レイネ 九

――では失礼を、とフィーリは言って、紅茶を用意し、椅子に腰掛ける。

薄らと笑みを浮かべて、レイネの紅茶と己の紅茶を注いでいく。

見るほどに腹立たしい女であった。

使用人として役割はこなすが、まるでレイネと対等と言わんばかり。

どこか驕った態度が鼻につく。


目が違うのだ、といつも思う。

言葉の上では礼儀正しく、仕事の上でも使用人として不満はない。

命ずれば応じ、要求に従う。

レイネに対する怯えや恐れ、そうした感情の一切が見えない青い瞳。

その瞳で覗き込むように、いつもレイネに向けていた。


『……目障りも限界ね。どうすればレイネに気付かれることなく始末できるのか、このところずっと考えていたの』

『なるほど。エルスレイネ様に気付かれることなく、という点が難しい問題ですわね』


ええ、とても、とレイネが告げると、フィーリは少し考え込んだ。


『目障りなフィーリを始末する算段を、わたくしにお尋ねなのでしょうか?』

『ええ。あなたの意見を聞いてみて、改めて考えてみようかと思ったの』

『では、僭越ながら』


自分のことであるにも関わらず。

フィーリはどこか楽しそうに笑って、口を開く。


『隠す事は諦めた方がよろしいでしょう。始末するなら女王陛下として、堂々となさるべきですわ。……次善策として遠ざけることが案に入るならば、どこかの貴族との縁談という形も視野に入ってくるでしょうか』

『へぇ、その気があるの?』

『他ならぬ女王陛下のご命令ならば、否応はありませんわ。エルスレイネ様が不自然に思われないよう、名目はネーラス家の跡継ぎを願って、自ら望んでそちらに嫁ぐ、という形式はフィーリも作るでしょう。形に実があれば言うこともありませんが……どうあれ少なくとも、フィーリが幸せに過ごしている、とエルスレイネ様に思って頂けるよう最善の努力は尽くしてくれるのではないかと』


これはとても現実的な案ですわね、とフィーリは語る。


『ただまぁ、フィーリは女王陛下からは残念なことにエルスレイネ様のご寵愛を賜る使用人。距離が離れても手紙のやり取りはさせて頂く形にはなると思いますし、頻度はともかくフィーリの所に会いに行かれるのではないかと考えているのですが……それを女王陛下がそれをお許しになるのであればエルスレイネ様には大きな不満もなく、魅力的な案でございましょうか』


自分の話をしている、という態度ではなかった。

どこか楽しげで、怯えるでもなく、ちょっとした提案を行なうように。


『女王陛下のご決断の良し悪しを使用人風情が語るは不敬極まりないことではございますけれど、フィーリの始末はもう少し早くにご決断すべきであったのではないかと思いますわ。結果的に女王陛下は後手を踏む形となり、目障りな使用人を簡単に始末する機会を手放してしまわれましたの』

『不愉快だけれどあなたの言う通りね。……おかげでこうやって、あなたの不快な囀りを聞く羽目になっているわ』


フィーリは楽しげに微笑む。

気安い仕草――以前と比べてもずっと、その態度が透けて見えた。


『でも、なるようにしかならないものが人生と呼ぶべきものでしょう。……女王陛下がわたくしをこれまで始末せず、エルスレイネ様を願い、愛された時点で、ここでわたくしの囀りをこうして耳にするのもある意味必然と言えますわ』


眉を顰めると、フィーリはくすりと笑う。


『初めてお会いした時からお変わりなく、あなたはとても、臆病な方。……女王としての役割にしがみつかなければ、人と目を合わせることさえ出来ないのでしょう?』

『……中々言うじゃない。小馬鹿にしているのかしら?』

『小馬鹿と言うには語弊がありますけれど……でも、とても憐れに思っていますわ』


口にしながら、熱い紅茶に視線を落としてミルクを注ぐ。

そして蜂蜜を垂らしてスプーンでかき混ぜ、レイネの紅茶と入れ替えた。

彼女はその紅茶にも同じように、熱い液体をぬるま湯のように。


『純粋な紅茶を壊して、甘くてぬるい液体に……もちろん紅茶を紅茶のままに楽しめるならそれで構いませんけれど、大事なのは楽しめるかどうか。無理をして紅茶のままお飲みにならなくても、手を伸ばせばこうしてミルクも蜂蜜もございますのに……見えていても見えない振りをして、権力者としての顔を浮かべるばかり』


彼女はそれに口付けて微笑む。


『だから女王であるにも関わらず、無礼な使用人一人を殺せませんの。いつかのように、使用人に問いを投げかけられてさえ、口ごもるしかなく。……何故ならば女王なんてものが単なる仮面でしかなく、ご自分が本当に欲しているものが何かを知っておられるから』


人を食ったような笑みで、真っ直ぐと。


『わたくしがお仕えしたいのは、そんな『レイネ様』。……純粋で傷つきやすくて、誰よりも愚かで臆病な、子供のような方。そしてそんな方の紅茶にミルクと蜂蜜をたっぷりと注ぐのが、わたくしの生き甲斐ですの』


それ以外のことがどうでも良くなるくらいに、と笑みを濃く。

フィーリはまるで、目映いものを見るように目を細めた。


『……あなたは、わたくしに取ってのレイネ』


――初めて目にした時からお慕いしておりますわ、レイネ様。







例えるなら商品。

いつかのレイネと同じように、そのように扱われる道具。

親が死んでいる分、色々な意味で都合が良かった。

ただ、まだ当時は幼く、褒美に使うにはまだ少し難があり――そんなフィーリの境遇をレイネと重ねて見ていたのだろう。

感傷的で下らないベヌーレの希望を許して、使用人にすることに決めた。


拾わなければ良かったと、今は心の底から思っている。


「…………」


娘とフィーリが過ごしていた部屋。

部屋には大量の絵画が置かれていた。


比べて見れば、一目に誰が描いたかはよく分かる。

これは娘で、これはフィーリ――目に付くものを適当に眺めて、全てを見終えた。

下らない絵。けれど不思議と足を運んでいる。


描きかけであるらしい絵には、木漏れ日の宴。

レイネと娘が中央に、側にはベヌーレとフィーリが笑顔で佇み、周囲にあるのは使用人達。

似たような絵をフィーリが描いていて、恐らくはそれの真似だろう。

絵の中で、レイネは娘と笑顔で過ごしていた。


ただ、この絵が現実になることはない。

ベヌーレは死に、フィーリも死んだ。

この絵は未完成のまま、贈られることもきっとないのだろう。


『……、レイネ、かあさまのことがよく分かりません』


色んな感情に、歪んだ顔を思い出した。


そもそも彼女がいなければよかったのだと思う。

そうであれば、こんなことにはならなかっただろう。


描かれたフィーリをなぞって、目を伏せる。

娘はレイネを信じなかった。

レイネがこれまでやってきたように、上手くやったのだろう。

娘の愚かさを良く分かっていた。


ただ、時間を掛ければどうにか出来ただろう。

仮にあの場では無理でも、娘を捕まえて置けばよかったと思う。

けれどレイネも疲れていて、あの場ではそうすることが出来なかった。


「……こんな死に方をするのなら、どうしてあんなことを言ったのかしら」


不愉快なだけの女であれば、こんなことにはならなかっただろうに。


過ぎたこと――終わったこと。

そのことばかりが頭を満たして、どうしようもなかった。

無駄で無意味な記憶だけが、頭の中で繰り返される。


いつか、気付いてくれるだろうか。

信じてもらえるだろうか。

どうすれば信じてもらえるのだろうか。

考えても、答えは出なかった。


「……母上」

「わたしがあなたを呼んだかしら?」

「いいえ。偶然、この部屋に立ち寄っただけです。……母上の方こそ、どうして使用人の部屋に?」


黙って部屋を出ようとすると、セイルは扉を閉めて前に立つ。


「……やはり、母上が殺した訳ではないのですね」

「機嫌が悪いの、どきなさい」

「申し訳ありませんが、話が終わるまでどくつもりはありません。どうしてもと仰るならば殺して頂くほかないでしょう」


セイルは言って、娘の描いた『小さな楽園』を眺めた。

目を閉じて、拳を握り、


「……私にお任せ下さい。エルスレイネを取り戻して参ります」


そして膝を突いて頭を下げる。

レイネはそれをただ眺めた。


「使者に応じずとも、戦場であれば言葉を交わす機会があるでしょう。しばらく好きにさせると仰いましたが……私はこの時間がむしろ、亀裂を大きくしてしまうのではないかと思います。……誤解を解くならば早いほうが良い」

「……いずれ、レイネも利用されていることに気付くわ」

「時間が全てを解決すると? いずれ自ら誤解に気付き、母上の所へ戻ってくると?」

「……黙って」


黙りません、とセイルは続けた。


「出来る限りの手段を取るべきです。今のままではルーカザーンの思う壺だ。私に行くなというのであれば、母上が行くべきです。力尽くであってもエルスレイネを取り返し、誤解を解くべきでしょう。……母がそれをしないのは何故です?」


言って、立ち上がる。

そしてレイネの目を見つめた。


「エルスレイネに会うのが怖いと仰るなら、私に手紙を。必ずそれを届けてきましょう。……母上の息子として、私を頼って下さい」

「……、この先あなたを愛することはないわ」

「構いません。……この国の未来のために死んでいったロウグラン達の分まで、私は母上のために働くだけです」


レイネは黙って、セイルを押しのけるように扉へと手を掛ける。


「母上――」

「……好きになさい」


それから、一言そう告げた。















――孤児院の一室で、二十人ほどの子供達が布に木炭で絵を描いていた。

彼らの前にはコップが置かれ、ある者は首を捻りながら、あるものは楽しそうに。

レイネの絵を見た子供の一人が絵の描き方を教えて欲しい、と言い出して、それからここに訪れた際はよく、そうして絵を教えて過ごした。


彼らを眺めて微笑みながら歩くレイネは、一人の少年のところで立ち止まって告げる。


「えへへ、前より上手になりましたね、ニール」

「ぁ……す、すみません。コップを描くようにって言われてるのに……」


彼はコップを描き終え、それから布の端に何かを描き始めていた。

謝るニールに首を振って微笑む。


「いいんですよ。大事なのは見たいものを見たいままに描くこと。今日は一応コップを描くということになってますが、他に描きたいものがあれば描いても良いのです。……何を描いているんでしょう?」

「ぁ、あの……え、エルスレイネ様を……」

「……レイネ?」


首を傾げてじっと眺める。

目があり、鼻があり、口があり――言われてみれば確かに顔だろうか。

その下には三角形らしきものと手足らしきものが伸びていた。


そしてその隣には似たような何かが棒らしきものを持って立っている。

レイネは首を捻り、尋ねた。


「こっちは?」

「えと……お、俺です。いつか、その……大きくなったら戦場に出て、エルスレイネ様のために戦いたいって思ってて……」

「……戦場」

「今は小さいけど、いつかは大きくなって……悪いグラバレイネをやっつけて、エルスレイネ様の願う国を作るためのお手伝いがしたいんです」


レイネは困ったような顔をして、それから、ありがとうございます、と告げる。

俺も俺も、とその声に他の少年達も声を上げ、レイネはますます困ったように。

それから静かに首を振り、大丈夫です、と微笑む。


「ニール達が大きくなる頃には段々と戦争もなくなって、皆が安心して暮らせるような国が出来ているのです。軍人を目指してくれるのも嬉しいのですが……レイネはむしろ、皆にはちゃんと勉強して、ニール達の次の世代の子供達のために頑張って欲しいです」

「勉強……」

「はい。別に戦うことばかりじゃなくて、何かを運んだり、畑や道具を作ったり、羊を育てたり、皆が幸せに暮らすためのお仕事も同じくらいに大切ですから。……レイネはいつか、剣も鎧もいらなくなるような、誰も争わずにいられるような……そんな場所を作りたいのです」


それがレイネの目指すエルスレンなのです、とレイネは告げる。

子供達は目を見合わせ、曖昧に頷き、言葉にすると難しいですね、とレイネは言った。


「そういう意味ではレイネもニール達と同じ。この国で議長をしていますが、それも単なる役割で……別にレイネが偉い訳ではなくて、そういうお仕事をしているだけ。皆にもレイネのためより、例えば隣にいる子達のためだとか、身近な人のためだとか、そういうことのために働ける子になってくれると嬉しいでしょうか」


身分というのは単なる役割であった。

一人が周りの人を助け、助けられた人がまた、その周りの人を。

大事なのはそういうことで、そういう風な人が沢山生まれればきっと、この国はとても良い国になるだろう。


この孤児院の子達は皆良い子であった。

時々喧嘩をしたりするものの、ちゃんと話せば分かってくれて、仲直りする。

彼らのような子供達が大人になっていけば、きっと小さな楽園に近づいて行けるのだと思えた。


「……エルスレイネ様」


ノックが響いて扉が開くと、顔を覗かせるのはゴルザリアス。


「今日はここまで……お片付けをしましょうか。……今行きます」


レイネは、また、と挨拶しながら部屋を出て行き、扉を閉めると視線で尋ねる。


「……何か問題が?」

「ええ、南部は敵を食い止め優勢なようですが、中央オルカンスの軍がウルフェネイトから出た第一王子に敗北、戦死したと報告が。北部も未だ大樹海を取り返せず、膠着しているようですな」

「……そうですか」


建国から半年――先月からアルベランの侵攻が始まった。

総指揮官は第一王子セイル、兵力は十万規模。

当初はレイネが出陣し、これを一蹴して侵攻の意思をくじくという案であった。

直接母を相手にするのでなければ、いくらでもやりようはある。


だが、問題は議会。

武功を求めた西側の貴族達がレイネの出陣に難色を示したのであった。

相手は常勝不敗の母ではなくセイル――勝てる相手と見たのだろう。


レイネからすれば、セイルを相手にすることは難しくはない。

防衛戦ならば尚のこと、大した損害もなく勝利しただろう。

ただ、セイルは相対的に見て、他の将軍に比べて優秀ではあった。


先日のロウグランとの戦いで劣勢に追い込まれたのも、あくまでロウグランが将軍として優秀であったからこそ――並の将軍では危うい相手。

レイネはそれを説明し説得しようとしたが、言い方が悪かったのだろう。

愚弄であると捉えられ、彼らを感情的に怒らせてしまうこととなり、意見が割れてしまうこととなった。


レイネは議長。王ではなく、彼らに直接命令する権利はない。

結局レイネがやりたいことは母と同じ独裁ではないのかと言われれば、レイネもあまり強くは言えず、黙り込むしかなかった。

武闘派の筆頭、オルロス=ナートリアスがひとまず彼らに任せてみてはどうか、と提案し、最終的にはそれに頷いたが――そこからも会議は混迷を。

誰が総指揮を執り、そして兵力をどう振り分けるかという問題で意見が割れた。


すぐさま動き始めなければならない状況にも関わらず、当然対処は出遅れ、王国北部からの敵軍は大樹海を突破し、エルスレン西部は随分と押し込まれてしまっていた。

その上で中央が敗北となれば、北部と南部は中央から挟み込まれて各個撃破されてしまうだろう。


「やっぱり……レイネが出た方が良かったのではないでしょうか?」

「この戦を単体で見るならばそうでしょう。ただ……今後を考えると、今回はこれが正解であると考えます」

「正解……」

「今のエルスレンは烏合の衆……纏まりがなく、各々が各々の都合で動いております。これでは良い国とはなりますまい」


ゴルザリアスは、そういう時期です、と語った。


「今は勢いが付き、アルベランを討つべしという意見が強い。しかし今回の敗北で多くの者が数多に冷や水を浴びせられ、冷静さを取り戻すでしょう。ひとまずは無理に彼らの無謀を封殺するよりも、好きにさせ、痛い目を見させるべきだ」

「痛い目……」

「ええ。アルベランは強い。少なくともアルベランとの戦で優位に立てるのはエルスレイネ様くらいのものでしょう。彼らにはそれを理解させてやる必要があります」


レイネはうーん、と唸り、ゴルザリアスは苦笑しながら馬車へと誘う。

そうして馬車の中で腰を下ろすと、彼は続けた。


「今回の事は、今後同じような意見が強まった時にそれを黙らせる良い前例となるでしょう。話し合って決めたい、と仰るエルスレイネ様の意見は尊ばれるべきものですが……それはあくまで良い意見を取り入れるための仕組み。悪い方向に場が流れてしまわぬよう、議会での発言力、そして力関係を作っていくことは大切な事です」


わざと失敗させることで、次回に意見を通しやすくする。

発言力を高める土台を作る。

彼の理屈は理解がしやすい。

強引に意見を通せば当然反発があり、それが大切なことであるのも分かる。

ただ、利益と損失が少し見合っていないように思えた。


「オルカンスはちょっと残念ですね。結構有能な人だったのですが……」


エルスレン西側では力のある大貴族であり、善良で頭の切れる男であった。

母の要求通り重税を課しつつも、私財を投じて民衆のために仕事を作り、民衆からの支持も厚い。

ロウグラン達の反乱を静観していた穏健派であったし、アルベランが侵攻軍を編成しているという情報が伝わった際には、他の貴族達とは異なり、レイネが軍を率いるべきだと考えていた。


時間的な余裕もなかったため、彼は西部防衛軍の総指揮官として会議を抜け、一足先に前線に向かうことになったのだが、そこからも会議は揉め、この結果。

レイネが速やかに加勢に向かえば、彼が死ぬことはなかっただろう。


「痛手ではありますな。オルカンスの長男はまだ二歳になった所……領地を管理することは難しいでしょう」

「……そういう意味でも死んでしまったのは問題ですね。家の問題はレイネには少しややこしいです。ひとまずは議会で預かるという形が適当でしょうが……」


出来れば死なせたくはない人物であったことは確か。

話していても考えが豊かで中々勉強になる相手――個人的には気に入っていた。

ただ、会議ではレイネが出向き戦果を挙げることに難色を示すものがいて、オルカンスは武人としても優秀だと、結果的には見殺しにする形。

無意味な死であった。

兵士達も無意味に死なせてしまっている。


「利点と欠点があるもの……ひとまずは上下のない、横並びの議会で国を運営することに頷きましたが、今起きている状況こそが議会制の欠点ですな。有事の際にどうしても決断が遅れて、無用な犠牲を生んでしまう」

「……はい」

「エルスレイネ様を頂点とする国家ではなく、共和国として形を作ったおかげで多くの貴族からの支持を得ることが出来ました。私が最終的にエルスレイネ様の意見を受け入れたのもそれを考えたからですが……やはり、最終的な決定を行なう人間は少ない方が良い。その点を明確にしたからこそ、女王陛下はアルベランの版図を広げ、あれほどに豊かに出来たことも事実です」


蹄と車輪の音を聞きながら、レイネは頷く。

彼の言うとおりであった。


「女王陛下のやり方をそのまま、という訳ではありませんが……しかし、こうした時のためにも必要な決断を行える存在が必要であると感じます。……厳しい言葉を吐くとすれば、彼らの死の原因はエルスレイネ様の甘さにあるとも言えましょう」

「レイネの……」

「ええ。色んな者の意見を取り入れていこう、というやり方自体は私も素晴らしいことではあると感じます。この先もそうなさるべきだ。しかし、今のレイネ様は感情的に女王陛下のやり方に反発しているだけのようにしか思えません」


言葉が出ず、目を伏せる。

そうではない、と否定は出来なかった。

母とは違う国を作りたい、という考えがレイネの根底にはあるのだ。


「良い部分は良い部分であると、そう認めて受け入れることは大事なことです。大事なのは良い国にすること……戦場で、あるいは戦禍に巻き込まれ、この孤児院に暮らす子らのような者達がエルスレイネ様の甘さによって死ぬ所を想像してみて下さい」

「……、はい」

「私としてはエルスレイネ様に、このエルスレンの象徴となり、その責任を果たして頂きたい。この国に集う者達の多くはエルスレイネ様のためであればこそ、エルスレイネ様がこの国を良い国にして下さると信じればこそ、ここにあるのですから」


――エルスレイネ様の願う国を作るためのお手伝いがしたいんです。

先ほどのそんな言葉を思い出して、頷く。


「今すぐにどう、というつもりもありませんが……しかし、この先のことはよくお考えを。少なくとも現状が良いものであるとは思っておられないのでしょう?」

「……そう、ですね」

「……もちろん、私も今後のことを踏まえて他の貴族達と話し合い、考えていくつもりです。また話が固まれば、いくつかご提案させて頂こうと思います」


目を見れないまま頷くと、怒っている訳ではありません、とゴルザリアスは言った。


「……私はエルスレイネ様の臣下として、必要だと感じたことを口にしたまで。ご心配なさいますな。エルスレイネ様の不得手を補うことが私の役目……時に立場上厳しい言葉を吐くことになるかも知れませんが、目指す場所はあなたと同じエルスレンです」


ゆっくりと顔を上げると、ゴルザリアスは微笑んでいた。

少しだけ安堵して、ありがとうございます、と答える。


「……かあさま以外に叱られたの、初めてかも知れません」

「本来、主君と臣下とはこういうもの……女王陛下には女王陛下のためを思い、お叱りになれる方がいらっしゃらなかったことが悲劇です。小言に耳が痛くなるかも知れませんが……エルスレイネ様のためを思ってのこと。どうかご容赦頂きたい」

「はい。……ありがとうございます、ルーカザーン」


小さな笑みを浮かべてレイネは答え、ゴルザリアスは頷く。


会議での結論が出るまでは長引き、レイネが戦場に出るのは更にひと月先のことであった。

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