第二話『ほぼ無一文』
空模様はいつの間にか夕方に近づいていた。(この時刻を夕方と呼んで良いのかは、かなり疑問ではあるが)
今ミアは、今日寝泊まりするための宿を手当り次第探している最中であるのだが、どこも満室で心が折れかけてもいる最中である。
そうしてこの街で最後の宿に希望を託す事までとなった。
ミアは心折れながらも元気良く「おばちゃーん、部屋空いてるー!?」と尋ねた。
「どの部屋を希望だい」
「贅沢を言えばシングル二部屋、言わないならダブル一部屋」
「なんだい、その遠回しで面倒臭い言い方は」
翔はミアが何を企んでいるのかは分かっていないが、ミアは「任せて☆」と言っていたのでとりあえず全任せしている。
ミアは咳払いをして話し出した。
「今私たちにはお金がありません。けど数日は泊めて欲しいと思っております。もちろん無銭でなんて言いません。後払い制を採用して欲しいのです」
「どういうことだい?」
「これは私の"特注の"杖です。これをこの宿にお預けします。そして後払いが完了し次第、取りに来ます。そうすれば無銭宿泊を防げると考えるのです」
なんとも言えない策であるが、恐らくこの策に頼るほかは無い。
「別にこんな杖くらい、外でまた作って貰えるだろう? これじゃあ交渉の価値は――」
「その杖を甘く見てもらっては困ります。"特注物"なんです。これからの宿泊費用よりも高価な価値があるんです。私にとっての宝物を置いて逃げるなんて事は私には出来ません」
若干この宿をディスっている事にミアは気づいていない。
ただ、その分あの杖がミアにとってはそれほど大事な物であるという事も分かる。
「私がこの約束を破るような事をすれば、その時は『こくさつ』にでも依頼してください」
ミアは冗談を言っている訳じゃない。こくさつが何かは知らなくても、顔は本気そのものである。
おばちゃんも少し唸り考えたが、
「許可しよう。ただ、部屋はダブル一部屋、値段も通常より少し増させてもらうよ」
「ありがとう! おばちゃん!」
何か大きな事を成し遂げたように見えるが、ただ翔達は無一文だから助けて、と乞食したに過ぎなかった。
「とりあえず寝床は何とかなったね」
「杖が犠牲になったけどな」
「犠牲にはなってないよ。必ず取り返すから」
「で、俺はお前に聞きたい事が山ほどあるんだが」
「その前にさ、夜ご飯買いに行かない?」
「は?」
ミアはまたも勝ち誇った顔をしている。
「無一文なんて嘘だよ。食費を分けて考えた時に宿代が無駄だなって思ったの。だから食費は何とかなるよ。それでも数日分しかないけど……」
「なんてやつだ」
「嘘はついたけど、宿代もちゃんと払うよ。じゃないと杖を取り返せないから」
「そんなに大事なのか」
「まあね。だから話はご飯を食べてから!」
ミアは翔の腕を引っ張ってスーパーらしき所まで走って出かけた。
(おばちゃんは、俺達を外出禁止にしておくべきだったと思うよ)
「とりあえず今日の夕飯と明日の朝食分はこんな感じかな。カケルのは?」
翔は近くにあった謎の果物を一つカゴに入れた。見た目はりんごに似ている。味はもちろん知らない。
「これ、生で食べられるの」
「大丈夫だけど……これだけ? 少ないどころの話じゃないよ。明日の分も無いし」
「俺は元々少食なんで。余った分のお金は、お前の分に当てれば良い」
「……前から思ってたけど、カケルって……」
ミアはそう言いながら翔の体をまじまじと見つめる。
翔は首や肩のほっそりした体つき、頬も少し
少なくとも一般的な青年の体つきでは無い。
「痩せ過ぎとか言いたいんだろうけど、気にしなくていい」
「けど――」
「大丈夫だって」
翔が少し食い気味に言うと、ミアは小さくなって頷いた。ミアと翔は宿に戻り夕食を摂った。
「――それで私に聞きたいことって、何?」
夕食と風呂を終えた二人は、ダブルベッドに並んで座っている。
「……正直聞かなくてもいい事もあると思ったけど、今後のためにはなると思って」
「ほうほう」
「まずは直近の事からだけど、どうやって宿代を払うつもりなんだ」
「それはね『オファー』を受ける事にした」
「オファー?」
「街の色んな人がこういう事をして欲しいって依頼を出してて、それを達成すれば報酬が貰えるの。難易度とか仕事量で差はあるけど、お金を貯めるならこの方法が一番早いよ」
(短期バイトみたいなものか)
「『こくさつ』って?」
「国察は警察のこと」
「なるほどね。で、あんたはどこの誰で、何が目的でこんな事やってんの」
翔が一番聞きたかった事はこれである。今まで何の説明も無く、翔は連れてこられたのだ。
「……お前、何者だ?」
「な、何者と言われますと、ただの……人間ですけど……わかった、話さないといけないね」
ミアは姿勢を正すように座り直してから、話し始めた。
「私、実はこの国の出身じゃ無くて、少し遠い所の出身なんだけど……私は何者かと問われたら……冒険者、かな」
「冒険者?」
「そう、明確な目的を持って旅を続けてる」
「ふーん。じゃあ、なんで俺を巻き込んだのさ。あの男二人組は、俺が転生人って分かった瞬間殺そうとしたのに、あんたはそうしなかったのには、何か理由が?」
「……昔の話になるんだけどね、昔はたくさんの転生人も異界人も居たの。だけどある時、ある転生人たちの、ある魔法の暴走でこの国を破壊してしまった。それからその転生人組の討伐戦として戦争が始まった。異界を一つ消滅させてしまうほどの大戦だったんだけど、それでなんとかその転生人の討伐に成功した。その後、異界人の出現が驚く程にピタリと無くなったんだけど、この国――ラリドンには、異界人
「あんたは異界人許さない派じゃ無いのか」
「まあ、昔の話だって思うし、久しぶりの異界人さんを勝手に悪者扱いしたくないし」
「そうか。残り聞きたいのはあんたのあの杖と、魔法みたいなやつなんだが。男二人組に撃ったのはなんだ」
「あーそうだね。カトラ・ビバイェットは分かりやすく言ったら『人を殺す魔法』だね」
「物騒な」
「ちょっと吹っ飛ばすために使っただけだけどね。習得しやすい魔法だよ」
「物騒な。じゃああの蛇は?」
「……あれは『呪いの大蛇』っていう魔法だよ。蛇を噛ませてその人に条件を付与する事が出来る……けど、あれはあまり使いたくないんだ。いつ習得したかも定かじゃないんだよね」
「そっか」
「聞きたい事ってこれで終わり?」
「最後に二つ」
「はい」
「俺を巻き込んだ、あんたの目的って何」
「……魔獣の討伐」
「なるほど。最後に、俺は魔法を覚えられるのか」
「えっ」
「えって何だよ」
「あ、いや、私もカケルに魔法を習得する気は無いかって聞きたかったから」
「そう。結論は?」
「可能性はある。ただ条件はあるけど」
「それは?」
「カケルに魔素かあるかどうか。魔素は簡単に言えば魔法を撃つためのオーラみたいなもの」
「なるほど」
ミアは足を揺らしながら翔の方を見ている。何か物言いたげな表情をしている。
「何」
「魔法、覚えたいの?」
「魔獣がなんなのかも知らないけど、魔法が使えると強くはなれそうだって思った」
ミアは表情を明るくさせ、ベッドから立ち上がり翔の前に勢い良く立った。そして、翔の手を握る。
「それはさ、私と一緒に旅をしてくれるって認識でいいの?」
瞳からキラキラしたものが流れているように錯覚するほどの目を、ミアはしている。
翔は、特に協力したいなどとは思っていない。一番の望みは静かな部屋で寛ぐことである。魔獣の討伐など、進んでやりたいはずも無い。
ただ、ミアはどれだけ断っても追いかけてくる気がするから振り払えないと思った事と、魔獣とやらに殺されればそれでお終いだと潔く思える可能性があると感じたから、承諾する事にした。
これをダラダラとミアに伝えるのも面倒なので、
「まあ、そう」
とだけ返した。
ミアは笑顔で「ありがとう」と言う。その笑顔には、九十八パーセントの純粋さと、二パーセントの危険な色味が含まれているように感じた。
「明日から私達の旅の始まりだね」
「そうだな」
「それで、異界の事は信じるようになったかい?」
もう見慣れたミアの勝ち誇った顔。
翔は負けた自覚は無いが、この程度の返事をする。
「多少は」
「おっ、少し増えた。それじゃあ明日に備えて寝よう!」
ミアはベッドにダイブした。そして翔に「おやすみ」と言って目を閉じた。
翔は特段返事はせずに、しばらくしてから静かに外へと出て行った。これに気づかないミアは、相当寝つきがいいのだろう。
こうして二人はバディ(多分)へと昇格した。
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