六、人間関係について
ここまで六つ、いや五つと言うべきだろうか。色々と私の価値観を語ってきたが、そろそろ統括しようと思う。
たった五つで語り切ったつもりではもちろんない。内容については幾度となく追加し削除し入れ替えてきた。厳選された(私が思考をまとめて十分な文字数が書ける程度の)内容を、ここには記してきた。
前書きの再放送かと思うかもしれないが、まあぶっちゃけると前半は似通った内容になるだろうから読まなくてもよい。
重要だから繰り返すだけだ。
さて、人間関係とはやはり面倒くさいものである。その由縁はもちろん、価値観のせいだろう。
異なる価値観の人間を理解することは難しいし、ましてや全く同じ価値観の人間が仮にいたとしても、きっとそれはそれで簡単に仲良くなんてなれないだろう。
それは思考と行動、それから自分相手と他人相手の価値観には必ず違いが生じるからである。それは「褒められることについて」と「評価することについて」を読み比べてもらえれば理解してもらえるだろう。
人間関係を築くとき、どうすれば円滑に進むだろうか。
それには価値観が違うことを受け入れ、無視することが大切だと思う。
価値観が違うと分かっていても、簡単には受け入れられないものでどうしても気に食わないことだってある。そういう時どうするのが適切か、解決策は二つ。関係を断つか、無視するか。
ある程度の価値観の相違を受け入れたうえでそういう状況になったのなら、きっとその人とはあまりに合わないのであろう。
だからその人との関係をよく見返し、断っても問題ない、または少しの工夫で問題を消せる程度だと判明したのなら容赦なく断つことが自分を護ることに繋がると思う。
逆にいつでも関係を断てるのだと考えることで、許すことができるかもしれない。それならば万々歳だろう。
またどうしても関係を断ってはいけない人間だった場合、無視することもまた防衛手段だろう。合わない相手に構っている時間は無い。私はそんなに暇じゃないと心の中で思っていれば、どうでもよく思えてくる。
もちろん、外部に漏らしてはいけないが。
人間関係はどう転んでも面倒くさいものである。たとえその相手が大好きなはずの相手でも。
異なる価値観を理解する必要はない。ただ価値観が異なることを受け入れ、自分優先で楽な道を生きていきたい。
さて、人間関係も自分だけが選ぶ側であればいま語ったことで完結するが、実際そうもいかない。
こちら側がいくら諦めて無視をしても執拗に攻撃してくるものだっているだろう。
そういう暇な敵にはどんな手段も厭わない。むしろ正面から受け入れたらその時点で相手の勝ちとなってしまう。
頭のおかしい暇な人間はどこにでもいるもので、そう言う奴に限って粘着質なのだ。
私がいつもそう言う相手に対して自分に言い聞かせるのは「同じ土俵に立つな」ということである。これは母親にも幼いころから何度も言われてきた。
相手をしてはいけないし、悩む必要すらない。もしどうしても気になってしまうのなら今まで築いてきた仲間たちに応援を頼もう。それは全く以て迷惑ではないし、きっと仲間は喜んで助けてくれる。
同じ土俵に立たず、自分では動かず、鮮やかに美しく始末したい。
対等な立場であればある程度融通が利くだろうが、厄介なのは自分が上に立った場合である。
ただの人間関係から、帝王学やらチームビルディングだとかに発展する。
私はいま、大学サークルの部長と言う座を受け継ごうとしている。受け継ぐ前から、様々な問題が既に私を待ち構えている。
喜ばしいことにこういう問題を解決するのは大好物だ。まあそうじゃなければ受け継ごうとは思わないのだが。
上に立つというのは責任を伴うということで、つまり関係を断ったり無視したりをしてはならないということである。
普通だったらしなくていいはずの価値観の理解をしなくてはならない。だがその代わり、思うのはチームのリーダーにおいて評価することはしなくていいということだ。
むしろしてはいけないとすら思っている。
先ほどから部長になることを上に立つと表現しているが、これはあくまで役職の話であり、実際に上に立って指示をし、チームを牽引していくような存在になってしまえばそこはもはや楽しいサークルではなくなってしまう。
私がやらねばいけないのはあくまで全員の価値観を理解して架け橋になり、本来全員がやらなくてはいけないことを実行のみ代行し、そしてそれらに関して責任を負う。それだけだ。
だからこそ自分の野望が大きすぎる人だとか、引っ張っていくようなタイプは部長には合わないのではないかと個人的には思う。
評価についても同じで、部長として私が部員一人一人を評価してしまえば、その瞬間からそこに上下関係が出来てしまうだろう。もちろん、作品の品評会だとかは別だが。
優劣を付けてはいけないし、かと言って全員同じ評価しても必ず不満が出るだろう。
行うべきは評価ではなく分析。全員の得手不得手を把握すること。それだけなのではないだろうか。
部長と言う肩書を手に入れ、私も考え方が変わってしまうかもしれない。何事も実行してみなければわからないもので、こうして自分の価値観とリーダーに求められる素質をリンクさせてみても、それがうまくいくかは分からない。
はっきり言う。私にカリスマ性は無い。
多くの人に認められる功績も、実力も、価値観も、容姿も、何も持ち合わせていない。
大きな課題に対してみんなを引っ張ることもできないだろう。私が牽引するなんてことになれば、崩れるときは私からになってしまうだろうから。
だがだからこそ、全員が「こいつどうにかしないと」と思うことで団結力だとかに繋がればいいなと楽観視している。
個人には個人の、チームにはチームの価値観がある。
それを如何にして調和させるか。
人間関係は面倒くさいが、面倒くさくないときっと人生はつまらない。
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