〈2〉アンデルセン

 11月ともなれば夜は冷え込む。踏切の音が響く住宅街を吹き抜けたその風は、『北風と太陽』の北風よろしく、昼間ではまだ少し暑く、夜になると少し寒い、そんなスーツの隙間をサーっと流れていく。


「ところで」

 男がまた口を開いた。

「アンデルセンの『スズの兵隊』という童話をご存知ですか?」

「いえ。・・・アンデルセンというのはあの『人魚姫』の?」

「ええ、『醜いアヒルの子』なんかも有名ですね。」

 いきなりこの男は何を言い出すのだろうか。アンデルセンといえば有名な童話作家だが、いきなりその話をするものだろうか。

「『スズの兵隊』は、ある家にプレゼントされた25体のスズ人形の話なのですが。主人公はその人形を作る時にスズが足りなかったために片足だけの兵隊人形なんですよ。その人形が冒険をするお話なんです。」

「ほう。」

 私はこの手の話を聞くのが嫌いではない。相槌だけして、耳を傾ける。

「この家には紙でできたお城がありましてね。そこに住んでいる片足を上げている、まあバレリーナみたいな感じなんでしょうね、その踊り子の人形のことが気になってしまうと。そんな中、たまたま風で流されて家の窓から落っこちてしまって。」

「成る程、そこから冒険といった感じですか。」

「そうです。家から落ちてしまったこの兵隊は雨に降られ、その後たまたま通りがかったいたずらっ子のせいで船に乗らされドブ川を流され、散々な目にあったあとに元の家に戻って。」

「しっかりハッピーエンドじゃないですか。」

「それがそうでもないんですよ。最後はこの人形は踊り子の人形もろともストーブで燃やされてしまうんです。」

「全然ハッピーエンドじゃないですね。」

 少し食い気味に、私はそう言った。

「ははは。そうですね。良いツッコミです。それで後日ストーブから出てきたスズはハートの形をしていたと。そんな話です。」

 男は何が言いたいんだろう。

「アンデルセンはこういう悲恋をよく描いていたんですよ。そして・・・」

「そして?」

「その結末は、死が多い。そんなふうに思います。彼自身、あまり外見が良くなかったようで悲恋続きだったとも言われていますから、そのせいなのかもしれませんけどね。」


 かんかんかん。かんかんかん。

 踏切の音は止まない。

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開かない踏切 緋原檸檬 @Lemon1103

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