第7話 Coffee float
[Coffee float]
今週は金曜日が祝日で土、日と連休だった。
金曜日の昼過ぎから親戚が来て年上の男が気になるのか中学生の従姉妹があれこれうるさく纏わり着くので堪らず逃げて来たものの祝日の街は人が多く、カフェもどこも満席でただ時間を持て余し、ただ疲れるだけだった。
「何やってんだろ」
彷徨くのにも飽きてダメ元で陸に連絡すると家で暇をしているとの事だった。
たまには部屋飲みでもしようと言うことになり、メッセージアプリを閉じた。
俺も陸もとりあえずビールさえあればいいのでロング缶と頼まれた弁当を買って久しぶりの道を歩く。図々しいけれど、誰にも裏表のないあっけらかんとした性格が自分には無いもので羨ましかった。決してベタベタつるむ訳では無いが、いつの間にか数少ない気の置けない友人になっていた。
陸はゲイである事を公言はしていなかった。
信頼出来る数人には話していたが、決まったパートナーも作らず気ままに遊んでいたようなので俺もそこには敢えて触れて来なかった。俺自身は母親の居ない男ばかりの家で育ったためか男友達といる方が変な気遣いもなく気楽だったし、メンタル的にもフィジカル的にも距離の近い陸といるのも何処か心地よかった。
陸の部屋は相変わらず物が少ない無趣味を絵に描いたような部屋だった。
「彼氏は仕事?」と聞くと
「そ、今日明日は仕事」と言って弁当を受け取りレンジで温める。
ここに来ることあんの?と写真でもないかチラリと探すが残念ながら見つからなかった。
「いや、基本俺が行くからここには来ないよ」
早速ビールを開けながら言った。
床に座ってベッドに凭れながらこのベッドではしないのか、と下世話なことを想像した。
陸に写真を見せて貰って正直驚いた。
拓未も執心だというその人は肩までの金髪を無造作に束ね、華奢なメガネを掛けた一言で言って美人だった。
「マジか」と呟くと、
「ふみをって言うんだ、可愛いだろ」と嬉しそうに言う。見飽きるくらい見たであろうその写真を眉を下げて見ながら言う姿は、何処か尊いものを見るようで本当に惚れてるんだなと思わせた。
「2つ3つ上なんだっけ?」
「ううん、6つ上」
陸はそう答えて若く見えるでしょ?と付け足す。
「21の男を夢中にさせてどんだけ魔性だよ」
「そういうんじゃないんだよな」
「お前さ」と前置きして尋ねる。
「今までセフレとかワンナイトで関係済ませてたのに、なんで急に決まった人作った?」
陸は「うーん」と身体ごと傾けて考えてから
「史緒に会ってさ『この人を逃したらダメだ』って直感的に思ったんだよね」
弁当の鯖の皮を剥がしながら答える。
バーとかアプリとかでしか出会ったことなかったからさ、どうアプローチしていいか分かんなくて、ゲイだって知んなかったし、それでもどうしても諦めたくなかった。言葉を選びながらぽつぽつと話し始めた。
「もしゲイじゃなくて拒否されてたら?」とたらればだけど少し意地悪い質問をする。
「結果論だけどわかる前に気持ちは伝えたし、それでその後避けられても仕方ないと思った。でも止められなかった」
そしてこう続けた。
「ていうか、ゲイでそれぞれタチネコだったとしても付き合わないことだってあるんだからな」
「そんなのはわかってるよ」と答えて馬鹿な質問をするんじゃなかったと後悔した。
「相手の人、史緒さん?フリーだったんだ」2缶目のプルトップをあげるとプシュと気が抜けた。
「水沢、史緒のこと気になる?」
「そりゃお前がそんなに夢中になるのがどんな人か気になるだろ」
「へえ」と思っていた答えと違ったのか以外そうな表情をした。
「…俺さ、男と寝たんだ」
話も尽き、空いたビールの缶が散乱し始める頃まるで流行りの映画でも見てきた様な口調で告白した。
「え、何で?」そう言うしか無いだろう。何で男?何で寝た?陸の酔いが一気に冷めるのが分かった。
「性的に淡白なのか、若しくは男相手なら違うのか確かめたかった」と続けると陸は目を見開いて俺を見ていた。
「相手は?どこで?」陸はやっとそれだけ言う。アプリだと答え、お前も簡単に見つかるって言ってたじゃないかと言うと動揺しているように見えた。
どうだったかとか何かわかったのかとか多分知りたいのか、それともただ情報が追いつかないだけかもしれない。俺は呆けている陸ににじり寄って座ったままキスをした。
反射で抵抗しようとしたので肩を掴んで舌を入れるとバランスを崩して床に倒れる。そのまま覆いかぶさって舌を絡ませると陸は膝を鳩尾に入れて俺を床に転がした。
ローテーブルに背中が当たり、缶の底に残っていたビールが床に零れた。
「酔っ払ってんじゃねえよ!」
陸のそんな大きな声を初めて聞いた。
「何してんだよ、お前どうしたんだよ」
「どうもしない」
立ち上がり上着に手をかける。
「水沢、帰んなよ」
低い声を出したので今度は俺が驚いて陸を見た。
「お前のそのモヤモヤに決着つけるぞ」と凄む。ああ、俺はこいつのこの無神経で遠慮なくてどこまでも優しいところが好きなんだと思って手に取った上着をもう一度床に下ろした。
「俺はさ、ゲイだのノンケだの別に決めなくてもいいと思うんだよ。他人に宣言する必要もねぇし、増しては決めることで自分で作った型にハマって余計苦しくなる。」
「でも、俺は確かめたかった」
「確かめて、何かわかったのかよ?」
「…俺『寝た』って言ったじゃん、どっちに見える?」
「あのさ、普通は女抱けるならタチだろ。偶にどっちもいけるヤツもいるけど、バイでも女抱いて男に抱かれるとかあんま聞いた事ない」と言う。
「うん、それはやっぱりそうなんだけどさ、途中で何か違うなって思ってさ」
「は、途中で止めたん?」
「いや、相手は何とかイかせられたけど俺はダメで…いいって言ったんだけど結局フェラで抜いてもらった。」
「抱かれたいってこと?」
「…わかんね。すぐに相手を探すほどメンタル強くねぇし。」
「キスしたら俺がお前を襲うとでも思ったか?」陸が隣に座る俺の肩を小突く。
「陸、変わったな。いつもならとことん詰めて来んのに」と言うと
「そーかよ、全然褒めてねえな」と口を尖らせる。ただ、と言って
「もし自分がネコかどうか確かめたいなら多少金払ってでも風俗とかの方が安心かもよ。バージンなのに訳分からん奴にケツ預けんの怖すぎだろ」
「バージン…」自分に向けられたワードがあまりに衝撃でフリーズしていると陸は
「悪い悪い」と笑った。
「でもそういうことなんだよ。変なやつも居るから保険掛けて途中でも止めてくれるような相手じゃないと」と言われ、なるほど自分は浅はかだったと思い知った。トラウマになって男女どちらとも出来なくなる人を少なからず見てきたと言う。
「お前自身のことだし、デリケートなことだからあんま結果を急いで出そうとするなよ」と言われ
「まさかお前に諭される日が来るとはな」とつい陸の呉れる優しさに甘えて憎まれ口を叩いてしまう。
「もっかいチューする?」とふざけて唇を突き出して来たのでうるせぇと押しのけた。
深夜の住宅街を駅に向かって歩きながら俺は本気で陸に抱いて欲しかったのかもしれないと考えが過ぎる。愛だの恋だのじゃなくて、自分を理解してくれてる人にきっと全身全霊甘えたかったのだ。今はもう陸は人のものになってしまったと思うとどうしようもなく孤独だった。
「誰か優しくしてくんねえかな」
独り言ちて早足で信号を渡った。
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