ しかも大聖女さまをお救いくださったのが、勇者パーティでも誰でもない! 召喚されたばかりの竜狩りのユウト殿‼ 聞いたか? 衛兵のベン親父も打ち首になりそうなところをユウト殿の口添くちぞえで命拾いしたって話よ!」


「マジか⁉ いや、それは後でいい。それより大聖女さまをお救いになったとこが聞きたいんだが!」


「待て待て、聞きたいのはお前だけじゃない。いいか聞け、皆の衆! 真っ逆さまに地面目掛けて、落ちていく大聖女さまをワイバーンの群れが見逃すわけもない‼ それはもう、群がるようにワイバーンの群れが大聖女さま目掛けて襲い掛かる!」


 語る男はここでグイッと泡酒を一気に飲み干した。


「それでどうなったんだ⁉」


「俺は見ていられなくなって目を閉じたよ、だってそうだろ? 大聖女さまの最後なんて誰だって見たくない。でも俺はワイバーンの悲鳴で目を開けた。ユウト殿はなんと! たった三本の矢でワイバーン三体を射ち殺したんだ! しかも、しかもユウト殿はしっかりと大聖女さまを受け止めた!」


「本当に大聖女様なご無事なんだなぁ……よかったぜ」


「おうよ、でもこの先も圧巻だ! ユウト殿は大聖女さまをひとり逃がし、背中におんぶした女の子とその場に残った」


「なんでさ⁉」


「聞きたいか? 俺だけが知ってるぜ。何せ腰抜かして近くで聞いてたからな! ユウト殿は最後まで戦おうとする大聖女さまにこう言われた『教皇様を逃がして欲しい』と!」


「マジか⁉ いくら竜狩りとはいえそりゃ無理だろ、大聖女様と協力してだな」


「いや、そこがユウト殿のやさしさと見たね。勝ち目のない戦に巻き込みたくなかったんだろ」


「すげぇなぁ……男だな」


「おうよ、だが本当にすごいのはこの先よ! ユウト殿はなんとにらみひとつでワイバーンの群れを霧散させた‼」


「わかるんだ……ワイバーンにはユウト殿の強さが……いや、待てよその間勇者リピトールは何してた?」


「あぁ……それ聞く? なんとは、俺たちの大聖女さまを無事に受け止めたユウト殿に『その汚い手をどけろ』だと! 汚いのはションベン臭いお前だっての!」


 酒場は大爆笑に包まれた。片隅で目深まぶかにフードを被る勇者一行以外。


(クソッ! 誰がションベン臭いガキだよ!)


(『ママ』など叫んでおらぬ!)


(魔法切れではない、戦略的撤退じゃ……それもこれも)



(((‼)))



(なんにしても勇者リピトール。予定を切り上げ出発を急ぎましょう。竜狩りあやつの人気が高まる前に。なに第二の竜の試練が終われば追放すればよろしかろう。それまでの我慢)


 勇者リピトール達にとってユウトの第一印象は最悪だった。


 突然降って沸いたような民衆のユウト人気が、彼らの嫉妬心を加速させることになる。



 教皇の間。


「夜分遅くに申し訳ございません、教皇様。お耳に入れたいことがございます」


「大聖女、もう広場の方は大事ないのか?」


「はい、ワイバーンの群れは去りました。ユウトのおかげと言っていいでしょう。その件ですが」


「うむ。聞こう」


「私見ですが、ユウトは……いえ、殿はもしや『竜の勇者様』なのではないかと」


「竜をべる者か……この事は?」


「あくまでも私見ですので、わたくしと教皇様だけです」


「少し見守るとしようか……竜狩りが竜の勇者……竜人族ドラゴニュートを従えワイバーンの群れを追い払ったか……」


 □□□次回投稿より深夜0:02です。毎日1話投稿します□□□


 □□□作者より□□□


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