開かない踏切
緋原檸檬
〈1〉開かない踏切
かんかんかん、かんかんかん。
その音は深夜の閑静な住宅街に虚しく響き渡り、夜空に吸い込まれていく。
私はその前でじっと、ただ踏切が開くのを待っていた。
なんだか嫌に待たされるなと思い時計を見ると、かれこれ10分ほど待っているのが分かった。
しかし一向に開く気配がない。帰りに乗った電車が遅延していたので、もしやそれでダイヤが乱れてしまったのではないか。そう考えていた。
と、横からいきなり話しかけられた。
「踏切、お好きなんですか?」
ふと目を向けると、見知らぬ男が立っていた。
大きなカバンを持っている。呆気に取られ、何も言わないでいると、
「なかなか開きませんね。」
とまた喋る。踏切の前には私しかいない。どうやら私に向かって話しかけているようだ。
「ええ、10分ほど待っているのですが、一向に開かないですね。電車が遅延していたようで、おそらくそれが原因かと。」
驚いてしまったが、なんとか私はそう答えた。
「成る程。そういうことでしたか。」
かんかんかん。かんかんかん。
人間というものは何故だか、一度話してしまうと次に訪れる沈黙が気まずく感じてしまう。
それが理由だったのか、はたまた気まぐれか、次は私の方から声をかけた。
「仕事帰りには見えませんが、お出掛けの帰りかなにかですか?」
男は驚いた様子で―きっとさっきは私がそんな感じだったのだろうというのは心のなかにしまっておこう―こちらを少し見て、間を少し開けてから
「・・・そう、ですね。いや、出掛けていたというより、旅に出ていた、という表現の方が正しいですかね。今日はたまたまその帰りです。」
「成る程。旅、ですか。」
「貴方は、旅はお嫌いですか?」
男がそんなことを聞いてきた。
「私は出不精なもので、旅行などは大学在学中に何度か行ったくらいですね。それに・・・」
少しはにかんでカバンを持ち上げる。
「ああ、仕事が。忙しいんですか?」
「そりゃもう。休日は寝て起きたら終わっている程には。まあ、僕以上に忙しい人間なんてものはいくらでもいます。」
「・・・日本人は本当に勤勉だと、ドイツ人の友人から聞いたことがあります。」
男が言う。
「でも、ドイツ人はゲームでも仕事と同じことをやるような人種ですから、彼の言葉は嫌味なのかもしれないですけどね。」
続けてそんなことを言った。面白い男だ。
ふと、そこで男が大きなカバンを持っていたのに気づいた。私はなんともなしに
「ところで、貴方も大きなカバンを持っていますが、それは?旅の荷物か何かですか?」
と聞いてみた。男はまた間を開けて
「・・・うーん。まあ似たようなものですかね。生憎中身は旅先に置いてきてしまいましたが。」
そんなことがあるものだろうか。しかし、その理由を聞くのは詮索するような気がしてやめる。
かんかんかん。かんかんかん。
踏切の音が響く住宅街に風が吹く。
踏切はまだ、開かない。
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