第5話 提案と邂逅

 そも、『パトロクロス』という名前を聞いてすぐに、どんな人物であるのか理解できる人は少ないだろう。

 彼はトロイア戦争の英雄アキレウスの親友、そしてヘクトールに討たれた人物である。

 そんな彼がどうしてこのエリアの衛兵であるのかは定かではあるものの、自分の目から映る彼の印象は最悪だ。

 「強奪したって……、その証拠はあるのか?」

 当然生まれる疑問を口にする自分に「勿論だっ!」と、何故か声を荒げるパトロクロス。

 だが、パトロクロスの様子からまともな言い分が聞けそうにもないので適当に話を合わせることに決めた。

 「じゃあ次に罪人を裁くなんて口では簡単に言うが具体的な方法については考えているのか?」

 「それも計画済みだ」

 言い終わると席から立ち上がり奥の部屋へと引っ込む。

 見張りの衛兵と待たされている自分の無言が約一分半、パトロクロスが長方形の木箱を持って出てくる。

 「これを使うんだ」

 蓋が開けられると中身は一本のナイフ、質問をする前に「これは『アダマントの鎌』の破片を再利用したナイフだ」と、説明された。

 「アダマントの鎌って確かウラノスの去勢とゴルゴーンのメデゥーサの首を刎ねた武器だよな?」

 自分の知識が間違ってないかの確認も兼ねて口にすれば頷かれながら「そうだ、これで罪人を裁くのだ」と、言われる。

 「その事は周知の事実なのか?」

 「ああ、その通りだ」

 この時点で、自分は嫌な予感がしていた。

 管理局で聞いていた話が脳裏を過ぎりこれ以上踏み込んだ話をするべきではないと警報が鳴り響く。

 「なら、その時点で罰せられた筈だろ?」

 「罰したとも! まず手始めに罪人の子宮を」

 ダンッ!!

 大きく足を床に叩きつけた。

 そうか、ああそうか。

 目の前のこいつらが事の発端だったという訳か?

 腸煮えくり返る思いを必死に堪えて「失礼、そろそろお暇する。裁くタイミングはこちらで判断するのでそれはこちらで預かっておく」と、早口で強引にナイフが収められていた木箱を奪い取り部屋を後にした。

 そこからの記憶はあまりない。


 神々の図書館・エントランスホール


 自分が我に返った時には目的地であった神々の図書館内だった。

 管理局、そして衛兵の詰め所で聞いた話をまとめてミネルヴァの身に起こった事を思い出して苛立ちを覚える。

 しかし、それは実際に体験していない自分には無意味な感情であるのは分かりきっている。

 だが、彼女と話し接した上で自分はミネルヴァは罪人ではないと判断する。

 心の中で燻り続ける感情を抱きながら本来の目的であるレシピ本の書き写しをするべく関連本が収められている場所へと歩を進める。


 一冊一冊手にとって近くの机へ運ぶを繰り返すこと五分、出来る限り簡単で分かりやすいレシピをまとめようとボールペンを持って書き始めようとしたが「もし、少し良いかの?」と、声をかけられる。

 ピタッと動きを止めて油が切れて錆びた機械のような動作で後ろを振り返る自分。

 厳かで抑揚のないトーンな声の主は威厳溢れる老人だ。

 しかし、彼の姿はとある神と酷似した格好をしており冷静さを保とうとするもわずかに震えた声で「え、えっと……どちら様でしょうか?」と、尋ねる。

 「ふむ、その様子からわしの正体に覚えがあるのじゃな?」

 長い白の髭を撫でるように触りながら語る老人は自身の真名を口にする。

 「わしはお主達から『オーディン』と呼ばれておる者じゃ」

 北欧神話の主神にして戦争と死、詩文の神が……自分の前にいる。

 大物中の大物が目の前にいる事実と一体何の目的で姿を現したのか、様々な疑問が脳内を埋め尽くしていく中で「そう深く考える事はない。お主がこの世界に呼ばれた理由等を説明するためじゃ」と、説明されたことで「神が絡んでるって事はロクな事になんねぇな」と、本音をこぼしてしまう。

 「お主の言い分は最もじゃが、猫の手も借りたい程に切羽詰まった状況なのじゃ」

 全知全能の神とも呼ばれているかのオーディンがそのような事を口にするとは余程の事態なのだろうと察する。

 「でしたら、私も参加しても宜しいでしょうか?」

 滑らかでむらのない声が割り込むと書架と書架の間から絶世の美女が姿を現す。

 「初めまして、私」

 自身の名前を口にする前に出てきたのは血で「ちょちょちょちょちょちょっ!?」と、目の前で吐血された事に驚きつつもポッケからハンカチを取り出して絶世の美女を椅子に座らせて「身体が弱いのに無理をするでない『アテナ』」からの発言で自分は思考停止してしまったのは悪くない筈だ。

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