20.対面
撫でていた手を止めて獣を見下ろす。ウリ坊もどきはつぶらな瞳をネレスに向けた。ふてぶてしい態度でどすんと横に転がり腹を見せる。
「コレが、魔獣……?」
「特徴はそのまま。……でも、こんなに小さくて大人しいのは初めて見た」
「普通はどれくらいのサイズ、なの?」
「私と同じくらいの高さ」
「デッッ!?」
シムフィの身長は150センチ台後半くらいだ。それと同じくらいの体高ということは……ネレスが知っている豚サイズどころではない。とんでもない猛獣である。
(そら騎士団も苦戦するし建物もガレキになりますわ……!)
「魔獣がここにいるって……やばいよね?」
「……まあ……」
シムフィがウリ坊もどきを見下ろしながら、戸惑ったように言いよどむ。
背中を地面に擦りつけてゴロゴロと転がる生き物からは、全く攻撃性を感じない。そのせいで本当に危険なのか図りかねているのだろう。
「お、美味しいし、ここで仕留めてジーナたちへのお土産にしようかな……?」
「お嬢様、魔獣の肉は食べ物じゃない」
真剣な顔で首を横に振られてしまった。彼女が食べ物じゃないと判定するなんて相当だろう。それを食べていた前世のことはとりあえず脇に置いて、ネレスは「ウーン……」と唸った。
お土産にはできず、おそらくネレスが食べようとしても止められる。だからといってこのまま野放しにしておくのも危険だ。
ネレスにとってはウリ坊でしかなく、可愛らしいサイズの姿しか知らない。しかしこの街は実際に魔獣の被害を受けているのだ。
もしここで逃がした獣が成長し、人を襲うようになったら? ネレスはどう責任を取ればいい。
「魔獣って、人を襲うんだよね?」
「分からない。でも、大きくなったら暴れる。暴れたら、いろいろ壊れる」
一瞬だけ考えて、ネレスは「……ここで殺そう」と静かに言った。
「私がやる」
一歩踏み出したシムフィに「いい」と首を横に振る。
「わ、私がやるよ。……おいでって呼んだの、私だし……大丈夫、慣れてるから」
彼女は不服そうだったが、何も言わずに頷いた。
首から胴体にかけて硬めの毛をゆっくりと撫でる。腹を見せたまま、ウリ坊はフスッとまた鼻を鳴らした。
無抵抗の獣を殺すことに罪悪感はある。しかしそれ以上に、リスクのほうが大きいのだ。ここでやるしかないとネレスは判断した。
右手に意識を集中させ、水魔法で鋭いナイフを作り上げて振り上げる。
苦しまないように、できるだけ素早く。
「――ごめんな」
+++
ちょっと憂鬱な気持ちで、ラベンダーもどきを握りながらジーナの家を訪ねた。
扉が薄く開き、ジーナが隙間から訪問者を確認する。相手がネレスたちだと分かると「入って」と迎えられた。
家の中へお邪魔した途端、かがんだジーナに勢いよく抱きつかれた。
「へあっ!?」
「ありがとう……っ!」
「アッ、エッ、何……!?」
頭の後ろで鼻を啜る音がしてぎょっとする。泣いているのだろうか。
どうすればいいか分からず、ネレスは中途半端に両手を上げたまま固まった。
「貴方が作ってくれた薬……1回飲ませただけで、びっくりするくらい良くなったの! 熱は下がったし、食事もお椀の半分くらい食べてくれるようになった! 今でも信じられないくらい……本当に、ありがとう……」
「よ……よく効いたみたいで、よかった……」
カチコチのままなんとか言葉を絞り出す。内心(いやマジで良かった……)と安堵する。
薬の効き方には個人差があるため、ロレッタの体質に合わなかったらどうしようと正直不安だったのだ。だから保険としてラベンダーもどきも採ってきたのである。
消え入るような声で「ア、あの、そろそろ……コレ、渡したいので……」とジーナに告げる。不思議そうにしつつ離れてくれた彼女へ、水分を抜いておいたラベンダーもどきを差し出した。
「こ、これの根っこを煎じたら、体力の回復になるから、どぞ……」
「新しい薬ね? ありがとう、後で詳しく教えてくれるかしら? 先に姉さんに会ってもらいたいから」
「エッ、いいの!?」
ラベンダーもどきをテーブルへ置きながら彼女が微笑む。
「起き上がって話ができるくらい回復したから、貴方たちのことを話したの。……あの男の言うとおりであれば、魔獣の発生をどうにかするために闇魔法の使い方を知りたいのよね?」
「う、うん……」
「姉さんは教えてもいいって。お礼も言いたいらしいし、どうか会ってやって」
ロレッタの体調が心配で完全に忘れていたが、そういえば闇魔法を教わるためにここの家を訪問したのだった。
ネレスはシムフィと顔を見合わせて、それからジーナに謝意を表した。
「本当に、なんとお礼を言ったらいいか……貴方のおかげで助かったわ。ありがとう」
「い、いえ……良くなったのなら、良かった……」
ジーナによく似ている女性は、どもるネレスへ穏やかに微笑みかけた。
案内された二階にはベッドがふたつと小さな棚、衣装ケースといった最低限のものしか置かれていない。窓際のベッドにロレッタがおり、上半身を起こして壁にもたれかかっていた。
傍らのサイドテーブルには小さく切ったリンゴが皿に載せられている。
「ジーナから一応話は聞いたのだけど……使い方を知りたいってことは、貴方も闇魔法の適性があると診断されたの?」
「……えっ、診断?」
初耳の単語にネレスは首を傾げた。
「ええ。適性検査っていうのがあるのだけど……人間は生まれてから90日くらいで、全身に大気中の魔力が浸透するの。浸透した魔力のうち、どの属性が一番入り込んでいるかで適正魔法が分かるのよ」
「へえぇ……!」
「成長過程で変化することもあるから、基本的に生後90日と、20歳で成人したときの2回測ることになってるわ。だから貴方も受けているはずなのだけど」
ネレスに闇魔法の適性があると言ったのはアルヴァロだ。診断は受けていないが、魔族であり、直接ニュムパを見ることができる彼の言葉に間違いはないはず。
しかしそれをどう説明しようと悩んでいるとシムフィが短く「受けてる」と言った。
「お嬢様に記憶はないけど、闇属性の適性は出てた、です」
「そうなのね」
驚いてシムフィを見上げる。彼女はまっすぐにロレッタを見つめていた。フォローしてくれたらしい。
さらに隣にいたジーナも口を開いた。
「素質はあると思うわ。無意識に使えていたから」
「エッ!?」
「私、あのときは言わなかったけど……植物から水分を吸い出すなんて、普通の水魔法じゃできないのよ。闇魔法と掛け合わせた高度な魔法を、貴方は無意識に使ってた」
(嘘やろ!? いやだって水分やん! 水分は水やん!?)
ネレスは混乱した。口をぽかんと開けて「エ、エェ……?」と戸惑う様子にロレッタが小さく笑う。
「や、闇魔法にはコツがあるって、お父様に言われた……んだけど、無意識に使ってた、とは……?」
「そのコツを無意識に使っていたのでしょう。それにただ闇魔法を使うだけなら、コツは必要ないわ」
「エッ」
「おそらく貴方の父親は、特性を知りたかったのでしょうね。光魔法の特性が治癒であるように、闇魔法にも特性があるの」
やせ細った白い手を上げ、彼女は囁く。
「
ロレッタの手のひらに小さく丸い、黒いモヤが滲むように生み出される。ジーナが近くのリンゴをひと切れ掴み、ひょいっと投げた。
黒いモヤと接触した瞬間、リンゴは闇に呑まれ――跡形もなく消滅する。
「闇魔法の特性は、吸収よ。触れたもの全てを吸収し、術師の魔力に変換するの」
ネレスは呆然と口を開いたまま「…………つよくない?」と零した。
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