スーパーギャラクシークイーン☆クリシェリア ~運命力が高すぎた愛され王女は、優しい世界でただただ幸せになって行く~

少女の望まぬ英雄譚をお楽しみ頂きありがとうございます。


完結からおよそ三年。

改めて本作を読み返したところ、少女の望まぬ英雄譚はやはり、多くの問題を抱えた作品であると感じるに到りました。

誤字脱字、放置された悪文は言うに及ばず、残酷な描写や構成も散見され、主人公達は毎度うだうだと答えも出ないような葛藤を繰り返す、ポップさの欠片もない内容。


苦しみにこそ物語としての奥深さや面白さが宿るもの。

葛藤なき登場人物達の物語に果たして何の魅力があるのか。

そのような考えから、あえてそのような作品として作って来たものではありますが、やはり見直してみると全体として非常に暗く、陰鬱なストーリーとなっています。


最終的に本作は、七人の美少女が永遠に百合百合して暮らす

『百合百合☆ハッピーエターナルエンド☆』

と言うべき、未だかつてない実に阿呆そうな結末に辿り着きますが、やはり道中の苦しさに投げ出される方も多く、その結末自体多くの犠牲によって成り立つものです。

出会い方によっては死なずに済み、主人公達と協調、良い関係を築けて行けたであろう多くの人々が死んでいきました。


ちょっとしたボタンの掛け違え程度。

作中でも書かれたような理由で死んでいく彼ら、彼女らの死はあまりに悲しく、あまりに残酷です。

それが上記の葛藤に加わることで『(;_;)↓暗さの相乗効果↓(;_;)』と言うべきものが発生。

作品の陽の部分である『o(^_^)o↑お屋敷百合百合効果↑o(^_^)o』を塗りつぶし、陰鬱さが勝つ内容となってしまいました。

今回のフルリメイクでは可能な限り、彼女達の幸せのために蹴落とされていった人々を拾い上げていけるように、特に巡り合わせ面を大幅に改善――『なんか絶妙なタイミングで登場人物が現れたり出会ったりして良い感じに仲良くなるシステム』を強化。

『絶対にボタンを掛け違えない少女の望まぬ英雄譚』を目標に全面改稿していこうと考えています。


また、『少女の望まぬ英雄譚』という字面からして暗そうなタイトルもこれに合わせて変更。

『スーパーギャラクシークイーン☆クリシェリア ~運命力が高すぎた愛され王女は、優しい世界でただただ幸せになって行く~』

となりますので、ご留意下さい。


現在は改稿途中となりますが、どのようなお話となるのか不安になる方もいらっしゃるでしょう。

ひとまず雰囲気が分かる序盤のダイジェスト版として、本文をお楽しみ下さい。














(※重要)少女の望まぬ英雄譚フルリメイクのお知らせ。

というエイプリルフールネタでした……。








『叔父と姪:1』



多くの諫言を退け、最終的に兄シェルバーザは軟禁状態していた彼女を王女として育てることに決めたらしい。

よほど愛妾との子が惜しいのか、真面目な兄には珍しいことだとギルダンスタインは思う。

与えられた名前はクリシェリア、欠けて弧を描く気高き月。

王家の名は常に完璧なものでなくてはならない。

その点、その名はちぐはぐで、慣習を破ることへの後ろめたさの入った名前であった。


「……王弟殿下」

「叔父が姪に会いに来ただけだ。そう身構えるな。……何をしている?」


彼女の部屋に来ると使用人は身構えていたが、ギルダンスタインは気にせず入室する。

五つになったクリシェリアは花瓶を手に取り、布巾でそれを磨いていた。

美しい銀の髪と、宝石のような紫の瞳。白のワンピースドレス。

無表情に小首を傾ける様子は多くのものに取っては不気味に映るらしい。

言葉にしないまでも、王宮にある者達は彼女が軟禁されていた忌み子であると知っていたし、その感情の見えない瞳の圧がそう感じさせるのだろう。


相手の一挙手一投足を観察するような瞳は、例えるならば蛇のよう。

ギルダンスタインがこれまで見てきた中でも、目にしたことのない瞳であった。


「……? 花瓶をふきふきしてます」


見て分からないのかと言いたげな視線に呆れて告げる。


「それは見れば分かる。王女のお前が掃除をしている理由を聞きたかっただけだ」

「はぁ……」

「……申し訳ありません、その――」

「いい。もはや見慣れた。……茶を」


幸薄そうな顔をした黒髪の使用人は頭を深く下げ、紅茶を淹れる。

ギルダンスタインは尚も花瓶を磨くクリシェリアを見ながら、窓際の席で頬杖を突いた。

おかしな娘――塔に監禁されていたせいか、あるいは元からか。

花瓶を拭き終わると満足そうに小さな笑みを浮かべ、それからとてとてとこちらの方へ。


「クリシェに何かお話でしょうか」

「退屈凌ぎに顔を見に来た程度だ。名前を略すな」

「クリシェリアは長いので……お父さまからもそれでいいと言われてます」


兄はどうにも負い目からか、随分とクリシェリアに甘かった。


「……もういい。お前に説教をするくらいなら犬の方が教え甲斐があるな」

「クリシェは犬より賢いです」

「そうだな。賢すぎて俺では飼い主になれんようだ」


適当に頭を撫でるとクリシェリアはそれを眺め、口元を緩めた。

文字も算学もあっという間に覚えたそうで、頭の良さは普通の人間の比ではない。生まれた妹もまた同様――まだ二歳だというのに姉から学び、あっという間に覚えたらしい。

天才という言葉では不足するほどに頭が良かった。

気味悪がられる理由の一つだろう。

多くの人間は自分の理解を超えた存在に対してそう感じるもの。

一部の者は彼女達を愛したが、大半は二人を遠巻きに眺めていた。


ノーラという使用人が置いた紅茶に口付け、しばらく話題は教師とのこと。

少なくとも彼女達をまともに教育出来るものもいないようで、教師が二人ほど、あっという間に配置換えを願っていた。

頭が良すぎるのも問題――まともに会話も出来ないらしい。

特に学者はプライドが高く、繊細な者も多い。

算学の教師などは、人生の命題として取り組んでいた証明を一目であっさりと解いてしまった彼女を見て、心を病んでしまったようだ。


「下らん学者を教師に据える方が問題だな。兄上には俺から言っておこう。その代わり、王宮の図書を端から読んで行け。お前なら真面目にやれば、二、三年で十分読み切れるだろう」

「本……」

「別に理解しろとは言ってない。分からん所は覚えておくだけでいい。後で兄上にでも聞け。暇な時なら俺も分かる範囲で教えてやる。……教師から学ぶより本で学ぶ方がお前にとってはましだと思うが」

「んー、それもそうかもです。読み終わったら終わりですか?」

「学問はな。本で学べない乗馬だのは引き続き教師に学べ」


クリシェリアは露骨に嫌そうな顔をした。


「何だ? 教師が嫌なら変えてもいいが」

「……乗馬はお尻が痛いので。走った方が速そうですし」

「多少は我慢しろ。覚えておいて損はない。長距離となれば馬は便利だ」


既にクリシェリアは肉体拡張を完璧に覚えていた。

頭の良さだけではなく、あらゆる才覚で図抜けている。

これで阿呆でなければ言うことはないのだが、完璧な人間はいないと言うことか。


「後は護身術……剣の扱いだのその辺りを覚えたいなら俺が教えてやっても良いが、それが終わってからだな。お前はまだ体が小さすぎるし、兄上も嫌がるだろう」

「それも覚えた方が良いのでしょうか?」

「そうだな。王家に生まれた以上、いつ命を狙われるかは分からんものだ。身を守る術くらいは覚えておいて損はないだろう。お前ならすぐ覚える」

「確かに、それはそうかもですね……」


こて、と首を傾けつつ考え込み、頷く。

それからクッキーを摘まみつつ、じーっとこちらを見つめた。


「……?」

「いえ。クッキー、嫌いですか?」

「別にそういう訳でもないが……特に好きな訳でもない」


どういう意味かと眉を顰めてノーラを見ると、怯えたように頭を下げた。


「今日のクッキーは、その……クリシェリア様が。授業が早く終わって時間が空きましたので、何かお教え出来ることがあればと……申し訳ありません」

「なるほどな。そう怯えるな、別にお前やこいつをどうこうというつもりもない」

「……申し訳ありません」


一々面倒くさい女であった。

よほどギルダンスタインが怖いようで、一挙手一投足に怯えを見せる。

ちらちらとノーラとこちらを見るクリシェリアに嘆息すると、一つ手に取り口にした。

普段口にするものより少し甘い程度の、何の変哲もないクッキーの味が口に広がる。


「えへへ、美味しいですか?」

「普通だ。不味くはないが甘ったるい」

「むぅ……クリシェ的にはすごく良く出来た気がするのですが。クレシェンタも美味しいって」

「お前達の味覚がズレてるだけだ」


そう答えると、クリシェリアはまた首を傾げて一人唸り、クッキーを一つ。

それを眺めて、用件は済んだと立ち上がろうとすると、ベッドの方からもぞもぞと、身を起こすのは妹のクレシェンタであった。

眠たげに目を擦りながら立ち上がると、ギルダンスタインを見て怪訝な顔を浮かべつつ、当然のように姉の膝の上に飛び乗る。

じーっと睨むように何も口にするでもなく、クレシェンタはこれが常であった。


「姪の顔を見に来ただけだ」

「…………」


告げるとぷい、とそっぽを向き、ぎゅうぎゅうとクリシェリアを抱きしめる。

まだ二つ――とはいえクリシェリアと同じ泣かぬ赤子。

流暢に言葉を喋ることは知っていたが、姉と違って内向的、クリシェリアやノーラ以外の人間とはほとんど喋らない。

見た目は幼子であったが、精神性はクリシェリアより多少真っ当に見えた。


「クレシェンタ、ちゃんと挨拶しないと駄目ですよ」

「……、こんにちは」

「挨拶は目を見てです。ちゃんと挨拶出来るまでクッキーはお預けですからね」


クリシェリアに言われると唇を尖らせ、渋々と言った様子でこんにちは、と横目に口にした。

むぅ、とクリシェリアは唸りつつも、クッキーを手に取り妹に与える。


「別にここでは構わんが、他の者の前ではもう少しそれらしい、可愛げのある態度を取っておけ。お前や姉が見た目通りじゃないことは俺にとってはどうでもいいことだが、嫌う連中もいる」


クレシェンタは横目にちらりとこちらを見て、再び、姉に抱きつく。


「……クリシェは見た目通りなのですが」

「そうだな、お前はある意味見た目通りなんだろうが」

「ある意味……」


才覚や知性という点で図抜けてはいたが、精神は見た目通り大人しい五歳児であった。

疑問を浮かべつつ、すぐにどうでも良くなったのか。

妹の頭を撫でながら、間の抜けた顔で何かを思い出したように尋ねる。


「あ、そういえばですね、聞きたいことがあったのです」

「聞きたいこと?」

「はい、何でもおじさまは無実の人を痛めつけて楽しんでるとか――」

「――クリシェリア様っ」

「むぐっ?」


慌てたようにノーラがクリシェリアの口元を押さえる。

そして怯えたように頭を下げた。


「も、申し訳ありません、その――」

「離してやれ、別に気にはせん。……それがどうかしたか?」


手を離されたクリシェリアは困ったようにノーラを見つつ、それから再びギルダンスタインに。


「いえ、おじさまはそれで随分と評価を落としているようですから、仲良くしてるクリシェまで評価を落としてしまっている気がするのです。正直すごくやめて欲しいのですが」

「お前の頭がおかしいのは事実だ。俺だけでのせいでもない」

「むぅ……だとしてもです。評価を落とす原因は一つでも少ない方が良いと思うのです」


不機嫌そうにクリシェリアは告げ、尋ねた。


「クリシェとしてもおじさまに何か理由があってのこととなれば無理には言いませんが、どうしても必要なことじゃなければやめるべきだと思います。……それをすることで何か良いことがあるのでしょうか?」

「特にないな。……強いて言えば、色々な情報を得られるくらいか」

「情報……」

「痛め付ければ色々語ってくれるし、売りに来る商人もお得意様の俺に色々情報を流す。まぁ、遊びのおまけ……どちらにせよ、お前が生まれた頃には飽きて、そうした遊びも人並みだ」


最初は単なる拷問であった。

法を犯した人間を手ずから痛めつけて、様々な苛立ちの発散を。

それがいなくなると、情報収集という建前で他国から来た奴隷を買っては繰り返す。

いつの間にか拷問そのものが目的になり、気になった奴隷を買っては、普通には見ることは出来ない、色んな顔を眺める時間に没頭した。


ただの犯罪者から高慢な者、卑屈な者、単に不運な者、正義感が強い無能や愚か者。

極限の状況でこそ、人は本当の素顔をギルダンスタインに見せてくれた。


好きにしろと言いながら、手足を切り落とされる段になって許しを乞う者。

何一つ話さないと言いながら、爪三枚で話す者。


あるいは、ギルダンスタインを腐った外道と罵って、気が狂ってもその態度を変えぬ者。

理想に殉ずる、貴族の魂を抱く者。


己が見たかったのはきっと、それだったのだろう。

その遊びが惰性となったのは丁度その頃。

その目を見ながら少し話してみるだけで、遊ぶ前から見分けがつくようになった。

答えが分かってしまう遊びほど、つまらないものはない。


「じゃあもうやめたんですか?」

「たまに気に入った奴隷を買って屋敷に置く程度だ。奴隷同士の賭け試合や見世物も付き合い程度には見に行くが、娯楽としてはその程度……興味があるならお前も今度ついてくるか?」

「行きません。あのですね、おじさまのそういう変なお遊びのせいでクリシェの評価が落ちるという話をしてるのですが」


眉を顰めてクリシェリアはこちらを睨んだ。


「やめたと言うならいいです。付き合い程度というなら色々と仕方ない面もあるのかも知れません。ですが、可能な限り変な噂を立てないようせめて頑張って下さい。おじさまの評判がこれ以上悪くなってクリシェの評価まで落とすようなら、もうおじさまとは縁を切りますからね」

「恩知らずな奴だな、お前は」

「これまでクリシェに良くしてくれたと思ってるからこそ、おじさまのために言ってるんです。他人から嫌われるよりはずっと、好かれる努力をした方が良いと思うのですが……ですよね、ノーラ」

「ぇ、えと……」


口を挟めずにいたノーラは怯えたように目を泳がせ、クリシェリアは首を傾げる。

クレシェンタは眠たげに欠伸をしながら、呆れたように姉を見ていた。


「有象無象に好かれてどうする」

「……? 嫌われるのと好かれるのとじゃ、比べるまでもないと思うのですが。嫌われると不利益になって返って来ますが、好きになってもらえると利益になって返って来るのです」


単純明快に、少女は見える世界をそう語る。

透き通るような紫色の瞳には、何の疑問も浮かんでいない。

貴族として、王族として、人としてなどと複雑な理屈も論理もなく、利益と不利益、その言葉で二分していた。

清々しいまでの阿呆だと、彼女を見ているとそう思う。


「クリシェの経験上、この投資はすごくお得ですね。利益率が非常に高いのです。おじさまが分かってないだなんて意外でしたが……あっ、そうです」


おじさま、と声を掛けて、彼女はちょいちょいと手招きした。

ギルダンスタインが眉を顰めて近づくと、更に手招き。

何のつもりだと問う前に、彼女の小さな手が頭に触れて、動く。

ノーラは絶句していた。


「……何のつもりだ?」

「ご褒美です。頑張ってくれたらクリシェがおじさまによしよししてあげることにしましょう。おじさまに美味しいって言ってもらえるようなクッキーも頑張って焼きます。……こういう分かりやすいご褒美はやる気に繋がると思うのですが」

「お前やクレシェンタと一緒にするな」


怒りも込み上げずに呆れて、クリシェリアの手を掴んで離す。

むぅ、とクリシェリアは考え込む。


「……まぁ、お前の言い分は理解した。考えておいてやる」

「んー、考えるだけじゃなくて、頑張って欲しいのですが……あ、じゃあ今度ケーキも焼いてみようと思っているのです。おじさまにも食べさせてあげますね」

「いらん」

















『叔父と姪:2』




それからしばらくして、屑共の宴に参加する。

あれやこれやと媚びを売る屑共や、そしてその狂宴を眺めて怠惰に過ごす。

何とも退屈な時間であった。

退屈を感じれば、適当に誰かに退屈凌ぎを命じてみるのが常であったが、その気さえも起こらない。


考え事は知らず、クリシェリアのこと。

あれにこれから何を教えていくかという所に思考が向かい、そんなことを考えていると、自分はあれをどうしたいのかという所に思考は流れる。

そもそも、自分は何をしたいのだろうか。

考えても分からない問いであった


ただ、以前ほどの退屈さは特になかった。

暇潰しという点ではずっと優れていて、飽きの来ない遊び。


「……これは何だ、ギル」

「読んでの通り、名簿だ兄上。何をやっているかも纏めてあるだろう。適当に始末するといい。連中は尻尾を隠すのが上手いからな、やるなら一斉にやれ」


王の居室――壁際には鎧や剣、そして戦場の絵画が飾られる。

シェルバーザ=アルベランはギルダンスタインと同じ、金の髪を掻き上げるように嘆息した。

顔立ちはよく似ていると言われていた。

背格好も変わらず、後は髭を生やしているかいないかくらいだろう。


「どういうつもりかと聞いているのだ」

「連中に飽きただけだ。いい加減相手にするのも疲れた。心配せずとも俺に有益な駒は別に残してある、それは好きにするといい」


持って来たワインをグラスに注いでやると、シェルバーザはそれを見つめた。

構わず自分にも注ぎ、口に含む。

中々に上物のワインであった。


「……お前はまさか、このために――」

「くく、お人好しに過ぎる所が兄上の何よりの欠点だな。未だに俺を信じているのか? ……飲め、初めて飲む銘柄だが、値段だけあって悪くないワインだぞ」


シェルバーザは嘆息すると、静かにワインを口にし、飲み込む。

そして言った。


「私は、お前が根から腐った外道などとは思っていない。……少し何かが違えば、こうはなっていなかった」

「過去にもしもは起きないものだ、兄上。全ては必然……なるべくしてなる」

「迷いの果ての選択が、必ずそうなるとも限るまい。私はお前こそ、王に相応しい人間であったと今も思っている。別に私だけではなく、当時は多くのものがそうだと思っていただろう。……だが、迷いがあった」


自嘲するように言って、立ち上がる。

そして壁に掛けられた王の剣ベーゼリアを手に取った。


「弱さ故の迷い。私は己が王の器でないと、認めたくなかった。諦めるには早い、これから努力をすればまだと考えて、継承権をお前に譲るという一言を先延ばした」


王だけが手にすることを許される大剣を鞘から引き抜き、眺める。

シェルバーザの顔が美しい刀身に映っていた。


「王剣ベーゼリアは、建国王バザリーシェに捧げられた剣。曇りなきその心を表す美しい刀身と、理想を追う透き通った紫眼を柄頭に。……父上のものであったこの剣をひっそりと眺めては、己を映した。今もこうして眺めれば、私の顔がこの刀身を曇らせる」


鞘へと戻すと、そのままシェルバーザは席に戻り、続けた。


「……誰より理想に献身的で、父と私を補佐することこそ己の責務だと疑わず……お人好しだと言うなら、それはお前の方だろう、ギル。私はお前ほど、純粋な心を持って生まれた訳ではない」

「確かに、当時の俺が阿呆であったことを否定はしないが」


笑って答えると、シェルバーザはワインの作る水面を眺める。


「……あれほど理想に献身的であったお前だからこそ、その失望の深さも理解が出来る。本当ならそうなる前に、お前にこうして心の内を話すべきであった。私の愚かで粘ついた感情も……正しく王となったお前の姿にいずれ薄れ、今こうして後悔することもなかっただろう」

「戻らん過去を口にしても始まるまい」

「確かに。……だが、この先ならばまだ、変えられるのではないかと思ってな」


シェルバーザはワインを空にすると、グラスを持ち上げる。

ギルダンスタインはワインを注いだ。


「……かつて私に誓ってくれた多くの言葉を、今も忘れていない。そしてお前も忘れていない。下劣な遊びを繰り返しても、お前は王弟としての責務を果たし、私を支えてくれている」

「首を切られん程度に仕事をしているだけだ」

「違う。……どれだけ世の中に失望しようと、己が名に誓った言葉を穢さんために、ただそれだけのためにお前はそうしているのだ、ギル。……これでも私はお前の兄だ。お前はどうあっても貴族として最後の誇りだけは、決して捨て去れん人間だと知っている」


――だからこそ妬み憧れ恨んでも、未だにお前を殺せない。


シェルバーザは静かに言って、笑う。


「あの子達を見ていると、昔のお前を思い出す。よく似ている」

「……馬鹿にするにも程がある言葉だぞ、それは」

「馬鹿にしている訳じゃない。……どうして泣かぬ赤子が忌み子と呼ばれるのか、お前やあの子達を見ていると理解出来たよ。純粋過ぎる人間が生きるには、あまりにこの世界が汚れ過ぎているだけなのだ」


そして天井を見上げるように続けた。


「……また愚かな選択をせずに済んで良かった。お前が今日、こうして私の所へ来たのも、きっとあの子達が切っ掛けだろう? お前を見ていれば分かる」

「好きに解釈すればいい」


ワインを傾けると、空になったグラスにシェルバーザがワインを注ぐ。

そして自身のグラスも空にし、微笑んだ


「確かに美味いワインだ。……次は手ぶらで来い、私の秘蔵のワインを持ってこさせよう」

「……兄上のセンスは今一つだからな、あまり期待はしないでおく」

「その認識は次の機会に改めさせてやろう」


シェルバーザは笑って告げ、ワインを口に。


「……あの二人はお前に預ける。お前が見せたいもの、見たかったものを見せてやれ。きっといずれ、お前が心の底より求めた景色を、二人は見せてくれるだろう」

「国が割れても俺を責めるなよ」

「今のお前に任せれば、きっとそうはなるまいさ」


目を閉じながら、シェルバーザは微笑み言った。


















『叔父と姪:3』




王族には多くの行事に参加する義務があり、大抵は退屈なものであった。

しかしその中でも唯一、戦勝の宴は嫌いではない。


送られてきた戦場記録を読み、戦いがどのようなものであったかを頭の中で思い描く。

兵士達がどのように戦い、指揮官達がどのような苦悩の果てにどのような決断を下したか。

そしてそれがどのような結末に到ったか。

戦勝式で語る言葉を考える傍ら、戦士達が奏でる鋼の残響、生と死の不協和音に耳を傾けた。


中にはダグレーン=ガーカのように簡潔すぎて面白味もない記録を送ってくる人間もいたが、此度の主戦場は西。

アウルゴルン=ヒルキントスとエルデラント。

戦い方という意味では冒険を一切しないアウルゴルンは好みから外れるものも、装飾過大で詳細な記録は読み物として悪くない。

単体で読めば文句を言わせぬ名将に見えてくるのが面白かった。


王国四方を守る将軍として、アウルゴルンは十分な力量ある男ではある。

ただ、勝つべくして勝つを徹底し、負けの目を塗りつぶすまで正面対決は避ける男で、無敗の戦歴に瑕を付けることを嫌い過ぎた。

その病気の犠牲になる西は常に荒れており、本来はそれなりに豊かな土地のはずだが、東西南北で最も税収が少ない。


そうした犠牲を『卑劣なる奇襲攻撃をしかけた敵軍による民への陵辱』という言葉で語り、『占領され虐げられる憐れな民の悲鳴を耳にし、決死の反転攻撃』を仕掛けて、『大なる兵力を有する邪悪な蛮族達に対し、正義の鉄槌を振り落とす』ことに成功するのがお決まりの構造であった。


今回で言えば、アウルゴルンはギルダンスタインが到着するまで後退しながらの時間稼ぎ。

北部から猛進したボーガンが敵の後背を遮断したのと同時、ギルダンスタインと共に反転攻勢。

敵将の首をギルダンスタインが手にしたことで決着となった。

その辺りの駆け引きは分かっているもので、ギルダンスタインや王国中央の将に手柄を譲ることで『犠牲』に対する便宜を図ってもらうというのがいつものやり方。

今回もギルダンスタインが敵将首を獲る姿をその場に居合わせたかのような口振りで、何とも扇情的に『殿下による獅子奮迅のご活躍』として戦場記録に記しており、本人であるこちらが呆れてしまうほどであった。


手柄も小物の自己保身もどうでも良い。

持ち上げられ過ぎれば虫唾が走るし、ぎょろりとした眼も気に食わない。

民衆保護を怠ったなどと、適当な理由を付けて処分してやろうかと西へ向かう道中はいつも考えるのだが、戦場遊びを終えた後はギルダンスタインも気分が良い。

最終的に多少の不愉快は許してやろうと思わせてしまう所を見るに、案外あれもやり手と言えるのかも知れない。


「お前達、何をしてる」

「……? クレシェンタとお髭を三つ編みにしてます」

「はっはっは、どうにも私の髭が気に入ったご様子でしてな」


戦勝式が終わり、宴。

二人を探していると、隅でフェルワースの長い白髭を三つ編みにしているところであった。

髭を左右に分け、黒いドレスのクリシェリアと白いドレスのクレシェンタはそれぞれ髭を三つ編みに、フェルワースは楽しそうに笑っている。


「えへへ、クレシェンタ、上手ですね」

「おねえさまの教え方が上手なのですわ」

「流石はクリシェの妹なのです。後でなでなでしてあげましょう」

「はい……っ」


王国の第一王女と第二王女――優美なドレスを身につけ、ねじねじと髭を結ぶ二人にギルダンスタインは呆れる。

九と六、いくらか見た目こそ成長したものだが、相変わらず阿呆であった。

内向的で、クリシェリアに比べれば多少まともな感性を有していているように見えたクレシェンタも、日に日に姉と同じ阿呆の道を進んでいる。


「おじさま?」

「……、何しますの?」


二人の首を掴むと引き剥がし、フェルワースに告げる。


「こいつらを甘やかすな。これ以上阿呆になったらどうするつもりだ」

「申し訳ありません、殿下。どうにも微笑ましくて、どうにもその気が」

「……わたくしもおねえさまもおじさまより賢いですわ」

「どれだけ賢しかろうが、傍目で阿呆なら阿呆に違いない。少しは王女としての自覚を持て」


クレシェンタはこちらを睨みながら、不機嫌そうに頬を膨らませる。


「ついてこい、挨拶だ」

「分かりました。……クレシェンタ、そんな風に怒っちゃだめですよ。おじさまは短気なんですから仕方ないです。クリシェ達はこういう所を反面教師にしないといけないのです」

「むぅ……わかりましたわ」

「そうです、偉い子ですね。おじさまみたいになっちゃ駄目ですよ」


背後から聞こえる巫山戯た会話を意識の外にやる。

鳴き声のようなもの――それに一々腹を立てていても仕方がない。


そうして人混みを掻き分けるように進むと、目当ての男。


「クリシュタンド、クリシェリアとクレシェンタだ」

「これはこれは……お初にお目に掛かります、両姫殿下」


ボーガン=クリシュタンドは片膝を突き、その妻、赤毛を束ね、藍色のドレスを着たラズラがスカートをつまんで立礼を。

普段は阿呆の二人も作法程度は理解しており、揃ったように、お手本のようなカーテシー。

始まりから終わりまで、微塵のズレなく行なわれる二人の動きに、一瞬ボーガンは眉を顰め、ラズラは猫のような目を丸くした。


「私はボーガン=クリシュタンド、こちらは妻のラズラと申します。偉大な先達に比べれば力量未熟ながらも、四方将軍の一角として、北方守護を任されております」

「えーと……知ってます。これまでの輝かしい武功の数々、あなたのような武人が王国のために身命を賭す覚悟でその責務を果たしていること、第一王女としてとても嬉しく思っております。此度の活躍、見事でした」

「我が身に余るお言葉です」


半ば定型句を口にしたクリシェリアはギルダンスタインを横目に見た。

挨拶したので帰って良いだろうか、と言いたげな目線を完全に無視する。


「是非にお前には会わせておきたいと思っていてな。知っているとは思うが、先日は同行させて、試しにと作戦の立案を任せてみた。随分と動きやすかっただろう」

「はい、殿下。……お噂程度ではありますが、しかし」


子供でしかない少女の姿に困惑するボーガンに、笑って告げる。


「今代のレイネだボーガン。見た目通りのガキだが、俺をして天才と称するに躊躇はない」

「レイネ……」

「まぁ、今日は挨拶程度に考えておけ。いずれそっちにも連れて行く」

「……は」


そうしてクリシェリアに告げる。


「この男は俺が最も信頼する将軍であり、戦士だ。今後お前の助けになるだろう、よく覚えておけ」

「はぁ……よろしくお願いします。先日もしっかり将軍が後ろに回り込んでくれたおかげで早く終わりましたし、今後もそんな感じで頑張ってくれるとクリシェは嬉しいです」


定型句が外れた途端普段通り。

ギルダンスタインも諦めていた。


「いえ、私の活躍は優秀な部下と、中央軍の助攻あってのもの……あの戦略的機動もクリシェリア王女殿下がお考えになったのでしょうか?」

「えーと……敵が二正面になっている時の話でしょうか?」

「はい」

「なら、そうですね。素早く動いてくれたおかげで綺麗に囲めました」


敵は北側から迫るクリシュタンド軍、東側から迫るヒルキントス軍と中央軍に対し兵力を分けた。

クリシェリアはヒルキントス軍を南下を命じ、北、東、南からの三包囲を形成するように見せかけ、敵の意識を南に。

そしてその瞬間を狙って軽装歩兵と騎兵で構成した、足の速い一軍団をギルダンスタインに指揮させ、北東部から強引に斬り込ませたのだった。

中央軍主力とヒルキントス軍から東と南の攻撃を匂わせることで、敵主力の動きを止め、北部の集団と切り離し――ギルダンスタインの軍団に背後を取られ浮き足だった北部の敵はクリシュタンド軍により殲滅。

後背となる西側を速やかに遮断し、ギルダンスタインは北側に蓋を。

同数の兵力で始まった戦いは、最終的には世にも珍しい全面包囲という形での決着となった。


損害比1:10を上回るような圧勝劇はそうそう見られるものではない。

しかしクリシェリアは戦略的機動だけで、容易にそれを成立させていた。


「あの戦いにおいて、あれ以上の結果を出せる方はいらっしゃらないでしょう。我が軍の智嚢、ファレン軍団長もその手腕を手放しに称賛しておりました。失礼ながら、あれがクリシェリア王女殿下のご采配とは」

「クリシェとしてはもう少し損耗を減らしたかったのですが……最終的に森を主戦場にしてしまったのが良くなかったですね。平野であればエルデラントも烏合の衆だったでしょうし」


クレシェンタは姉が称賛される様を見て、黙って話を聞きながらも鼻高々。

おねえさまなら当然なのですわ、とでも思っているのだろう。

阿呆であった。

どうしても姉と離れたがらないクレシェンタも仕方なく連れて行っていたのだが、やることと言えばクリシェリアに甘えるばかり――多少は真面目さを見せようとするクリシェリアよりもどうしようもない。

うんざりしながらボーガンに告げる。


「こういう娘だ。年齢も含め、まだ軍を率いさせるには色々と問題もある。しばらくは俺の手元で色々と勉強させるつもりだが……知見を広めさせる意味でも、いずれ機会があればお前の軍も見せておきたい」

「私の軍を……?」

「俺の知る中でお前の軍が最も穴がなく、精強だ。質の良い配下も含め、一つの完成形と言えるだろう。賞罰や制度、軍の仕組みというものを勉強させるという意味ではお前の所が適当に考えた。そのつもりでいろ」

「……は、ありがたきお言葉です」

「それくらいだな。行くぞ――? どうした、クリシェリア」


クリシェリアはいつも通り、間の抜けた顔でラズラを見ていた。

正確には、その少し下。


「その、クリシェリア王女殿下、わたしに何か……?」

「あ、子供がいるんですね」

「子供……? あぁ、はい、娘が一人――」

「えーと、そっちじゃなくて、こっちです」


クリシェリアはラズラの下腹を示した。

きょとんとした様子のラズラは指が向かう先に目を向け、呆然と。


「ラズラが妊娠している……という意味でしょうか?」

「はい。魔力に何か違和感があると思っていたのですが……もしかして違いました?」


ボーガンの問いにクリシェリアは答えた。

眉を顰めながら、ボーガンはラズラに尋ねる。


「何か予兆は?」

「まだ、そういうのは……」

「クリシュタンド。大した予定もないだろう。王領の屋敷を貸してやる。しばらく二人で泊まっていけ」

「殿下……」

「こいつの勘は侮らない方がいい。ひとまず様子を見て、違ったら違ったで良いだろう」

「……は。ご温情、感謝致します」


ボーガンは頭を垂れ、呆然としているラズラを見る。

困惑している様子のラズラは、目が合うと視線を惑わせた。


奴隷のように扱われていた時のことを思い出すのか。

未だにラズラは目が合うと、表情には出さないものの気まずそうな様子を見せる。

とはいえ、この状況では上手く隠せなかったようで、苦笑した。


「もし本当に子供が出来ているなら、しばらく馬車旅も避けておいた方が良かろう。クリシュタンドの子は王国の今後を担う者になる。気にせず好意を受けておけ」

「……はい、殿下」

「北の田舎と違って、王都には腕の良い医者や産婆もいる。生まれる日が近づけば、お前達の所に送ってやろう。……まぁこいつの間抜けな勘違いという可能性もゼロではないし、それは結果がはっきりしてからだな」


クリシェリアの頭を叩くと、彼女は唇を尖らせた。


「クリシェは最初から、そうかなって思って聞いてみただけなのですが……何で間違ってたらクリシェが間抜けということになるのか分かりません」

「聞くまでもない。普段からお前が間抜けな奴だからだ」

「むぅ……」


膨れる姉を見たクレシェンタはギルダンスタインを睨みつつ、


「おねえさま、怒っちゃ駄目ですわ」


などと小声で言いながら抱き寄せ、頭を撫でる。


「短気なおじさまみたいになってしまいますわよ」

「む……、そうですね。おじさまは反面教師にしないといけないのでした」

「……聞こえてるぞ、クソガキ共」


そしてそんなやりとりにボーガンとラズラは、思わず顔を見合わせた












『叔父と姪:4』



結果としてクリシェリアの勘は当たり、しばらくラズラは王領に。

安定したタイミングでボーガンの屋敷に送り返したのだが、しかし結果として、第二子の出産は残念な結果に終わったらしい。

ラズラは命を落としかけたそうで、危うい状態が続いたという。

ボーガンから長々と、名医を送ってくれたことへの感謝を伝える手紙が送られてきた。


結局死産に終わったのだから、感謝される言われもない。

適当に労いの言葉を手紙に書いて数年。

言われたことしかしようとせず、食うか寝てるか菓子を作って遊んでるかで無駄に日々を過ごす二人にいい加減うんざりしてきたこともあり、二人を連れてガーゲインに。


尻が痛いだの腹が減っただの馬車で延々と文句を垂れ続ける二人をノーラに押しつけ、仕方なく馬での旅。

同じ馬車で良いと口にしたことをあれほど後悔したこともない。


到着すると、小柄な赤毛の使用人が正門で出迎えた。

雰囲気は異なるが、赤い髪。

顔立ちもどことなく似ていた。

彼女を王領に一人にするのは心細いと、ボーガンと入れ替わる形でしばらく王領に滞在しており、彼女がラズラの妹であるらしい。


『本心よりの愛情と、幸福を妹に与えて下さるのであれば……わたしはそれで構いません』


理知的な薄茶の瞳がどことなく、二人に似て見えた。


屋敷の中へと案内され、出迎えるのはボーガンとラズラ。

そしてその一人娘のセレネであった。

優美な金の髪と意志の強そうな瞳――やや気を張り、緊張している様子は見えたが、二人によく似ていた。

いずれは両親に似た、良い貴族になるのだろうと思わせる。


「手紙にも書いたが……子供の件は残念だったな、クリシュタンド」

「いえ。……ラズラがこうして無事に過ごせているだけでも、ありがたいことです。殿下が遣わせて下さったキルクル殿がいなければと、想像するのも恐ろしい……心より感謝しております」

「礼は良い。お前の働きを考えれば当然のことだ」


応接間に入り、ひとまずはその話。

随分と危険な状態であったというのは確かなようで、放っておけば際限なく頭を下げそうなボーガンを止め、尋ねる。


「しかし、噂には聞いたが……本当に使用人も一人だけなのか?」

「いえ……今は二人ですね。先日の滞在中、ラズラが世話になったイルネ屋敷の使用人で――」

『アルガン様、荷運びなどはわたしにお任せを――っ!?』

『ぁ、アーネ様……だ、大丈夫ですか?』


扉の向こうから微かに聞こえて来た、誰かが倒れる音と声に、ボーガンは苦笑する。


「……その際、義妹のベリーを随分と気に入ったようで、是非勉強させて欲しいと奉公に。少しそそっかしいところがありますので、ご迷惑をお掛けするかも知れませんが」

「数日すれば戻るからな。別に俺は構わん。この二人の阿呆も気にはせんだろうが――」

「……クリシェは阿呆じゃないのですが」

「……わたくしも阿呆じゃないのですわ」

「黙れ。……あえてそうしているのだろうが、吝嗇も過ぎれば侮られるぞ」

「ご忠告、痛み入ります。必要あらば、ご滞在中だけでもノーザン達から何人か」


重く捉えるな、とギルダンスタインは口にする。

そして姿勢正しく緊張した様子のセレネに目をやった。


「セレネ」

「っ、はい、殿下」

「公的な場でもない。一々面倒だからな、殿下はいらん。こいつらにもだ。礼儀を払っても得るものはないし、元より無礼と失礼が肩を組んで歩いているような二人だ。アルベラン王国の王女殿下という肩書きがついただけの犬か何かだと思え」

「え、ぇと……」

「……クリシェ達よりおじさまの方が大分失礼だと――」

「一々口を挟まず黙ってろ」


セレネは困惑しながら、不機嫌そうな二人とギルダンスタインを交互に見る。


「まぁその内、俺の言いたかったことも分かる。……今回の滞在はこいつらに軍のことを学ばせるのが目的だが、歳も近い。普段は必然的にお前が面倒を見ることになるだろうが、物分かりの悪い犬の世話でもするつもりで気楽にしておけ」

「か……畏まりました」

「気に食わない所があれば好きに躾けて構わん。俺は諦めたからな」


何とも答えられない様子で口ごもるセレネから目を逸らし、紅茶を傾ける。

ノックが響いたのはその時で、ボーガンが入室を許可すると、大皿二枚を器用に片腕に、クッキーを盛り付けたラズラの妹が現れる。

紅茶を淹れてから二人の荷物を運び入れていた様子であったが、もう一人に任せたのだろう。

一礼するとギルダンスタインの側に一つ、ボーガン達の側に一つ。


すぐさま手を伸ばそうとする二人の手が届かない場所へ、ギルダンスタインは無造作に皿を遠ざけた。

そして構わずボーガンに目を向ける。


「お前には言っておくが……兄上はいずれ、こいつらを後継者に指名するつもりだ」

「っ……」

「他の王子も別段無能という訳ではないが、生まれついてのものが違う。そいつらに王位を継承させたとしても、いずれこいつらを目障りに思うだろう。面倒を増やすだけだ。ただ、慣例を無視するにしても面倒事は避けられんからな。貴族連中が文句も言わず、納得せざるを得ないだけの実績を事前に作らせる必要がある」

「なるほど……ですが、だからと言って戦場に出すにはあまりに……」

「レイネだと言っただろう? 良くも悪くも人並みの感性を持っていない。……普通の人間の物差しで考えるのは、こいつらのためにもならん」


そしてギルダンスタインは視線を感じ、左隣に座る二人に目をやる。

話には全く興味がない様子で、不機嫌そうにこちらを睨んでいた。


「今俺は真面目な話をしている。しかもお前達の話だ。待ても出来んのか」

「……別にクッキーを食べながらでもお話は聞けると思うのですが」

「そーですわ」

「……分かった。もういい。その代わり黙っていろ」


嘆息しながら皿を戻すと、ボーガンが思わずと言った様子で笑う。

そして目を細めて、微笑を浮かべながらこちらを見た。


「失礼……随分と、お変わりになったと」

「変わったつもりも特にないが」

「……ご自身ではお分かりにならないのかも知れませんが、随分と雰囲気がお優しい。険が取れたと言いましょうか……宴の時にも感じてはいたのですが」


良い変化なのでしょう、と告げるボーガンを呆れて見つめる。

フェルワースにも言われた言葉であった。


「恐らく、お二人の存在が……?」


そしてボーガンが二人に目を向け、首を傾げ、ギルダンスタインもそちらに目を向ける。

半分囓ったクッキーを見つめて、固まるクリシェリア。

その目は見開かれ、クッキーを持つ手は震えていた。

稀にも見ない姿に眉を顰めると、ベリーが慌てたように声を掛ける。


「っ、申し訳ありません。お口に合わなかったのでしたら、すぐに――」

「その……っ」

「は、はい……」


飛び上がるように立ち上がったクリシェリアは、ベリーを見つめて声を発した。


「その、これ……っ、どうやって作ったんですかっ?」


未だかつて見たことのない、キラキラと輝く紫色。

ギルダンスタインは、額を押さえて嘆息した。















 クリシェリア=アルベラン――アルベラン王国女王。超銀河ふよよん同盟盟主。

 妹であるクレシェンタ=アルベランを片腕に、大陸の一国家であったアルベランを拡大させ、世界統一を果たした偉大なる女王。彼女の魔術的発明の数々は英雄の時代を終わらせ、瞬く間に時代を次の段階へと推し進めた。その後の宇宙進出では多くの異星人、宇宙生命体との邂逅の経て銀河統一を果たし、ふよよんネットワークによる超銀河ふよよん同盟を樹立、絶対的支配体制を確立した。

 現在においても、この宇宙に比する者なき名君として広く知られおり、一部種族からは神として崇拝され、信仰の対象となっている。

 戦乱の世に生まれながらも深く平和を愛し、そして宇宙を平和に導いた彼女の名は、常に多くの賛美と共に語られる。ただし、その実際の姿については多くの者に知られてはおらず――


「えへへ、ベリー、今日は何を作るんですか?」

「そうですね……今日のメインはお嬢さまのお好きなミートパイにしましょうか。色々な政務で何だかお疲れのようですし……」


 好きなことは料理と食事と甘えること。

 得意なことも甘えること。

 ――これは、少し頭のおかしな少女が優しい人間に囲まれ過ぎて、大した葛藤もなく幸せに溺れていく。そんな過程を描いたお話。




















『叔父と姪:?』


「んー……おじさまも普通に死ぬ方がいいのですか? クリシェとしては死んで欲しくないのですが……短気で口うるさくて時々嫌いですが、おじさまのことはクリシェ、結構好きなのです」

「……もうお前達のお守りはうんざりだと何度も言ってる」

「失礼ですね。……クリシェはもう立派な大人ですし、おじさまにお守りなんてさせてないと思うのですが」

「そう思ってるのはお前だけだ。黙って死なせろ」

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