第8話 手放したものと真名
――――偶然、聞いてしまった。
秋人がこの世界に来た理由と世界巡りの所持者であること、そして連中の身勝手な行動で生贄同然の死地へ向かわされていることに……。
給湯室で聞いてしまった私は、静かに後をつけて話を盗み聞きしていた。
オーディンが去り残っていたアテナと秋人が向かった先は機械仕掛けの神々計画に関する書類保管エリアだった。
「何が目的なの……」
当事者である私はこのエリアのアクセス権を取得する必要はない。
何もせずに足を踏み入れ奥へと進んでいく。
「あの娘……『ミネルヴァ』の母親は、私の配下の一人である『熾天使』でした」
アテナの口から出た母の名前、私は今すぐにでも出て罵倒したい気持ちをどうにか抑えて話を聞く。
「私は、ギリシャ神話主神である『ゼウス』と、戦争を起こしました」
『第一次陸空大戦』、勝手に名付けられたその戦争はゼウスの行動に反旗を翻したアテナが起こした戦争。
最初は拮抗状態だった戦争もゼウスの謀略によってアテナ側は瓦解、ゼウス側の勝利となった。
――――けど、私や他の皆は知っている。
ゼウスは最初っからアテナを見せしめとして切り捨て、機械仕掛けの神々計画を推し進めたのだ。
アテナは権能を手放した上で自ら毒を飲み、その後遺症は今も身体を蝕んでいることも私は知っている。
分かっている《理解している》、分かっている《理解していても》。
母はアテナの立場を……、これ以上の謂れなき罵詈雑言から守るために……取引をして無実の罪を被ったことは母から聞いて知っている。
それでも、私にはたった一人の母親で目の前で不特定多数の男から犯されて段々と精神が崩れていく母の姿を……私は見ていられなかった。
だからあの晩、研究所から抜け出す際に熾天使として見る影もなかった母を私の手で楽にした。
私の姉妹兄弟と思しき存在も楽にした。
視界に入った研究員を殺して私達のリストだけは残してそれ以外は全てを抹消してから他の皆と別れた。
今何処で何をしているのか、私にも分からない。
私が盗み聞きしているのをつゆ知らずに秋人達の話は進んでいた。
「成程、大凡理解しました。でもその上でテュポン討伐は世界維持の絶対条件、なのですよね?」
「はい、酷な事を貴方に頼んでいるのは百も承知です。その点を踏まえて改めて私達にご協力して頂けませんか?」
身勝手だと一人毒づく私の気持ちとは真逆で秋人は「引き受けますよ」と、答えた。
「でも、幾つかお願いがあります。アテナ神の出来る範囲で構いません」
お願い、何故条件と言葉にしなかったのか疑問に思っていると「自分の命と引換えにテュポンを討伐した後、ミネルヴァの事を気にかけてくれませんか?」と、言った。
「えっ?」
驚いているのは私だけでなくアテナも同様で「無論、私の出来る範囲で行いますが……秋人さん自身の願いは?」と、問い返す。
「死ぬ人間が願いどうこう持っても無意味でしょう? 仮に生き残っても自分は問答無用で神の生贄と名ばかりの処刑が執行される。だったら、秩序を乱す存在を倒したと記録に残ればそれで十分ですよ」
理解が出来ない。
どうしてそこまで顔の知らない人達のために……。
「っま、その記録すらされないからあまり無意味なお願いなんですがね」
失笑する秋人の乾いた声が聞こえる。
知りたくなかった思いと一緒に私は床に座り込んで顔を隠す。
「(どうして、どうして……)」
どうして、嫌悪する存在として……抹殺するべき存在のままでいさせてくれないの?
「どうされましたか?」
「ああ、いえ。お気になさらずに」
アテナ神からの問いかけに曖昧な返事をした自分は背後の物陰に隠れているミネルヴァの事が気になっていた。
恐らく気配遮断系の能力を使用しているからか、アテナ神は気づいていないが自分だけは何故か気づいた。
「私もそろそろ失礼します。この場は本日まで閲覧許可を秋人さんに与えています。納得するまで見て下さい。テュポンも計画によって生まれた存在です、かの者の情報も記録されています」
お辞儀をして姿を消したアテナ神を見届けてから「勝手に過去の話をされて不快だったよな?」と、まだ姿を見せない彼女に向けて話しかける。
「――――別に、いずれは話すべき事だったから」
声と共に姿を現したミネルヴァは「ちょっと待って、何で私がいることに気付いたの?」の、問いかけに「何となく」とだけ返す。
「何となくで破られる術じゃないのに……」
ミネルヴァの呟きは横に置き、彼女は改めて自分に名乗る。
「改めて名乗らせてもらうわ。私は『アテナ=ミネルヴァ』、機械仕掛けの神々計画最高傑作にして『神々の大罪』が一つ『強欲』を担当しているわ」
彼女の名乗りを聞いて「その名乗りをしたって事は自分は今、ここで口封じで殺されるのかな?」との質問に「そんな事しないわ、むしろその逆」と、返される。
「逆?」
「私は秋人に死んでほしくない、だから私も秋人を手助けする」
ミネルヴァからの提案に驚きつつも「それは君の思いと相反する行動だけど?」に「今回は特例、神々のやり口が気に入らないだけ」と、返す。
本音を心に隠して、静かに微笑む彼女の思いに応えようと自分は改めて決意する。
「明後日、オーディン直々のトレーニングするんでしょ? 私も立ち会うから」
「それは構わないけど……理由は?」
「秋人の世界巡りで会得した能力系も所持しているからそれの確認」
成程と、一人納得しているとジィとミネルヴァに見られる。
「えっと……? 自分の顔に何かついてる?」
「秋人ってアテナみたいなタイプが好みなの?」
突然の質問に戸惑いながらも「いやいやアテナ神に釣り合わないって。それに自分よりもいい人いるから」と、話している途中で「いないよ」の即答をされる。
「私にとって秋人は少し変な人だけど、少なくとも真摯に向き合ってくれる数少ない人間だと思ってる」
「――――そ、そうか」
思わぬ発言にどう反応すればよいか悩んでしまった自分に「秋人ってそんな顔もするんだね?」と、クスリと笑われてしまう。
「ああはいはい、自分の事をからかうのは後にしてテュポンの情報がほしいから教えてくれよ?」
「分かった。今持ってくるから」
現実では味わうことがなかった居心地の良さに少しだけ胸にポッカリと空いた穴が埋まった気がした。
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