第14話 二人問答
秋人が千子村正の庵兼鍛冶場に訪れていた頃、朝から出かけていたミネルヴァはギリシャエリア旧市街地の忘れ去られた建物にいた。
「――――先に言っておくけど、秋人は私のだから渡す気もなければ未だその程度の認識で勝手に舞い上がってるなんてとんだお笑い草よ」
「言葉を返させてもらいますが、貴女こそ彼に対して真実を打ち明けていないのにも関わらず彼女面をして説教する姿は滑稽でしかありませんね?」
バチバチと火花を散らして睨み合っているミネルヴァと生徒会長マートリカー。
険悪な雰囲気で繰り広げられているのは一人の青年を取り合おうとしている女子二人の喧嘩である。
「打ち明けていないのは事実だけど、それをあんたに言われる謂れはないわ」
「そうですか……。なら、貴女にしては珍しいですね? 初対面に異性にあそこまで惚れ込むとは」
マートリカーの発言に「――何、文句でもあるわけ?」と、返すミネルヴァ。
「いえ、自らその姿になることを望んだ貴女にしては心を許している様子でしたので」
私も彼と話して理解しましたがね。
マートリカーの余計な一言を聞いて不快な気持ちになりつつも声に出すのを抑えて話を続ける。
「そろそろ本題を切り出してくれない? 私だって忙しいの」
「おや、聞かなくて宜しいのですか? テュポンに関する情報を話そうと想っていましたが」
「それを早く言いなさいよ」
話を聞く態勢になったのを確認してからマートリカーは情報を共有する。
「私の方で調べられた範囲だと校の地下施設で計画準備が進められていることは分かりましたが、具体的な日付と内容については不明です」
「そう簡単に尻尾は掴ませてくれないわね」
喧嘩はしつつも大事な部分では真剣そのもので会話をする二人。
「計画の首謀者は?」
「それもまだ……ですが、ギリシャ神話が主軸に他の神話系統の神々が一枚噛んでいるのは分かってます」
苦虫を噛み潰した顔で「あの連中が……」と吐き捨て「今、こうしてあんたに協力しているのもあくまで秋人のため……それを忘れないで」の一言。
「勿論、その点は同意しますが、彼は必ず私のものにします」
「ならないよ」
「いいえなります、だって貴女は本心を口にすることは決して出来ないでしょう?」
マートリカーの指摘に何も言えずに黙りこくミネルヴァ。
第三者の悪意によって形成されたそれは、ミネルヴァの意思とは無関係に存在し続け、それを否定することは出来ない。
「私が言える立場でないことは承知ですが、乖離したまま接すればどのような結末を辿るか……」
「分かり切ったことを態々口にするの?」
室内の温度は変わっていないが、もしその場に第三者がいたとすれば寒気と恐怖で震えていただろう。
「観物ですね?」
挑発してくるマートリカーに「負け犬の遠吠えにしか聞こえないわ」とだけ、返す。
その言葉を最後にミネルヴァは建物から出る。
太陽の光に眩しさを感じて目を細める。
「(あいつの言っていることは正論だ)」
脳裏をよぎるのはマートリカーに指摘された点、ミネルヴァ自身そのことはよく理解っている。
しかし、頭と身体が乖離するのは仕方ないことなのだ。
「もっと、もっと早くに逢いたかった……」
想い人の顔を思い浮かばせながら帰路につくミネルヴァだった……。
「私に付け入る隙がないことくらい、重々理解ってる……」
悲痛な顔持ちで言葉を漏らすマートリカー。
理解しているからこそ、この行為が間違いだと理解していても……。
体の内側に芽生えたこの
「抑える、抑えるのです……」
ふつふつと、湧き上がる感情を必死に抑えるために深呼吸を数回繰り返す。
昨日のグラウンド破壊の二の舞いを、旧市街地とはいえやってしまえば全てが終わる。
「ふぅー、ふぅー、ふぅっーー」
深く、深く何度も何度も呼吸をして落ち着かせる。
「あぁ、本当に……本当に羨ましい」
心から、愛せる存在に出逢えたミネルヴァと秋人の存在に……。
「私は、私はどうすれば良かったのでしょう……」
答えのない思考の迷路に迷い込んだマートリカーには、きっと抜け出すことは出来ないだろう。
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