第193話 妻の早口は頭に入ってこない

 コーヒー豆を買うことが出来て、私は真っ白になりながら宿に戻った。

 出迎えてくれたのはアリスだった。


「早起きだね。どうしたの?」

「その…オバル様の所で、カードゲーム?をしていても、良いですか?」

「良いよ。楽しんできな」

「ありがとう、ございます。お父様!」


 ペコリとお辞儀をしてオバルの部屋へと駆け足で向かうアリスの背中を見る。

 随分仲良くなったみたいだなぁ。流石はオバルだな。


 私は部屋に戻ってコーヒー豆を使って珈琲を淹れる。一口、二口と珈琲を飲む。

 この味!この味だよ…!体に染みるなぁ。


 机の上にいたアイゼアが居ない。何処に居るんだろうか。


 珈琲を飲みながら、机の上に並べた大量のナイフに術式を描き込む。


『朝から珈琲ですか』

「カフェインが欲しくてね。アイゼアは紅茶派?」

『…牛乳です。と言うより、そのナイフ達は一体何ですか?』


 ソファの影からヌルッと出てくるアイゼアに驚きながらも術式を描き続ける。


 どうして私がこんな事をしているのか。理由は一目瞭然、クロエ対策だ。

 普通のナイフを使っても意味が無い事が分かったから、魔術で少しでもクロエに傷をつけるのが目的だ。


 普通に魔術を撃っても良いが、彼女が速くて普通の魔術じゃ絶対に当たらない。

 彼女は殆ど近接をしてくるみたいだし、ナイフなら当てられるはずだ。


 ドラゴンの鱗で身体を強化している私ならナイフの振りだって速いし、威力も上がっているからね。

 

「魔族に近接で挑む…何か燃えてきた」

『クロエに近距離戦を挑むつもりですか?』

「うん。それがどうかしたの?」

『とてもじゃないですがオススメしません。彼女に近接で挑むなど飛んで火に入る夏の虫です!』

「大丈夫だよ。作戦はあるから」


 きちんと考えてきているんだ。

 今は魔力封じで動けないだろうが、今日の夜には復活してるはずだ。


 となると今日の夜、クロエは私に会いに来る。

 銃もあるし死ぬ事は無いはずだ。


「セレア様、おはようございます♡」

「おはようリリアナ」


 私の頬にキスをしたのはリリアナだった。

 私はリリアナを抱き寄せて膝の上に乗せると、リリアナは私に抱き着いてくる。


 はぁ〜癒される〜。

 そう思っているとリリアナは暗い顔をして私に問い詰めてくる。


「この匂い…どこの女ですか?」

「え、匂い?」

「誰と会いに行っていたんですか?この匂い…受付の人では無いのは分かります。誰ですか?答えてください。昨日の夜、外に行ったのはそういう事だったんですか?セレア様?答えてくれますか?この女の人とはどう言う関係なんですか?遠征中に出会った人ですか?」

「落ち着いて!リリアナが思うような人じゃないから!」

「じゃあ誰なんですか?どういう関係の人なんですか?」

「えーっと…私の、貞操と命を狙ってる、人?」

「その女は何処に居るんですか?今すぐ教えてください」


 ミスったかも!言葉を間違えたか!?顔が凄いよ!?鬼の形相だよ!

 でも何て言えばよかったんだ?


「何処に居るんですか?」

「も、森…」

「はい?」

「多分、森。昨日の夜から動いてなければ」

「何かされましたか?」

「メイドにならないかとかは言われたよ?でもそれ以外は特に…」

「外に行ってきます」

「待って待って!外見て外!雪!真っ白だから!」

「私のセレア様に手を出したんです、今すぐ息の根止めてきます」


 あぁぁぁぁ!駄目だって!私だって危なかったのにリリアナが行けば確実に負ける!

 私はコートを着始めるリリアナを必死に止める。


 どうしよう、止まらない。何か良い策はないか?

 混乱する頭の中、私はいつの間にかリリアナを抱き締めてこう言っていた。


「ひ、一人に…しないで、ほしいな……」


 正気に戻った私は恥ずかしさでどうにかなりそうだった。

 何してんだ私!一人は慣れてるだろ馬鹿野郎!こんなのでリリアナが落ち着くわ…け…。


 リリアナの方を見ると、恍惚とした表情で私を見つめていた。

 私は呆気にとられていると襟を掴まれ唇を奪われる。


「大丈夫ですよセレア様、一人にするわけないじゃないですか♡私はいつだってセレア様の隣にいますからね♡」


 抱き寄せられて頭を撫でられる。

 どういう状況だこれは。私は一体何をされているんだ?


 口走ったがそれが功を奏すとは思わなかった…。


「今日の夜、また会うことになると思うから…その時に着いてくる?本当は危険な目に合わせたくないんだけど、」

「勿論行きます。それと私は大丈夫ですよ♡逆にセレア様の方が心配です」

「私?なんで、」

「自分の可愛さを分かっていないんですか?中性的な顔立ちで男ウケも女ウケも良いんですよ?そもそも性格が良すぎて種族問わず好かれすぎなんです!セレア様に手を差し伸べられた人は直ぐセレア様の虜になるんですよ?分かってますか?ていうか時々髪の毛をおろしたりしているせいで、何人も心を掴まれているんですよ?しかも鈍感ですし?危機感もあまり無いですし、そんな人が夜中に理由のわからない女性と会うだなんて危険に決まってますから?聞いてますか?」

「き、き聞いてるよ、」


 長々と早口で喋るリリアナに私は圧倒される。

 何も頭に入ってきてない…!とにかく夜中に一人で出歩くなって事か!?それで合ってる?


 分かれば良いんです♡と微笑むリリアナに私は何も言えなかった。

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