ヴァーカス 一
――父親の記憶はなかった。
恐らく、母親が相手をした多くの客の一人であったのだろう。
母親もすぐに死んで、大した記憶があった訳ではなかったが。
物心ついた時には安い売春宿で汚れたベッドを変えていた。
どうにも生まれた時から奴隷になることが決まっていたらしい。
母親は売春宿から売り上げを盗んで逃げ、だからと言って働き口など見つからず、結局体を売っていたところを捕まったのだそうだ。
馬鹿な女。
当然、盗んだ金は母親の借金となり、息子は宿の『掃除道具』となった。
女であればともかく、可愛げも無い男のガキ。
一応奴隷として引き取ったは良いものの、いつ死んでも良かったのだろう。
与えられるのは日に一度、カビの生えたようなパン。
それを食わせてもらうためだけに朝から晩まで働いた。
名前は無い。
呼ばれるときは、お前、か、クソガキで、特にそれで不便も無かった。
母親もそうであったし、どうにも生まれてきた我が子を恨んでいたらしい。
何があったのかはよく知らない。
どうせ下らない夢物語でも囁かれたのだろう。
それならいっそ生まれた時にでも殺せば良かっただろうに。
パン一つで足りる訳も無い。
残飯を漁って、飯を盗むことを覚えて生き長らえて――そうした生活に疑問を覚えたのは十になる前。これから何年この生活が続くのだろうか、と途方に暮れて、全てが嫌になり、宿から逃げだし街に出た。
最初は捕まるのではないかと怯えていたものだが、そもそもわざわざ探して捕まえるほどの価値もない存在であったのだと気付いた時には、笑えたことを覚えている。
飼われている犬の方が、まだ価値の有る存在だった。
色町は自分のようなガキで溢れていたし、恐らく出自は似たようなものだろう。
小汚いガキを気に掛けるやつはいなかったし、精々が金を盗まれないよう、商品を取られないよう不快そうに眺めるだけ。
最低限の食事すら失って得た自由は、そんなものだった。
生きていく以上、腹は減る。
どうせ死ぬにしても、飢えて苦しみ抜いて死ぬのは嫌だと思い、そうした時に丁度、数人の不潔なガキが出店から食料を盗むのを目にした。
これはいい、と思って、そいつらの後を追い、路地の奥へ。
転がっていた棒きれと石を拾って、それを頂くことにした。
盗んだ食い物をちびちびと喰らい、路地裏でボロ布を被り、震えながら眠るガキ。
仲間に入れてくれ、とそれに混ざる気にはならなかった。
今更クソガキに媚びへつらって貧相な飯を喰らう意味など感じない。
そもそもそうであったなら、最初から宿から逃げていない。
――そうまでして手にしたかったのは、自由であった。
好きなように喰らい、好きなように寝て、好きなように死ぬ。
理不尽を振るわれる世界で、理不尽を振るえる自由。
欲しかったのはそういうものだった。
大人の強さは知っていたが、とはいえガキならどうとでも出来る。
息をひそめて夜を待ち、リーダー格が誰かを探り、その頭を石で叩き割った。
いくらか年上のようだったが、とはいえ頭を砕かれれば死ぬ。
呆気ないもんだ、と思いながら、悲鳴をあげて飛び起きたガキ達を素早く棒きれで叩きのめし、
「おい、盗んだ食い物をよこせ」
そうやって一言、要求を伝えた。
――宿では一番弱かったが、ガキの中ではそうではない。
その日の食い物にも困るガキに比べれば、売春宿の残飯はまだ栄養豊富。
毎日のように殴られたおかげで痛みには強かったし、その頃から無意識に肉体拡張も使えていたのだろう。
ガキとは比べものにならないくらいの腕力はあったし、自分より背丈があろうとひょろひょろのガキを相手にする限り自分は無敵であった。
同じガキを叩きのめすことにも殺すことにも抵抗はなかった。
自分の命にさえ価値のない世界で、他人の命に価値がある訳もない。
仮に価値があったところでどうでも良かった。
腹が減っていたのだ。
数日分の食料を手にすると腹一杯にそれを喰らい、それが無くなるとガキの集団を探して食料を奪う。
強いものが弱いものを喰いものにするのがその世界の掟で、まさに獣の世界だった。
鼻血を出して、泣きわめいて命乞いをする姿を見ると気持ちが良い。
その瞬間だけは己が世界に存在していた。
名前も無いガキであっても、その瞬間だけは誰もが自分にひれ伏した。
元より失うものなど何もなかったし、負ければ死ぬだけ。終わるだけ。
それはそれですっきりとする。
自分の命なんていう価値のないものを賭け金に、相手の生殺与奪を握ってやれるのだ。
戦いは何よりの娯楽であった。
ただ当然、そんな日々も長くは続かない。
上には上がいるもので、所詮ガキ相手の強者。
ひと月と立たず叩きのめされ、地べたを這いつくばることになった。
「おう、やめろ。死んじまうだろ」
「ですが、兄貴――」
「黙れ。ガキに殺される阿呆なんざどうせすぐに死ぬ」
相手は大人が三人、一人の首を何とか咬み千切ってやるところまでは記憶していたが、次に気付いた時には地面に転がって蹴られていた。
これで死ぬのだろう、とぼんやり考えていた頃、男の一人がそれを止める。
「それに比べりゃ中々見所のあるガキだ。育てれば使い物になるかもしれねえ。……おい、ガキ、名前は何だ?」
「…………」
睨み付ける。初めてその時顔を見た。
長身で、見た目は二十前か。
弟分の方が随分老けて見えたが、実際は三十を超えていたらしい。
「喋れねえのか?」
「……ねえよ。早く殺せ」
「は、威勢がいい。よし、そうだな……お前は今日からグランメルドだ。お前は今から俺の弟分として飼ってやる」
「はぁ……?」
男は笑いながら近づき、目の前でしゃがみ込んだ。
咄嗟に喉を食いちぎってやろうとすると、頭が地面に押しつけられる。
細身であるにも関わらず、異常なほどの怪力だった。
頭蓋骨が割れそうな痛みに悶え、腕を掴むがびくともしない。
「俺の言うことを聞けば、こんな下らない場所でこんな下らないことをしなくても、お前に飯くらい腹一杯食わせてやろう。お前が散々暴れまわったせいで俺の使いっ走りのガキを殺されたからな、今日からお前がその代わりだ」
「ぐ、ごの……っ」
「小汚い野犬のお前に、俺が餌の取り方を教えて人間にしてやる。ついてこい」
――男の名前はクラーゼ。
街の悪党の一人であった。
それなりに大きな街の、ヴァーカスという名の小さなグループ。
組織と言うより集団で、より大きな組織の使いっ走り。
街を支配する大人物という訳じゃない。
そんな男がガキ同士の下らない争いに顔を出したりはしない。
単なる小悪党であった。
それでもその時の己にとっては、何より大きな存在であったことは間違いない。
約束通り男は腹一杯に飯を食わせ、自分の部屋の一角を出会ったばかりの弟分に与えた。
寝込みを襲って何度か叩きのめされ、グランメルド、と名前を呼ばれることに慣れると次第に懐き、兄貴分と慕うことになった。
小悪党であったが、犬の飼い主としては上等な男。
少なくとも、自分にグランメルドという『名前』と弟分としての『居場所』を与えてくれたのだ。
歳を取っても、時折クラーゼのことは思い出す。
小さい街の小さな天下。
そんなちっぽけな夢を抱く、どうしようもないろくでなしには変わりなかったが、それでも当時、クラーゼは確かにグランメルドの兄であり、そう慕っていた。
五年、六年もすると大体のことを教わった。
金の稼ぎ方と使い方、頭の使い方と腕力の振るい方。
大抵はろくでもない仕事のためであったが、そもそも十になる前から平気で人を殺せた自分にとって、クラーゼが教える仕事に疑問を覚えることはなかった。
「やめてくれ、その子は……!」
「おお、威勢のいいことを言ってた癖にころっと態度変えやがって。なぁ、お前も、優しい父親のために働きたいだろ?」
「ひ……っ」
脅しにはいくらか手法が有る。
ただ基本は常に、弱いところを探ってそこを突くことだ。
家を調べて家族を狙う。あるいは親戚。
狙うのは女の方が都合が良い。
体を売らせるというのは現実的であったし、相手も想像がしやすい。
逆に男のガキは痛めつけるか殺すくらいしかできないため、狙うならやはり女だった。
娘がいなければ嫁でもいい。
男が仕事から帰る前に、家へと押し入りそこで待ち、玄関を開ければ悪党共とご対面という段取りであった。
何より重要なのはインパクト。
相手が混乱し、冷静さを取り戻す前に話をつける。
家は荒らすが人質には決して手を出さないこともポイントだった。
阿呆は女と見ると手を出したがるが、あくまで取引としての建前を守ることは重要だ。傷物にすれば価値が下がるし、相手の恐怖より怒りを誘いかねない。
自暴自棄にさせないことが大切で、人質の価値を吊り上げることが大切。
不思議なもので険悪な夫婦仲であっても、いざ妻が人質にされると男は身を挺して守ろうとすることが多い。
下らない英雄願望かどうかは知らないが、こちらとしては都合の良いことだった。
「な、舐めたことを言って悪かった……しゃ、謝罪する。金も何とか……」
「何とかじゃなくて、出すのは今だ。わざわざこんな所にまで足を運んだんだ、手ぶらで帰れると思うか?」
背丈はすぐに伸びたが、それでもガキはガキ。
強気に出るものも多くいたが、ガキである分、ガキの手駒を上手く使えた。
野良犬のように失う物などないガキ共。
それを五、六人連れて行けば相手も下手に出ざるを得ない。
仮に治安隊に駆け込んだところで効果がないことは知っているだろう。
必死にガキを捕まえさせたところで、新しいガキはいくらでも湧いてくる。
「……俺もあんまり事を大きくはしたくないが、クラーゼの旦那に言われて来てるんだ。分かるだろ? 手ぶらで帰ったら俺が半殺しにされちまう。この前あんたの所から手ぶらで帰ってどれだけ殴られたと思う?」
そして、自分はあくまで主人の使いっ走りであると語るのも良い。
自分をどうにかした所で、クラーゼは無傷だと教えてやれば、誰もがその報復を恐れるものだ。
泣き落としも意外と使えるもので、こっちにも選択権がないんだと伝えてやることは中々に良い結果を導いた。
「俺もまぁ、あんたの店の売り上げが良くはないことは知ってる。ケーニの旦那も理不尽に店のものを壊したって話だ。同情はする。……だが、せめて利息程度はもらわねえとな。俺達だって危ない橋は渡りたくねえんだ。旦那やあんたからすりゃ小汚いガキ共だろうが、俺だってこいつらだって捕まるのはごめんだしな」
大抵の人間には人情というものが備わっているもので、自分と相手が同じ立場と知るとあまり強くは出られないものだ。
やりたくてやってる訳ではないが、やるしかないからやっている。
お前にも同情するが、こっちもこっちで必死なのだと、そういう論法を使うと、最初は強気に出ていた相手も草花に風。
「……、二度と、娘に手を出さないと約束してくれるか?」
「ああ、見ろ。実際に手は出してないし、万が一こいつらが手を出そうとすれば俺が殺す。苦しいかも知れねえが、あんたはきちんと利息を払ってくれりゃあいい。……行っていいぞ」
「っ……はい」
そして仕込み――連れてきたガキには娘を襲わせる振りをさせ、それを止める自分という構図を事前に作って娘に見せておく。
グランメルド達が帰った後、必ず父親は話を聞くことになるが、その際に決して手を出すなとグランメルドが子分に命令したことを娘は証言するだろう。
それで相手は勝手に、こちらは約束を守る男だ、と認識する。
「サーリュ、隣の部屋に。……少し待ってくれ、金がないのは本当なんだ」
「金目のものなら何でもいい。旦那には俺から言っておく」
「……分かった」
自分の頭が良いと思ったことはなかったが、少なくとも屑達よりもマシだった。
腕力と口を使い分けるだけの分別はあったし、金の回収で失敗したことはそれほどなく、大きな失敗も無い。
大きな失敗をしたガキが生きていける世界などではなかったが、とはいえ、それなりに上手くやっていた。
「兄貴、ダッカンの野郎の利息です。多少荒いことをしましたが大丈夫でしょう。話はつきました」
「おお、流石だなグランメルド。お前んところは滞りなしか。それに比べて……おい、ケーニ。お前は恥ずかしくねえのか? 十も若いグランメルドがきちんとこなせる仕事を出来ねえなんて」
「っ、すんません、兄貴……」
アジトは小さな部屋をいくつか借りて、転々と。
何かあるとすぐに拠点を変え、クラーゼは用心深い。
他のグループとの交際なんかを除けばあまり遊び回ることもせず、金もどこかに貯め込んでいた。
弟分はグランメルドを含めて三人。
一人はガルスという強面の大男で、武闘派。荒事に強く、クラーゼは交渉の際必ず側に置くが、普段はクラーゼの店で用心棒をやっている。
頭は悪いが腕が立つの典型だが、裏切りとは無縁で、求められた際は文句を言わず仕事をこなす。
ガルスの良いところはクラーゼの頭の良さを盲目に尊敬していたところだろう。
酒好きで女好きであったが、さっぱりとした豪快な性格は嫌いでは無かった。
対してケーニはまさに小悪党を形にしたような男で、取り柄という取り柄も無い。
腕力に物を言わせるタイプで頭も悪く、しかしプライドだけは高い。
どうしてこんな男をクラーゼが側に置くのかと思ったものだが、ガキの頃からの弟分であったらしい。
クラーゼの大きな欠点はそこだろう。
冷酷さはあっても、身内には甘い人間であった。
グランメルドはケーニを見下していたし、ケーニはグランメルドを妬んでいたが、それも大きな問題と感じていなかったのだ。
男の嫉妬が二十数年の兄弟付き合いすらをドブに捨てるなど夢にも思っていなかったのだろう。
クラーゼは悪党をやるには向いていない人間だった。
ドブ育ちのガキには多いものだが、口ではのんきに暮らす人間を悪し様に言いながら、家族や身内、家などという言葉に強い憧れがある。
悪し様に言うのは、憧れの裏返し。
自分が得られなかったものを得るために、仮初めの家族を作る。
グランメルドという名前も、元はガキの頃にのたれ死んだクラーゼの弟の名前であったそうだ。
クラーゼはそういう男で、恐らく普通に生まれて生きていれば、極普通の幸せの中にいたのだろう。
時折、無理をして冷酷を装っているのは知っていた。
「まぁいい、ケーニ、明日は西通りに行け。回収できなかった所はグランメルドに行かせる」
「っ……、はい」
「行っていいぞ」
ケーニが部屋を出て行くと、クラーゼは頭を掻いてため息をついた。
グランメルドはそれを見ながら、朝から放置されている冷めた黒豆茶をコップに注ぎ、ソファに座った。
ソファが二つと大きな机が一つ。
棚に小剣や外套が雑に置かれ、酒がいくつか。
簡素な部屋であったが、雨風防げる以上のことをクラーゼもグランメルドも望まなかった。
奥のソファがクラーゼの寝床、グランメルドは入り口側のソファ。
座る位置もそのままだった。
グランメルドは黒豆茶を喉に流し込んで、嘆息しながら腕を組む。
「……兄貴」
「ケーニのことなら前に話をしたはずだぞ、グランメルド。まぁ、あれでも時には役に立つんだ」
「数合わせくらいにしかなりませんよ。ダッカンの野郎もあいつが無駄に暴れるから面倒なことになったんだ」
最初にケーニが利息の回収に向かった時、利息が払えないと聞いてケーニは店の物を散々壊して帰ったらしい。
そのせいで余計に出費が嵩み、グランメルドが行かされた時には怒り心頭、「治安隊に訴える」とわめき立てた。
潰れた商館から買った債権。
取り立て自体は合法的だが、利息は非合法。
治安隊に目をつけられて嬉しいことなんてどこにもない。
大事なのは相手の許容できる範囲を見極め、それを踏み越えないバランス感覚であったが、ケーニはそれを全く理解出来ていなかった。
あくまで卵が欲しいのに潰して肉に変えることしか出来ない男。
見ているだけでイライラした。
「あいつ、はやめろ。お前の兄貴でもあるんだ」
「俺の兄貴はクラーゼの兄貴とガルスの兄貴だけです。……近頃は尻ぬぐいばかりだ」
「……お前には確かに悪いとは思うが」
クラーゼは棚からワインとコップを取ると、グランメルドの隣に座る。
そしてコップに注いでグランメルドの前に置き、自分にも注いだ。
「血の繋がりも何にもねえが、俺達は家族みたいなもんだ。ガルスもお前も俺の弟で、ケーニもそう。……お前が文句言ったところで切ったりはしねえ」
そしてグランメルドの頭を撫でてワインを煽る。
「あいつはあれで情報通だし、顔はそれなりに広いんだ。オーガルの奴らと今度の話し合いを持って来たのもあいつだって知ってるだろ?」
「……あんまり信用できませんが」
何度か小競り合いをしている百人近いグループだった。
人数だけが取り柄の屑達。
四人と使いっ走りのガキしかいないこちらからすれば随分な大所帯だが、何度か叩きのめしている。
クラーゼもグランメルドも肉体拡張を使えたし、ガルスは肉体拡張こそ使えないものの、そのままで四、五人を叩きのめせる大男。
真っ向からぶつかってもやり合える戦力は十分にあったが、人数の有利を活かしてこちらの縄張りを荒らすことはよくあり、手を焼いていた。
そこに来たのが今回の話。
グランメルドは話し合いなどせず、さっさとオーガルを殺してしまうべきだと言ったが、クラーゼは折角ケーニが作った話し合いの場だとそれに応じることを決めた。
「まぁ、お前の言うようにオーガルを殺しちまうのも手だが、腕っ節はともかく、あれだけのグループを維持出来る見上げた野郎だ。……今後のことを考えると殺すには惜しい」
「兄貴がオーガルの代わりになればいい。この街じゃ兄貴を知らねえやつなんていねえんだ、オーガルにへばりついてる屑も黙って言うことを聞きますよ」
「お前がそう言ってくれるのは嬉しいが、上には上がいるもんだ。俺が世界で一番強いならともかく、そのやり方は長く続かねえよ」
そうじゃねえやり方を見つけねえとな、とクラーゼは自分の頭を指で示した。
納得が行かなかったものの、グランメルドは黙ってワインを口にする。
「お前はまだガキの癖に強い。この先俺よりもずっと強くなるだろう。……だが、大事なのは腕っ節じゃなくて、それの使い方だってことは理解しておけ。腕力で出来るのは目の前のことくらいだが、頭を使えば千里先さえ動かせる。この国だってそうだろう?」
言って頭上を指さした。
「別に王が最強って訳じゃねえだろうが、一言口にするだけで殺したい奴は殺せるし、国の果てから金が集まる。俺が作りたいのはそういう仕組みだ。もちろん、国ってほど大それたもんじゃないが」
クラーゼは夢想家だった。
いつも理想を夢見ている。
「……俺には想像できませんね。野良犬はどこまで行っても所詮犬です」
「違いねえが、ひでぇ言い様だな。……だが犬にだって、どこでどうやって暮らすかくらいは決められる」
また、クラーゼは頭を撫でた。
細身であったが、大きな手。
痛いくらいに雑であったが、嫌いでは無かった。
「お前は俺の弟だ。自慢のな。お前が想像出来ないって言うなら、まずは俺が連れて行ってやる。……その日暮らしから解放されれば、お前の考えだって変わるだろうさ」
屑でろくでなしの小悪党。
ただ、小悪党さえ似合わない、どこまでも普通の男だった。
だからこその必然だろう。
――二週間後、二回目の話し合いの場でガルスと共に、毒を盛られて殺された。
弟分に裏切られて、間の抜けた呆気ない死に様だった。
裏切り者を殺して、オーガルを殺して、何十人と殺した後――騒ぎに駆け付けた治安隊から逃れるように街を出た。
そうしてまた、途方に暮れた。
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