番外編2
夜明けの三日月 一
嘔吐しない日はなかった。
早朝、日の出と共に叩き起こされ、鎧を身につけた完全装備。
背中に砂袋を担がされて走らされる。
初期の初期から参加していた自分はまだマシな方だった。
新しく入った人間は大抵ここの時点でゲロを吐く。
その次は全力疾走で二十間。
最も速かったものが一人ずつ抜け、休憩することが許されたが、後の人間は当然ながら続行、一位を手にするまで全力疾走を繰り返す。
人数が増えるほど当然ながら回数は増え、朝食の時間が遅れていくが、全員が一位となるまでは必ずやる決まり。
走れなくなった者は誰かが背負ってでも完走させなければ、朝食の時間は永遠に来ない。
食事の後は延々と続く柔軟。
幸い入ってからしばらくして、食後に走らされゲロを吐くということはなくなった。
当初は一応、食後の腹ごなしという走り込みも存在していたのだが、食後に嘔吐する面々を見たこの隊の設立者であるクリシュタンドご令嬢――
『全く、あなたたちは食べ物をなんだと思っているんですか。野良仕事から調理まで、この食事を作った人達の気持ちをもっと考えるべきです』
――クリシェ=クリシュタンドのありがたいお説教と共に廃止されたのだ。
好き好んで食後に嘔吐したい人間がこの世に一人でもいると思っているのだろうか。
居合わせた人間で殺意を覚えなかった者もいまい。
柔軟は柔軟で気の遠くなるような時間である。
若い人間はともかく、多少年嵩のものでも無関係。
股が割れるまで足を開かされ、ひたすら全身を伸ばされる。
朝一で疲れ切り、食事で間が空き、そして柔軟。
大体、終わった頃には疲労感と筋肉の緩みで手足に力が入らず、そんな状態になって初めて剣の素振りに移行する。
振り下ろし、払い、突き、切り上げ、パターンを変えて様々な組み合わせで1セット五十本。
大体この辺りで古参の連中も頭が朦朧としてくる。
剣が手からすっぽ抜けた時に怪我しないようにという名目で、刃にぐるぐると巻き付けられた布がひたすらに重い。
疲労の極地、気を失う者も毎日出た。
丁度視察にと少女が来るのもその辺り。
息も絶え絶え、もはや死人の如く剣を振らされるこちらを見ながら憐れむでもなく、クッキーを食べつつ暢気な顔。
『うーん、思ったより覚えが悪いですね。ダグラ、剣や手足にもう少し重りを増やした方が良いのではないでしょうか?』
そして挙げ句にこの言葉である。
怒りを通り越すとはこのことだろう。
『っ、は。し、しかし……これ以上は体を痛める者が出る可能性も……』
『むぅ……クリシェは早く次の段階に行きたいのですが。見ていると筋肉に頼る人がまだ多いですから、思うにもう少し、動けなくなる寸前くらいまで追い込んだ方が良いと思うのです。食事と休息だけちゃんと与えておけば、多分死なないでしょう』
『はっ。了解しました……』
『後、脱走者は出さないように。兵士を集めないといけない時期に自分の隊から脱走者を出しただなんてクリシェ、恥ずかしくてご当主様に顔向けできないですから』
欠伸をかみ殺しながら、言うことだけを言って、去って行く。
気狂い兎と言い出したのは誰であったか。
愛らしい容姿と正反対。
情の欠片もない仕打ち、まるで虫けらを見るような紫の瞳。
彼女に好意を抱いていた人間は、当時ほとんどいなかったことだろう。
大貴族、親の権力を使って命令を下す最悪の貴族令嬢。
それがクリシェ=クリシュタンドという少女であった。
隊員は平民出身。
そして平民には元々、貴族という存在に対する不信感もある。
英雄クリシュタンドと聞けば高潔で知られていたが、彼女の姿はまさに貴族についての悪い噂そのもの――平民を人間とも思わない傲慢な存在であると誰もが思っていた。
養女であるとは聞いていたが、なれば尚更、自分たちへの仕打ちに憤らない者もいない。
偶然将軍の家に拾われたというだけで、どうして同じ平民にこれほどの仕打ちが出来るのか。
誰もが彼女への恨みと殺意を募らせていたことは間違いない。
逆に直接過酷な命令を自分達に与えるダグラに対しては、あの少女には逆らえないのだと半分同情していたし、自分達の仲間のように感じている部分もあった。
ダグラは厳しい訓練教官であったが、半ば殺意すら感じる少女の命令から自分達を守ろうとしている様子は窺えたし、自分達をしっかりと休息させるために日夜走り回っている姿は多くのものが知っている。
それを思えばダグラを恨む気にはなれなれなかった。
キリクなど思慮深い年嵩の者は当時、彼女の酷すぎる態度は意図的なものではないかとさえ思っていたらしい。
あえて自分を恨ませることで、直接の教官たるダグラに敵意を向けないようにしているのだと。
とはいえそれも裏を読みすぎ、考えすぎ。
後に彼女を知ればこそ、見て感じたままがほとんど真実であった。
クリシェ様は基本的に善良と言えたが、同時にどこまでも冷酷な少女でもある。
自分達のことは当時、文字通りどうでも良かっただろうし、訓練中に一人二人死んでしまっても大して気にもしなかったに違いない。
そのくらいに容赦のない訓練であったことは確か。
当時は状況が状況――急に起きた王女と王弟の内戦。
時間がなく、ぶっつけ本番の速成訓練ということもあったのだろう。
色々と不親切で、訓練はあの姫君の思いつき。
『黒の百人隊』で速成訓練を受けた人間からすると、『黒旗特務』で訓練を受けた連中は随分と幸運だった。
実際、何をさせられているのか、何のために扱かれているかも分からない。
ただ走れ、剣を振れ、この樽を担げ、などと地獄のような訓練を受けさせられるのだ。
幸いであったのは、脳みそが働かなくなるくらいに疲れ果てるおかげで、疑問に思う余地もなかったことくらい。
空腹にも関わらず死人のように飯を食い、ベッドに転がる度どうにかここを逃げだそうと毎晩考えたが、筋肉痛と疲労で実行に移す前に眠っていた。
「……?」
俺の感覚で言うなら、それを感じたのは二週間になるかという頃。
五人一組で気が狂ってるような重たい樽を運ばされる時間が晩飯前の夕方頃にやってくる。
とても一人では担げない、そういう重さの代物を一班につき最低二つ。
自分達の班では石拳で負けた二人がそれを担ぎ、あとの三人は後ろからそれを支えて、ベルガーシュの砦をひたすら歩かされるのだ。
不運にも石拳で負けて、その日もうんざりした気持ちで樽を担がされ、不思議に思ったのはその軽さ。
一人じゃ半里どころか十間も歩けないような代物――いつものように背中や足の裏にその重量こそ感じるが、そのまま樽に押し潰される感覚がない。
偶然当たりの樽で中身が軽かったのかとも思ったが、運んで来た連中の様子はいつも通り。
首を傾げながらも、他の四人と同じようにひぃこら言いながら、重たい振りをして樽を運んだ。
ただでさえ疲れ切っているのだ。
ただ歩くだけでも死にそうであったし、もし樽が軽かったなんて気付かれようものならやり直しと言われかねない。
演技をしながらその場を乗り切り、眠るときには疑問も忘れて一瞬で落ち――更におかしいと感じたのは翌日。
布を巻き付けた重たい剣を振りながら、妙な軽さを感じたのだ。
体はいつものように疲れ切っていたが、木剣どころか木の枝を振るように軽い。
しかし掌にはずっしりとした手応えがあり、勢いのまま剣を振れば遠心力で体がよろける。
単純に剣の使い方が上手くなったのかと思ったものだが、元々賭場の用心棒。
剣はそれなりに振っていた側の人間で、素人でもない。
今更自分が見違えるような成長をしたとは思えなかった。
「どうしたコーザ? 疲れたのか?」
「いえっ、何でもありませんダグラ教官……っ」
慌てて答えつつ、いつも通りに剣を振り、首を傾げ。
疲れた振りをしていたものの、いつもより剣を振り終えても余力を感じていた。
二日連続で石拳に負け樽を担がされても、昨日と同じく不思議なほどの軽さを感じ、周囲を見渡す余裕さえも生まれていた。
この殺人樽を担いでいると、重すぎて周囲を見渡す余裕なんてない。
下を向いて歩くのが普通だ。
ただ、ちらほらと同じように、荒い息を吐きながらも周囲を眺める――要するに、いかにも重いものを持っています、という風に演技をしている人間が何人かいた。
ダグラが樽を軽くしたとは思えない。
何かがある、と疑問が明確に形になったのはその頃だろう。
世の中には超人というべき人間がいることくらいは知っていた。
世界は広いもの――どういう体の使い方をしてるのか分からないという人間には、黒の訓練隊に配属されてからも何人か目にしている。
コーザが全力で十間走る間に、二十間を軽々走るような人間達。
田舎にいた頃、大の男を片手で放り投げる怪力の優男を目にしたことがあったが、この訓練隊にはやたらとそういう人間が多かった。
一際目立っていたのはミアだろう。
可愛い顔に似合わず怪力で、駆けっこでも当時は(後に最下位付近に転落したが)上位の超人組。
大の大人が根を上げる、そんな地獄の訓練についてこられるのがそもそもおかしい体格。
樽運びには重たい痛いと泣き言を口にしていたが、それでも担げば平然と歩いた。
「何しに来たの、コーザ。あたしもミアもナンパはうんざりなんだけど……バグみたいに股間を蹴り上げられたい?」
「そう睨むな。あいつみてえに馬鹿じゃない。ただ、ミアに……いや、お前でもいいんだが聞きたいことがあってな。飯の邪魔をするつもりはないし、用件が済んだらすぐに行く」
ミアは基本的にいつもカルアの後ろにべったりであった。
怪力で足が速いという特徴を除けば田舎村の田舎娘。
周囲には荒くれ者ばかりであったから、カルアだけがあの環境では頼りだったのだろう。
食事の時間も同じくで、他の連中から離れた場所に座って飯を食っていた。
荒事に慣れていたカルアは不用意に近寄る連中に対して実力行使を辞さなかったし、荒くれ者代表のバグが叩きのめされたことがあって、近づくものはほとんどいない。
そんな気力も起きないくらいに疲れていたというのも理由の一つだろうが、それとは無関係にカルアに冷ややかな目で睨み付けられると、用心棒をやっていたコーザでさえ背筋が寒くなる。
いくつも修羅場を潜り抜けてきた女だということは、その目を見れば分かるものだ。
「わたしに話……?」
「ああ。足が速いのはまぁともかく……異様なくらい怪力だからな。何かあるのかと気になった」
「か、怪力……」
「事実だろう。とても力があるように見えないし、あの樽を担げるようには見えない。ドルスみたいな筋肉だるまが額に青筋立てて運ぶような樽だからな。……筋肉以外の何かに理由があって、そしてこの訓練隊ではその何かを使えるようにするために、このクソみたいな訓練をしてるんじゃないかと思った訳だ」
へぇ、と感心したように声をあげたのはカルアの方。
ミアは何か迷うような素振りで目を泳がせていた。
「その様子だと当たらずとも遠からず……やっぱり何か知ってそうだな。教官がよくお前と喋っているのも単に、女だから特別扱いってだけじゃないだろう?」
「その言い方だと確信ありそうだね。筋肉以外の何か、に自覚があるんだ?」
「ちょっ、カルア……っ」
「ミアはすぐに顔に出るし、誤魔化せないでしょ。なるべく秘密にしろってくらいの話なんだから、こうして直で聞きに来た相手くらいは話してもいいんじゃない? 結構増えてきたしさ」
「そ、そうかもだけど……」
うぅ、と困り顔を浮かべるミアを見て、カルアは呆れ顔。
それで? と視線で尋ねられ、俺は答えた。
「体の異様な軽さを感じたのは昨日からだな。今日の訓練で明らかにおかしいことに気付いて、何か知ってそうなお前達に聞きに来たのが今だ。俺の予想は当たりか?」
「まぁね。この訓練はその力の使い方を教えるためのもの……魔力による仮想筋肉の構築、肉体拡張って言うんだって」
「……肉体拡張。魔力ってぇと、魔導具のあれか? 常魔灯なんかの」
「そう。この隊はそれを操る素養のある人間が選ばれてるの。ミアみたいなちんちくりんがいるのもそういう理由……こう見えて最初から使えたみたいだから」
ミアを見ると、彼女は目を泳がせた。
「基本的には血筋で受け継がれるらしくてね、大体貴族がそれ。でも、突然そういう体質に生まれたりってこともあるみたいで、あのうさちゃんはそれを選別してたらしいよ」
「……そういうことか。合点が行ったぜ」
「筋肉に頼っちゃうと上手く使えないみたいでね。この馬鹿みたいな訓練は単純に、体を疲れ切らせるためのもの……あたしはすぐにコツが掴めて良かったよ。元々無意識にそういう感覚あったし」
カルアは超人組――この分だとそいつらは全員元から使えてた人間なのだろう。
「後、汚い話だけど、小とか大とか周りの人間と比べて少なかったんじゃない? 魔力をある程度使えるようにならない内は個人差結構あるっぽいけど、あたしとかわりと小さいときにしなくなったし」
「それも魔力の?」
「みたいだね。体の中でいらないものは魔力に変換されちゃうとか……気付いてないだけでそうして変換された魔力が体を整えてるんだって」
言われてみればと思い出す。
元から随分少ない方ではあったが、ここに来てからと言うもの、小便さえ最初の頃に二、三度だった。
クソに関しては一度もしていない。
汗の掻きすぎで小便も出ねぇ、などとぼやいていた奴もいたし、用を足しに出歩くやつを見た覚えがほとんどない。
「それにほら、ここの連中、年齢よりみんな若いでしょ?」
「……? そうだな」
「貴族と一緒。基本的に老いが遅くなるみたいでね」
種明かしをされると、なるほど、と思えた。
貴族は平民に比べて随分と長生きをする。
良いものを食ってるからというだけではなく、貴族の血そのものが理由だと聞いた事があるし、魔力がどうだという話も酒の席で一度や二度は聞いた事もある。
とはいえ自分とは無関係な話。
それは羨ましいことだ、と話半分で右から左であったが、その話が今の自分に繋がるとなるとは思っていなかった
「魔力で体を動かせるようになると、筋肉なんかと桁が違う力を発揮するし、疲労も少ない。覚えたら後は慣れ……筋肉じゃなくてその感覚を意識して体を動かすようにしていけば、ミアくらいには多分すぐ動けるようになるよ」
「わかった。ありがとよ」
「ま、多分もう数日すれば隊長から伝えられると思うよ。半分くらいになったら次の段階みたいだし……あたしから見ても三分の一くらいは気付いて来た感じがするし」
カルアの言葉通り、隊長に倉庫へ集められたのはそれから三日後のこと。
魔力保有者のみで構成された特殊軽装歩兵隊という、この隊の設立目的が初めて明かされ、魔力や肉体拡張についての説明が行なわれる。
使えない連中は驚いていた様子であったが、コーザのように既にそれを掴みながら隠していた連中は、なるほどなと納得した様子。
今後もしばらく訓練は変わらないものの、覚えたものから覚えてない連中のフォローを、という形で指示が出される。
班全員が魔力を操れるようになった所には順位に応じて軽い報奨金も出るらしい。
駄目な班には駄目な班の尻拭いが課せられたりが常であったが、罰より褒美が主体に切り替わったのはその辺りからだろう。
ただひたすら苦しませる時期は終わったということであったのだろうが、当時は皆大喜び。
言葉にすれば単なる飴と鞭なのだが、案外馬鹿には出来ないもの。
当事者からすれば心身共に疲労した挙げ句の飴である。
その日は休日を与えられたこともあり、翌日からは皆奮起した。
地に足の付いた今になって思えばそれほどの大金ではなかったが、兵士になるような連中はその日暮らしの集まりなのだ。
給金とは別、銀貨数枚程度の報奨金でも大喜び。
コーザもその例に漏れず、魔力の扱いを覚えた先達として班の仲間に指導した。
魔力の扱いを明確に覚えた中ではわりと後ろの方ではあったが、苦労した分教える方には向いていたのだろう。
コーザの班は最も早くそれを達成し、皆の前で称賛された。
そうして魔力を扱えるものが大半を占めるようになった頃に面談。
「ん……班長としては及第点ですね」
「そうですな、コーザは目端が利く方です。教育すれば中々のものになるとは」
改めてクリシェ様から隊の目的を説明された後、一人一人呼び出されて戦術などの初歩的な質問を。
戦術の『せ』の字も分からない連中ばかり。
どちらかと言えば想像力や、頭の回転を見るような質問が多かった。
当時のクリシェ様というのは俺達からすれば邪悪な貴族令嬢。
上から目線で及第点などと評価されるのは気に食わなかったが、とはいえ隊長が敬意を払う相手に食ってかかるものはいない。
隊長は俺から見ても良い男で軍人の鑑のような人。
百人隊長と聞いて想像するような、まさにそんな人物であったが、クリシェ様に関しては気を遣いすぎではないかというほど気を遣っていた。
そんな立派な男でも権力に弱いのか、あるいは軍人とはそういうものなのか。
当時の俺達はクリシェ様の実力を知らなかったし、なまじ接する機会が多いだけにその実力には懐疑的。
怪物なのだという噂を聞いても鼻で笑う人間がほとんどであった。
隊長のような軍人がクリシェ様にペコペコ頭を下げる度、何とも嫌な気分になったものだ。
そこから隊は再編成され、そこからは森で実戦を想定した訓練に。
ひたすら重労働を課せられていた俺達は大喜びであった。
実際、そこでの訓練で覚えたのは感動と言っていい。
ひと月足らずの僅かな時間で、隊は全く別物に化けていた。
体はしばらくの間、慣れない肉体拡張に振り回されていたものの、使いこなせれば一体どれほどのものになるか。
俺のように元々荒事をやっていた連中なら、軍をやめて元の仕事に戻れば一流扱いで引く手数多だろう。
魔力の扱いを覚える前の自分が数人向かってきても返り討ちにしてやれるという確信があった。
そして極めつけが、選別では赤に選ばれた軽装歩兵隊との実戦形式の演習。
百人隊二つ――倍の敵に対し圧勝である。
あちらはほぼ全滅、こちらの戦死判定は7。
軽装歩兵隊と言えば軍の最精鋭である。
元々実力ある剣達者な連中ばかりが『赤』と選別されており、そんな連中を圧倒した俺達は大喜び。
その後、クリシェ様が手ずから力量を見極めることとなった、なんて隊長から伝えられた時には随分と盛り上がったもの。
事故を装ってあの気狂い兎の服を破いてやろうだとか、ボコボコにして泣かせてやるだとか品のない連中はあれこれ馬鹿騒ぎ。
コーザもまたどちらかと言えばそちら側――恥を掻かせてこれまでの鬱憤を晴らしてやりたいってくらいは思っていたし、ほとんどはそういう気持ちを抱いていただろう。
そう思わせる程度にはクリシェ様の命じた訓練は過酷であった。
今考えてもそう思うのだから仕方がない。
ただ、当然ながら相手は他の誰でもないクリシェ様である。
上には上がいて、そして人というものは平等ではなく、現実というものは理不尽なものだ。
自分達が毛の生えただけの有象無象だと、そう思い知らされたのは翌日のことであった。
人生で最も理不尽なことは何か。
そう問われれば、俺はそいつにこう答えるだろう。
クリシェ=クリシュタンドという姫様の前に、剣を握って立たたされることだ、ってな。
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