第五話『親』
ミアはエバレットの表情が少し曇った瞬間を見逃さなかった。
「カ、カケルはこれから、その、魔法を習得しよう、とか思ってて、だから、あの、解雇だけは――」
ミアは期限を損ねないようにと必死に弁明した。解雇されてしまえば、ミアの計画も破綻してしまうからだ。
エバレットは先程の険しい表情から一変、ガハハと口を大きく開けて笑った。
「そんなので解雇になんかしねえって」
エバレットはツボに入ったのか、なかなか笑いが止まらない。
ミアは、またエバレットに騙されたような気がして、ふくれっ面を見せていた。
「まあ、魔法が使えた方が楽だって話だ」
「カケルは今日から特訓して習得する予定だから」
(それは初耳なんですけど)
口にはしない。
ただ、魔法を習得したいと言ったのは翔自身なので、文句は言わない。
「そうかそうか。それは良いことだな。カケルも頑張れよっ」
「……ああ」
「じゃあまず作業を教えるぞ」
作業内容はいたって単純。
建造物の修復は翔たちにはできないので、翔たちが担当するのは建材となる物や、土台となるような物を作ったり、運んだりするといったもの。
魔法が使えない翔はとりあえず手作業でできる範囲をやるしかない。魔法が使えるミアは、魔法を使ってせっせと作業をしていた。やはり、作業効率が全然違った。
「あはは、さすがに魔法の方が早いね」
ミアは手作業に苦しむ翔に話しかけた。翔はとりあえず反応はせずに作業を続けた。
「おいおいカケル。そんな冷たい反応してやるなよ」
二人の指導を続けるエバレットが口を挟んだ。
「そんなつもりはないけど……そんなのんびり作業してていいのか?」
「のんびりなんかしてないぞ? ただ、温か〜い職場の方がいいだろ?」
「私もそう思う」
そうしてミアとエバレットは一緒に笑う。いつの間に意気投合したのか。
「ところで、二人ともラリドンの人間なのか?」
「カケルはそうだよ。私は違う国」
「ほう、てことは冒険か何かか?」
「そう。そしてカケルは私の相棒だよ」
「ガッハハ。そうかそうか。けど、親とかは心配するんじゃないのか?」
翔の作業の手が止まった。
「私は、快く送り出してくれたから大丈夫だよ」
「カケルは? 親はラリドンにいるのか?」
「……カケル?」
翔は道具を置いて、二人の方に身体を向けた。
「俺に、親はいない」
「……え?」
三人の空間が静寂に包まれた。周りの人々の話声と足音により生じるざわめきが、はっきりと聞こえる。
「そりゃ、ほんとにいないわけじゃないけど。母親は、俺が物心ついた頃にはいなかった。父親がそれからは育ててくれた。楽しい思い出なんか一つもないけど。結局、父親も俺を一人にしてどっか行った。どうやって手に入れたかも分からん金だけ置いて」
またも長文を喋ったことで若干息が上がった。
ミアもエバレットも何を言ったら良いか分からない、というような顔をしている。先に口を開いたのはミアだった。
「……け、けどカケルのお父さんは、カケルの事を大切に想ってたんじゃ――」
「俺のことを捨てたのにか? 笑える冗談だな、それ」
ミアの言う事を遮るかのように翔は言葉を被せた。翔の口調のせいか、ミアは萎縮してしまった。
翔は着ていた作業服を脱ぎその場に置いた。
「気分が悪くなった。ちょっとやめるわ」
エバレットにそれだけ伝えて、翔は去っていく。
「カケル、待って――!」
ミアは追いかけようとしたが、エバレットはミアの腕を掴んだ。
「なんで止めるの」
ミアは威圧するような目をしているがエバレットは放そうとはしない。
「少しだけ、あいつを一人にしてやった方がいい。その代わり、今仕事をやれとは言わん」
ミアは抵抗をやめ、持ち場に戻ることにした。
振り返ると、翔の背中が小さくなっていくのが見えた。
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