魔法少女マジカル☆ベリーDarkN ~退魔師☆シェルナ~
やはり、エルデラントの人達にも救いがあっても良いのではないか。
クリシェに踏みにじられた彼女達にも幸せが訪れても良いのではないだろうか。
そんな想いからこの作品は今日から『少女の望まぬ英雄譚』改め、『魔法少女マジカル☆ベリーDarkN(闇にゅるるんの意)~退魔師☆シェルナ~』として明るくハッピーな物語に生まれ変わってもらおうと思います!
というエイプリルフールネタでした。
リビングの大きな液晶テレビに映るのは、三人の魔法少女と触手塊。
三次元ステージの上をぴょんぴょんと縦横無尽に飛び回り、時に打撃を、魔法を放ち、ゲームの目的は他の三人をステージの上から叩き落とすこと。
最後に残った一人が勝者というシンプルなバトルロワイヤルゲームであった。
――魔法少女大戦エクストリーム。
妖精界での大人気ゲーム、魔法少女大戦の進化版であり、前作からは大幅にプレイアブルキャラクターが大量追加。
魔王ギルギルや悪の七柱他、にゅるるんなど退魔師シェルナシリーズまでに登場したキャラクターのほとんどが実装されている。
あちらでは来月発売、ということになっているらしく、その完成品が先にクリシュタンド家に届けられていた。
「えへへ、にゅるるん上手ですね。『にゅるるん』は衣装ダメージを与えやすいですから、大技じゃなくびしばし衣装を破いてから叩き落とすのが強そうです。クレシェンタはダッシュとかジャンプが難しいですし、カウンターしか出来ませんから、距離を取りつつ小技重視の方がいいですよ」
机の上の洗面器に入ったにゅるるんは、にゅるん、と身をくねらせた。
無数の触手を器用に操り、同時に計十四ボタンを操作を可能とするにゅるるんのコントローラー捌きは鮮やか。
三戦前までは辿々しかった『にゅるるん』の動きは見違えるよう、対峙する魔法少女『マジカルクリシェ』は『にゅるるん』の猛攻を完璧なタイミングのガードで防ぎながらもステージの端に追い詰められていた。
「ちょっとおねえさまっ、にゅるるんの味方ばっかりずるいですわ!」
妖精界の女王、クレシェンタの操作は完璧の一言――小さな体でボタンをぴしぱしと右手で叩き、カウンターを決めようとするも、十四ボタンを同時操作できるにゅるるんに対し、同時に操る事の出来るボタンは二つ。
その上、片手は基本的に移動用のスティックを操っているため、瞬時に操作できるボタンは限られ、普通の人間ならば人差し指と中指で操作できる背面ボタン、ダッシュやジャンプの使用が非常に難しい。
「クレシェンタがこのくらいのハンデがないと勝負にならないって言ったんですよ」
「だからっておねえさまが指示するのは駄目ですわ! ずるいですの!」
「わがままな子ですね……あ、にゅるるん、爆弾ですよ。今ならクレシェンタは逃げられません」
「うぅ……もう怒りましたわ……っ」
クレシェンタは小さく飛び跳ね、コントローラーの上に。
膝で前面のボタンを押しながら左手をスティックに、右手で背面ボタンに手を伸ばしダッシュとジャンプを使用し始める。
周囲で夫の活躍を見る妻(触手)や子供達(触手)は父(触手)が鮮やかなコントローラー捌きで妖精の女王を追い詰める姿を見て、感動したように触手をにゅるると震わせ、触手をくねらせるようにしながら応援を。
そしてここには家族だけではなく、にゅるるんの友人達(触手)も観戦に来ており、部屋に入らずベランダのガラス越しではあるが、興味深そうに顔を覗かせるご近所さん(触手)の姿もいくつもあった。
美しい少女達との対比もあり、クリシュタンド家リビングの状況は極めて異様。
知らぬ者が立ち入れば正気を失いかねない、実に冒涜的な狂気と混沌が生まれていたが、そうした状況を気にする者は既にこの家からはいなくなっていた。
女王と触手が激戦を繰り広げるすぐ隣にはワンピース姿の金髪美少女と、割烹着姿の赤髪美(少)女。
二人が画面上で操るのは己の似姿――『マジカルセレネ』と『マジカルベリー』である。
「ちょっと! さっきから卑怯よ! わたしが接近戦しか出来ないからって遠距離攻撃ばっかり……正々堂々戦いなさい!」
「まぁ。結構近接格闘も当てているのですが……」
「ほとんどハメ技じゃない! わたしが学校行ってる間にこっそり練習してたでしょ!」
「こっそりだなんて……堂々とリビングでプレイしてましたよ」
「この卑怯者っ、ちょっとは手加減したらどうなのよ!?」
「手加減したらしたでお嬢さまは怒ると思うのですが……」
『マジカルセレネ』が踏み込めば前面にマジカルミキサーを展開。
近接特化キャラクターである『マジカルセレネ』はそうなると足を止める他なく、そこに放たれるのはマジカルファイア(強火)である。
不可避のタイミングで放たれるそれは、『マジカルベリー』の凶悪コンボとして発売後に流行することになる、『ハンバーグコンボ』であった
マジカルミキサーはガード不能、高威力ながら設置式で隙が大きい。
マジカルファイアも同様、ガード不能、高威力と引き換えに、隙の大きい大技。
しかしマジカルミキサーは相手が近づいただけでも距離に応じてその速度を低下させる事が出来、相手をその一定の範囲内に誘い込めばマジカルファイア(強火)は必中となる。
『マジカルベリー』使いの中で後に必須技能となる『先読みミキサー』を持ち前のセンスであっさりと習得したベリーと、文字通り初心者のセレネ。
その上セレネが操るのは発売後上級者向けと扱われる近接特化の『マジカルセレネ』である。
両者の間に成り立つのは勝負ではなく、一方的な蹂躙であった。
マジカルファイア(強火)に包まれた『マジカルセレネ』の背後、マジカルウイングによる鮮やかな高速移動で回り込んだ『マジカルベリー』はフライパンによる一撃で『マジカルセレネ』を弾き飛ばす。
炎に包まれながらマジカルミキサーの中に叩き込まれた『マジカルセレネ』。
それに対して問答無用で必殺技、マジカルフルコースを完璧なタイミングで命中させると、『マジカルセレネ』はステージの彼方へ。
操作するベリーは完璧な勝利を見て、実に朗らかな表情で微笑む。
「勝利の女神はどうやらわたしに微笑んだようですね。……ふふ、良い勝負でし――」
「完封しておきながらどこが良い勝負よ! 女神が微笑むも何もあなたノーダメージじゃない!」
「たまたま上手く行っただけですよ。さっきは危うく一発もらうところでしたし……」
「あ、あのね……!」
激怒するセレネにどこ吹く風。
ベリーはコントローラーを操作し、激戦を繰り広げる『マジカルクリシェ』と『にゅるるん』と距離を取りつつ、ステージに落ちてくるパワーアップアイテム、てぃんくる☆はーとを拾い集める。
初心者相手に血も涙もない完封で勝利し、高みの見物、漁夫の利狙い。
初代魔法少女は勝つためにいかなる手段も正当化する、どうしようもない女。
最終的に勝者となったベリーは非常に満足そうな顔でコントローラーを置くと、食事の支度があるとキッチンへ向かい、クリシェもそれについて行く。
結果に納得が行かないセレネとクレシェンタは無言で再戦。
セレネは観戦していた触手の一匹を無造作に鷲づかみにすると、にゅるるんの洗面器に押し込み、ベリーの使っていたコントローラーを押しつけた。
にゅるるんは困ったようにセレネを見つつ、にゅるにゅると触手を動かしコントローラーの操作方法を友人に説明し――それが切っ掛けであった。
「本当……近頃、襲撃が少ないよね」
「そうだな。以前は二週に一度は妖魔が暴れ回っていたはずなんだが……」
ヴェーゼ一家のリビング。
ソファに転がり漫画を読むシェルナに、洗い物をしていたレドが答える。
近頃はこの調子――世界退魔教会に所属する二人は暇を持て余していた。
闇に堕ちた魔法少女、いや、魔王マジカルベリーが現れてからというもの、シェルナ達は戦い続きであった。
世界的には前魔王ギルギルの代が終わり、妖魔の出現は落ち着き始めていたのだが、この極東の地だけは妖魔が活発傾向。
毎日のように二人へと出動命令が下っていたのだが、この三ヶ月ほどは随分とそれも落ち着いていた。
妖魔の気配を感じ取って向かっても小物ばかり。
出動命令で出て行っても、以前のように組織化された妖魔ではなく、単に強大化しただけの野良である。
あれほど頻繁に顔を現していた魔王の側近、マジカルセレネも一切顔を出していない。
そしてマジカルベリーの主力である冒涜的な触手達もこのところ見掛けていなかった。
「親父さんはなんて言ってるんだ?」
「本部は以前と変わらないって。色々調べてくれてるみたいだけれど、世界的にどこも同じ……随分平和みたいよ」
「そうか……」
洗い物を終えたレドはインスタントのコーヒーを花柄のマグカップに注ぎ、シェルナに手渡すと己もソファに。
寝転がっていたシェルナは身を起こし、ずず、と熱いコーヒーを静かに啜る。
「気味が悪いな」
「ええ。嵐の前の静けさってやつかしら。……元々マジカルベリー達の行動目的は意味不明だったし、分からないことだらけ。こっちから動けない以上どうすることもできないのが歯がゆい感じ」
シェルナ達退魔師にとってはまだ、魔王ギルギルの方が理解しやすかったと言って良い。
世界に滲み出る魔性の者達――妖魔。
怪物、妖怪、あるいは神と称される彼らと、退魔は千年を超えて争ってきた。
二十年ほど前に異界から現れた魔王ギルギルはその中でも強大な妖魔の一匹。
目的は単純明快、世界を支配することであり、この日本を中心に妖魔達の動きは活性化、世界的にも妖魔達は統率の取れた動きをするようになって行った。
歴史的にもそのような例がなかった訳でもなく、強大な妖魔が自身を中心に強大な勢力を築き上げることは何度かあり、歴史の背後ではいつも、妖魔と退魔の熾烈な争いが繰り広げられている。
退魔側もこの魔王ギルギルを名乗る一派に対し強い懸念を覚え、その勢力拡大を防ぐべく立ち向かい、その中心になったのはシェルナの父を含めた退魔師であった。
しかし、そうした争いに突如現れたのが魔法少女マジカルベリーなる存在である。
退魔達が全力を尽くしてなお強大なる敵に対し単独で挑み、未知の膨大なエネルギーと未知の魔術を使って冗談のような戦果を挙げ続け、次々に魔王側の幹部を単独撃破。
わずか一年で魔王ギルギルの襲来を退けてしまったのだ。
退魔はマジカルベリーの正体を突き止めるべく奔走したが、彼女が操る認識阻害と記憶操作の魔術により捜索は断念。
彼女と魔王ギルギルの活動、その中心部にあったこの『有辺』に極東第七支部を新設することになる。
その後、各地でマジカルベリーに類似した魔法少女なる存在が現れ始めたが、マジカルベリーはその後十三年間、その動きを見せることはなく、その沈黙を破ったのが数年前――魔王ギルギルの残党が活発化し始めた時期に再び、マジカルベリーが二人の仲間を連れて出現。
四年を掛けて魔王ギルギルを再び退けると、突如次代魔王を名乗り、実質的に協力関係にあった退魔に戦いを仕掛けてきたのだ。
魔法少女達、そして彼女達が従える触手の力は絶大。
数ヶ月前にその拠点に踏み込んだシェルナ達でさえ逃げ出すほかなく、彼女らが本気で攻勢に転じれば極東支部など呆気なく滅んだだろう。
しかし、どういう意図があるのか。
彼女らの動きは非常に散発的で、まるで遊んでいるかのよう。
勢力を拡大する様子もなく、時折ちょっかいを掛けに来る、という程度で、戦闘になった退魔師達も結果的に皆、トドメを刺されることなく見逃されていた。
言葉の上では世界征服を目的にしていると口にしているのだが、言葉と行動は全く一致していない。
客観的に見て、マジカルベリー達の行動は謎ばかりであった。
彼女らの周囲に存在する妖精と言うべき生き物が何らかの指示を出している様子は散見され、それに従っている様子は見られたが、その存在は魔法少女同様謎が多い。
魔法少女達の周囲には必ず現れる謎の存在――少なくともそれが魔法少女達に絶大な力を与えていると考えられるが、分かっていることはクレシェンタという名称くらいで、ないに等しかった。
認識阻害の影響もあるだろう。
基本的に物事を忘れることがないシェルナでさえ、彼女達と対峙した際の記憶は曖昧である。
妙に周囲や足元から視線を感じることが多い気がするが、その原因についてもまだ、シェルナ自身突き止められていなかった。
そしてそんな状態でこの静けさ――やはり、不気味である。
「とはいえ、動きがないというのは逆に攻めるチャンスかも。レドはもう一度、マジカルベリー達が現れたところを探してくれる?」
「そうだな……そっちから手掛かりを探すしかねえか」
とはいえ、動きがなければ地道に
「ええ。何かあれば連絡してちょうだい、すぐに駆けつけるから」
「……たまには逆でもいいんじゃねえか?」
「昼に鳥籠があるから駄目。あ、どうでもいいことで連絡してこないようにね」
「…………」
溜め息を吐くレドを気にせず、そういえば、と録画予約をセットした。
一人の使用人と三人の令嬢が繰り広げる、女性同士の耽美な関係を描いた大人気お屋敷物語、鳥籠は佳境に入り、続きが気になる展開である。
シェルナも平和な時くらいはドラマを満喫したい。
「……あっちも暇なら、ベズかズレンかよこしてくれねえかなぁ」
「文句言わないの。働かざる者食うべからずよ」
「そういうお前は何をしてるって言うんだ」
「花壇の手入れとか、お掃除とか……ご飯もちゃんと作ってるじゃない。家の事は全部わたしがやってるでしょ?」
「……退魔師としてどうなんだ、それは」
「そういうセリフはわたしより強くなってから言うものね」
ぐぬ、と言い返せないレドを見て笑い、膝を枕に横になる。
「何だかお遊びみたい」
「……お遊び?」
「そ。退魔師ごっこ、みたいな……そう思わない? 誰も言わないけど」
「……まぁ、昔考えてたのとは随分違うが」
妖魔は恐ろしい存在。
少なくとも退魔協会の前身が成立する前から多くの犠牲があり、退魔協会で戦う退魔師も多くの犠牲を強いられてきた。
子供の頃はシェルナもレドも、それを何度も言い聞かせられて育ち、相応の修練を重ねてこの場にある。
退魔師として、退魔協会の最高傑作であるシェルナがここにあるのも魔王ギルギルとその後継、マジカルベリーに対する強い警戒から。
だが、この土地に来てからというもの、命のやりとりを行なう真剣勝負、という感覚があまりなかった。
まるで見えないリングの上で戦う競技か何かをさせられているかのような違和感。
魔王ギルギルとの戦いで劣勢を強いられ、死を覚悟すると、都合良いタイミングでマジカル○○が現れ、共闘したことも何度かある。
異界からの侵略者達も性質的に、人の殺傷を目的とするよりは生かしたまま何らかのエネルギーを摂取することを目的としている様子で、シェルナが調べた限りでは、異界の侵略者によって直接的な死者が出た例はない。
現存する妖魔と比べて、異界由来の妖魔からの被害があまりにも少なすぎた。
退魔協会自体、内心それを感じているのだろう。
絶大な力を持つ魔法少女達や異界からの侵略者に対する懸念から、一応シェルナをこの土地においてはいるものの、二十年前と比べてこの極東の地で発生する騒動に対する優先順位は随分と低くなっているように思えた。
正直、データだけを見るならば賢い熊程度の妖魔の方がよほど危険である。
「だからって油断はするなよ。あっちがそこらの退魔師なんかと次元が違う力を持ってるのは確かだ」
「分かってる。ただ、なんかね……」
「……?」
昔は退魔師としての使命だけを考えていた。
他人を蹴落とし見下して、強くなることだけを考えて、優秀さを求めて。
ただ、想像していたものと違う未来が訪れると、こんなぬるま湯に浸っていると、時折思うことがある。
「ううん、やっぱり何でもない」
けれどそれは口にせず。
不思議そうなレドの顔を見て、肩を揺らした。
レドが出て行き、やることは洗濯。
掃除をして、花壇の手入れ。
極東第七支部と仰々しい呼び名で呼ばれることもあるが、見た目はごく普通の二階建て一軒家である。
諸々の家事を終えると、周辺偵察を兼ねた散歩。
少し上品なこの住宅街はヨーロッパ系の外国人が多く、特にシェルナの容姿を奇異に見られることもなく、気兼ねなく外を出歩けた。
家を一歩出たところで、目に入るのは向かいの豪邸。
そのネームプレートと郵便受けを雑巾で拭う赤毛の家政婦の姿であった。
「おはようございます、ベリーさん」
「おはようございます。良い天気ですね」
いつもの着物に割烹着。
前時代的な格好であったがよく似合っており、洋服姿はあまり見掛けない。
この辺りでは着物の人と有名な、少し変わり者の女性であった。
年中着物を着ているのも、子供に見られてしまうから、だそうで、随分な童顔だが、もう三十を超えているらしい。
失礼なこととは思いつつも、やはりいつ見てもそうは見えない。
近づくと庭が覗け、今日も優美な花壇の姿。
水をやった後なのだろう。太陽の光にきらきらと、花達が輝いていた。
「あ、咲いたんですね」
「ええ、今朝見たら咲いてました。他の子達もこの調子なら明日明後日には……ふふ、見て行かれます?」
「はい、ありがとうございます」
上品な豪邸、何よりも立派なのは花壇である。
同じく花好きなシェルナとは話が合い、花の手入れや土作り等々、様々な点で情報交換していた。
その内にお茶に招かれたり、料理を教えてもらったりと、これまでごく普通の生活とはあまり縁のなかったシェルナにとっては先生のようなもの。
ここにシェルナ達が住み始めた四年ほど前からの付き合いで、右も左も分からないシェルナ達に良くしてくれた恩人でもある。
しばらくそうしてお花談義に花を咲かせていると、こつこつ、こつこつと家の中からベランダのスライドガラスをつつく音。
クレシェンタなる『ピンクの小鳥』である。
ピンク色の帽子を被った『紫色の犬』の頭に乗り、ぴぃぴぃと鳴いていた。
彼女は動物好きで、『小鳥』の他、随分と『犬』を飼っているらしい。
「まぁ。ふふ、どうでしょう? お茶も飲んで行かれますか?」
「えーと、それじゃあ……お言葉に甘えます」
そうして誘われるまま玄関に。
すぐさま『小鳥』のクレシェンタが飛んできてベリーの肩に乗り、耳元でぴぃぴぃと鳴いていた。
ベリーは苦笑しながら、『小鳥』をなだめるように、駄目ですよ、などと声を掛ける。
『小鳥』も『犬』も非常に賢く、人間の言葉を多少理解出来るらしい。
何匹か『犬』が奥から現れ、シェルナを認めると『尻尾』を振って体をくねらせた。
シェルナもこんにちは、などと挨拶し、リビングへ。
美味しいクッキーと紅茶を頂きつつ、花の話から今日の鳥籠がどうなるかについて。
ベリーも鳥籠にハマっているらしく、ここのところはそんな話でも盛り上がっていた。
何ともほのぼのとした日常――少なくとも、ここに来るまでは自分がテレビ番組にうつつを抜かし、隣人と内容について語り合う日が来るなどと思っても見なかった。
それどころか、そんな人間を内心馬鹿にしていたが、いざ自分がそうなってみると、ようやくそんな人達の気持ちも分かる。
喋りながらクッキーを小さく砕き、テーブルの上をぴょこぴょこぱたぱたと飛び跳ねる『小鳥』のクレシェンタに餌を。
ベリーによると、どうにもお腹が空いていたらしい。
こうした動物の姿を可愛いと思う日が来るとも思っていなかった。
自分は随分と狭い世界で生きていたのだろう、と思うことばかり。
ごく普通の日常というものが、こんなにも様々なもので溢れていると気づけたことが、シェルナにとって何よりも幸福なことだったのだろう。
求められる期待に応えることだけが全て、と考えていたシェルナが、誰かを好きになり、花を愛で、動物を可愛がるように。
思えば随分遠くまで来た、と振り返る度に思う。
昼食までご馳走になりつつ、一時からはドラマの鳥籠鑑賞。
どこにいたのか、いつの間にか『犬』達も十三匹が集まり、大人しく画面を見つめていた。
賢く珍しい犬達――吠えているところを見たことはない。
体をくねらせるように感情を表現するらしい。
時々、その紫色から冒涜的な触手の姿を幻視してしまうが、職業病というもの。
『小鳥』のクレシェンタも時々妖精のように見えることがあり、変わったものを見ると警戒してしまうのが悪い癖――恐らく名前のせいだろう。
マジカルベリーにマジカルクリシェ、マジカルセレネに妖精らしきクレシェンタ。
そして犬の名前はにゅるるんだとか、にゅりん、にゅるん、にゅにゅー、にゅるーん等々、マジカルベリーの使役する触手の名前。
あまりに名前が一致しすぎているのである。
とはいえ、恐らくこれはマジカルベリー達の認識阻害魔術の影響。
恐らく、こちらの記憶にある名前から自動的に個体名を割り当てているのであろう。
そうでなければ本名そのままで悪事を行なうなど、あまりにも阿呆である。
普通に考えて追われる側の人間が、自分の本名を相手に名乗り出るような間抜けを冒すはずがないし、それを名乗る相手が目と鼻の先に住むご近所さんだとしたらもはや正気の沙汰ではない。
まして家で触手を飼い、挙げ句敵対するシェルナ達とのんびり仲良くお茶を飲んで家族付き合い、バーベキューに誘うなどと、もはや欠片の意味さえ見いだせなかった。
実際、奇妙過ぎる一致に探ったことはあったが、少なくともこの家は白。
少なくとも魔術的な気配は一切なかったし、以前わざわざ転入という形を取ってまでセレネとクリシェについて調べたものの、真面目で成績優秀な普通の学生であった。
それからはなるべく考えないようにしているが、やはり時折そうした『妄想』がちらついてしまい、頭から振り払う。
これは妄想――隣に座っているベリーやこの家の姉妹が、平然と無数の触手達と共同生活を送っているなどと、どこをどう見たら思えるのか。
仮に事実であったなら、現在シェルナは触手に囲まれながらドラマ鑑賞である。
冒涜的なその絵面を想像して、どんな馬鹿な妄想だろうか、と嘆息する。
「どうされました?」
「いえ。……林檎と三日月の関係を知って、望はどうするんだろうと」
「そうですね……望お嬢さまは性格的に距離を置こうとするのではないでしょうか。先週の縁談話もここに繋がってくるのではないかと」
「なるほど、確かにそうですね。望の立場なら踏み込んで行くかとも思ったのですが……この場合、望は林檎を気を遣ってしまうのでしょうか?」
「ええ。縁談を受けてしまうのかも……月子お嬢さまの動きも気になりますね」
ドラマの内容を振り返りつつ、来週も見逃せないとシェルナは頷く。
こうしたドラマを見始めたのもいつの頃であったか。最初は所詮作り物と馬鹿馬鹿しいと思っていたものだが、愛憎渦巻く物語に今ではすっかりハマってしまっていた。
人の心というものを学ぶ上でこれ以上の教材もないだろう。
人付き合いが苦手で、他人というものを理解出来なかったシェルナに、こうした物語は多くのものを与えてくれていた。
そうして鳥籠の内容について語りつつ、話は世間話に。
ドラマが終わってうねうねと立ち去っていく『犬』達を眺め、溜め息交じりに。
「……レドの仕事が少し前まで忙しかったのですが、最近は急に暇になったと言いますか……えーと、そうですね、これまでやっていたプロジェクトが先方の事情で中断してるみたいで」
「な、なるほど……」
語り始めるシェルナの隣。
ベリーはちらりとテーブルの上でクッキーを食べる『小鳥』に目をやる。
『小鳥』はぴぃぴぃと何かを鳴くとそっぽを向いた。
「まぁ、これまで忙しかった分こういうのも悪くはないんですが……いつまた忙しくなるか分かりませんし、呼び出しが掛かるとすぐに動かないといけない仕事なので、旅行とかも、ちょっと難しくて」
「それは大変ですね……」
ベリーは言いながら『小鳥』をじーっと見つめる。
『小鳥』はぴぃぴぃと再び鳴いて、ベリーは嘆息。
『小鳥』を捕まえると、駄目ですよ、と顔を近づけ叱る。
シェルナが首を傾げると、ベリーは何でもないという風に首を振り。
「……すみません。ただの愚痴ですね」
「いえ。そういうことは誰かに話すだけでも少しはすっきりするものですから、一人で考え込んでしまうよりはずっといいです。そういうことでしたら実は、ホークランドの優待券があるんですが……いかがでしょう? レド様とご一緒に気晴らしなど」
「ホークランド……」
「ええ。あそこなら近場ですし……旦那様の会社の関係で、優待券がよく送られてくるんです」
ぴぃぴぃと何かを訴える『小鳥』にクッキーを与えて黙らせつつ、ベリーは微笑んだ。
いつものことながら元気な『小鳥』である。
「でも、いいんですか? そんなものを頂いて……」
「ええ、お嬢さま達とは先日行ったばかりですし……」
ぴぃ、と鳴いた瞬間『小鳥』の口にまたクッキーが。
何かを怒っているように見えるが、腹が減っているのだろうか。
「余っていても仕方がないものですから、よろしければ」
「ありがとうございます。いつも何かを頂いてばかりで……」
「いえ、お気になさらず。こちらも何かとお世話になってますから……最近は温かくなってきましたし、今度またバーベキューでもいかがですか?」
「はい、是非。また何か実家の方から仕入れておきますね」
「ええ」
シェルナは頷くと、紅茶に口づける。
ご近所さんと昼下がりに、お茶をしながらドラマを見て。
レドの帰りを待って夕飯を作り。
平和な日常――穏やかな日々。
自然と口元がほころんで、目を細める。
「どうされました?」
「いえ……こういうのいいなって、そう思いまして」
そんな言葉に彼女は苦笑して、捕まえた『小鳥』を指でつつく。
『小鳥』はぴぃ、と不満げに鳴いた。
――しかし、退魔師シェルナの戦いに終わりはない。
「お久しぶりですね、退魔師シェルナ」
「……マジカルベリー、動きがないと思えば、あなたから顔を出すなんてね」
「ここで戦うつもりはありません。今日はあなたに一つ、情報を伝えに来ました。……月末に、草津の地にて大きな魔が生まれようとしています」
「……、草津というのは温泉街の方かしら? それをわたし達に退治しろ、と?」
「ええ。わたしにとっても不都合な存在……応じるならば一時休戦と行きましょう。……無論信じる信じないはあなた次第、わたしから口にするのはこれだけです」
「っ……待ちなさい、マジカルベリー。あなたは何を目的にしているの? 魔王との戦いで一体、あなたに何があったの?」
「行きますわよマジカルベリー、用件は済んだのでしょう?」
「……はい、クレシェンタ様」
最強の敵、マジカルベリーとの休戦。
「……なんか拍子抜けだな」
「でも、生まれていれば、とんでもないことになってたかも知れない。マジカルベリーがわざわざ言いに来るくらいだもの」
「まぁ確かに……とりあえず折角温泉街に来た訳だし満喫するか。休戦なんて言い出したんだ、流石に今日明日に何かして来るとは思えん」
「そうね、温泉に浸かりましょう。ベリーさん達の話じゃこの宿の温泉、すごいって話だし……お土産も買っていかないと」
「そうだな、考えとかねえと……」
そして、故郷の恋敵、フェニの襲来。
「レドさまっ」
「フェニ、それにトーバも……」
「ようやく許可が出てな、応援に来たぞ、レド。……本当はベズの予定だったんだが、フェニに駄々を捏ねられてな……」
「捏ねてません。……サポートとしてフェニと兄さんが適任だと思っただけで」
「……トーバはともかく、フェニは足手まといじゃないかしら」
「フェニは以前と違います。……確かにシェルナさんが強いことは知っていますが、レドさまのサポートという点ではフェニの方がお役に立てるはずです」
「へぇ……言うようになったじゃない」
恋に戦いに、
「はい……はい。到着されたみたいです。申し訳ありません、こちらの都合で振り回してしまって……ああ、そちらの方はお任せ下さい。この辺りの魔物退治はこちらにお任せ頂ければ……はい、もし必要ならそちらの方に魔法少女も派遣しますので……はい、ありがとうございます、では」
「……なんて言ってました?」
「これからもよろしくと……退魔協会の方も良い方達ばかりで本当に助かりました。これでお二人もちゃんと休暇も取れるでしょうし……」
「えへへ、良かったですね」
「――ちょっと! クレシェンタ! ハメ技ばっかり使うのはズルいわよ!」
「ハメ技じゃないのですわ。硬直後の1フレームに回避入力すればちゃんと抜けれ――にゅるるんっ、何しますの! 横から爆弾は卑怯ですわ!」
退魔師シェルナの日々はこれからも続いていく――
続かない。
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