第96話 最悪な空間

 リリアナは落ち着いたのか、顔を上げる。目は赤く腫れていた。

 私はリリアナの頭を撫でてもう一度抱きしめる。


「せ、セレア様?」

「学園が嫌になったら何時でも言ってね。嫌なことがあれば言ってくれれば何でもやるよ」

「セレア様のお手を煩わせるなんて……」

「言ったでしょ?私は好きな子に頼られたいだけだって、それにリリアナが泣いている方が私にとっては嫌だからね」

「分かりました…。ありがとうございますセレア様」


 リリアナは笑顔を見せて私を安心させる。やっぱり、リリアナには笑顔が似合うな。


 私はリリアナを落ち着かせてから、部屋を出ようとする。

 リリアナは部屋から出ようとする私の袖を掴み恥ずかしそうに告げた。


「その……学園長とのお話とか終わったら、会いに来て下さいね?一緒に、帰りたいので」

「分かった、いい子に待っててね」

「いつもいい子ですよ」

「あははっ!そうだね。リリアナはいつもいい子だ」


 リリアナと共に部屋を出て、私は学園長の部屋にリリアナは授業を受けに行った。


♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦


 学園長の部屋に行くと、そこにはエルトンさんが学園長に迫っていた。

 え、何この状況。


「オリカさん、何があったのこれ」

「さぁ…エルトンさんがこちらに来たかと思えば突然、学園長の胸ぐらをつかむものでして…」

「止めたんだが、突然学園長に対して説教が始まっててな。それで今こうなってるんだ」

「あの温厚なエルトンさんがねぇ……」


 温厚って言っても、エルトンさんは王城編の悪役令嬢だしある意味温厚では無いか。


 普段怒らない人が怒ると怖いんだな。あんな顔見たこと無いよ。


「どうして噂をそのままにしたんですかぁ?学園長の実力なら相手の魅了くらい外せるでしょう?もしかして、あろうことかわざと放置していた訳ではありませんよねぇ?」

「その…これには理由があってじゃな」

「理由?そういう人間ほど正しい理由を話してくれないんですよぉ。私はそんな人間を沢山見てきましたぁ」


 エルトンさんは学園長に笑顔しか見せず、表情を一秒も崩さず問い続ける。

 ありゃエルトンさんに何言っても聞いてくれないやつだな。


 エルトンさんは学園長の話を聞かないかと思いきや、無言になり理由を話せと言うような視線を向けた。


「わしはあの噂を本当だと思ったんじゃ…。実際、イエラ嬢とアルベルト殿下の間に入ってるではないか………と思ってのう」

「本気で言ってるんですか……学園長」

「セレア君、わしは本気じゃよ。誰がどう見たってリリアナ嬢は二人…いいやウキオン君やサイレス君、アルテ君との恋を邪魔しているんじゃ」


 学園長の目に疑いは無かった。本気だと、そう告げていた。

 たが私は学園長の目を見ていると違和感を感じる。


 あぁついに唯一、魅了に対抗できる人間さえも救えなくなったか。

 そんな事を思う私にエルトンさんは小声で伝える。


「セレアさん、学園長の目には確信だけでなく疑いも見えますぅ。きっと、心の本心からは思って無いのでしょうねぇ」


 それは学園長が魅了にかかっている証拠だった。

 学園長までついにかかってしまったか…そう思った時、ある人物を思い出す。


 そういやゴウレス先生は何処に居るのだろうか。

 学園を歩いたが、ゴウレス先生の声も姿も聞かなかったし見なかった。


「学園長の話は分かりました。あの、一つだけ宜しいでしょうかゴウレス先生は何処に行ったんでしょうか」

「ゴウレス先生か?あぁ……この前辞めたのじゃ。わしが辞めさせたんじゃ」

「何でですか!」

「なに簡単じゃ…イエラ嬢をきつく叱っておったんじゃ。婚約者の居る人にむやみに近づくものではないとのぉ…それに………」


 ペラペラとゴウレス先生が居なくなった理由を話していく学園長。

 私はその光景に吐き気がした。全て、ゴウレス先生が行ったものは私がした事でもある。


 要は全て普通のことだということだ。

 婚約者のいる人にべったりするなんて、あり得ないし立場は関係ないと言えど王族に容易く話しかけるものではない。


 どうしてだろう、いつから学園は狂ったんだ…?

 ゴウレス先生…あの人だけは最後までマトモだったんだな。


 辞めただけだ。レンタン家に行けば会えるのは知ってる。

 いつか話を聞きに行こう。


「私達は監視カメラの修理をしてきます」


 私は気持ち悪さを抑えながら部屋を出る。


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 監視カメラを一通り見て直した後、私はため息を吐く。

 皆も同じ様にため息を吐いた。


「これって、学園全体で魅了がかかってるって事ですよね………ゴウレス先生だけは無事だったようですが」

「父さんが、魅了は気が弱い所を一瞬でも見せればかかってしまうって言っていた。ゴウレス先生は見せたことが無いんだろうね」

「ラエルさんが?本当に博識ですね……あの人」

「学園全体ってなったら対策のしようがない。これ、王城内でも同じようなことが起こったりはしないよな?」

「そこまで力は強くないと思いますよぉ。今イエラちゃんが休んでる理由は、魅了の使いすぎだと思いますしぃ」


 そうか、魅了にはデメリットがあるんだったっけ。

 使いすぎると魔力の暴走を引き起こすって言われていたはず。


 学園全体に魅了なんて、魔力が安定するわけ無いもんな。

 裏で何かあるんじゃないかと警戒していたが、エルトンさんの意見で私は少しだけ安堵する。


 そうだとしても、ここは最悪な場所になったんだな……。

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