19.瓜坊

 食事をしよう、と案内されたテーブルには2人分の料理が用意されていた。どうやらアルヴァロもネレスの部屋で食べるらしい。

 彼はテーブルに並べられたミートパイや白いパン、ステーキにワインを見て「西は栄えているだけあって食事が豪勢だな」と言った。


「お父様の屋敷でもそんな、変わらなかった気がするけど……?」

「屋敷の敷地内だけで食糧を賄えるようにしているからな。バラエナ領のほかの街だと、もっと簡素で野菜や塩漬けの肉などが多い」

「……そうなんだ」


 『ネレス』になってから、現代日本には劣るものの充分に美味い料理しか食べていない。改めて、彼に養子として迎えられなければどうなっていたのだろうと思いながらフォークに手を伸ばす。

 食事中に聞く話題ではないと思うが、どうしても気になっていたことを尋ねた。


「お父様は……魔族なんだよね? なんでネミラス王国の味方をした、っていうか、魔族を追い出したの?」


 アルヴァロは「ふむ」と考えるように視線を逸らす。


「色々と複雑な事情がある……が、単純に……いや、これは秘密にしておこう」

「エッ」

「君には常に正直でありたいが、さすがにこれは嫌われてしまいそうだ」

(何かやらかしてますって言ってるようなもんやろそれ!?)

「き、嫌いにはならんよ……怖くないって言った、でしょ」


 そう言ったものの、彼は黙って微笑むだけだった。


「他の話題なら構わない。そうだな、どうして君の居場所が分かったのか、という話はどうだ?」

「そ、それも気になるけども……!」

「以前、君にはニュムパの話をしたと思うが覚えているか?」


 絶対に魔族を追い出した理由を話すつもりはなさそうだ。仕方なく変えられた話題に乗ることにし、ネレスは渋々頷く。

 大気中にいる七属性のニュムパから魔力をもらい、魔法を使うことができるという話だったはずだ。


「実はニュムパの存在自体、ほとんどの国で認められていない。――ニュムパを視認できるのが魔族だけだからだ」

「え!? ずっと、どうやったらニュムパに愛されてるとか分かるんやろって思ってたけど……パ、お父様が特別で見えてただけ……ってこと!?」

「そういうことだ。なぜ居場所が分かったのかというのも、ニュムパが見えるからという単純な話だな。君は特に愛されているから、1箇所に闇のニュムパが集中していて分かりやすい」

「はえ~……」


 彼の瞳には世界がどんな風に映っているのだろう。

 まさかとは思うが、ネレスは真っ黒なモヤに包まれて顔が見えなかったりしないだろうか。ホラー映画みたいに。


「お父様……私の顔は見えてる?」

「うん? ……ふふ」

(なにわろてんねん! こっちはホラーになってないか心配しとるんやぞ!)

「ニュムパを見るかどうかは意識的に切り替えられるから大丈夫だ。世界一可愛らしい顔はしっかりと見えている」

「ア、そ、そう……」


 全くブレない男になんとも言えない気持ちになり、ネレスはモゴモゴと口篭りながらミートパイを口に放り込んだ。


「それにしても、まさかロレッタ嬢の家に居るとは思わなかったが。どうやって入れてもらったんだ?」

「ングッ……エ、えっと、その……色々あって……」


 喉を詰まらせかけ、慌てて水を飲む。冷や汗をかきながらネレスは視線をさ迷わせた。森で攻撃されたあと一緒に薬を作ってましたなんて言えない。


 シムフィはネレスが薬を作れるということを受け入れてくれた。だったらもっとネレスに甘いアルヴァロも、きっと受け入れてくれるのだろう。分かっている。そのくらいは、彼のことを信頼できるようになった。


 けれど、生きるか死ぬかの瀬戸際だったジーナのときと違って今は穏やかな食事中だ。上手く切り出すことができない。


(勢いが……勢いがほしい、勇気を出すんやワイ……!)


 そう逡巡している間にアルヴァロが「言いづらいなら、答えなくてもいい」と言ってしまった。余計に勇気が萎むのでやめてほしい。


「あ、や、でも……」

「少し気になっただけだ、君を悩ませるつもりはない。観光はできたか? 花を買っていたようだが」

「それは、花屋のお姉さんにもらったやつ……」


 アルヴァロにつられて話題がどんどん変わっていく。結局食事を終えたあとも薬のことは言い出せず、そのまま1日が終わってしまった。



 翌日。

 朝食を終えたあと、アルヴァロにジーナたちの家へまた行ってくると告げた。やっぱり薬のことは言い出せなかったが、彼は何も言わずに頷く。

 申し訳ない気持ちでいっぱいだったけれど、ジーナに怪しまれるからついて行けない、と置いていかれる子犬のようにシュンとしていたアルヴァロは少し面白くて笑ってしまった。


 シムフィと手を繋いで肌寒い街の中を歩いていく。徒歩なのはカエバルを出そうかと提案されたものの、寄りたい場所があるからと断ったからだ。


「林、ですか?」

「うん。ロレッタ嬢……? が、早く元気になるように、もうちょっと採りたい草があって……」


 彼女はいつも通り、無表情のままこくりと頷いた。

 採りたいのはラベンダーもどきと呼んでいるものだ。その名の通りラベンダーのような紫色の花をつける草で、根っこに滋養強壮の効果がある。

 何日も熱が続いているというのであれば、熱が下がったとしても体力的にしんどいだろう。だからどうしても持って行きたかった。



 少し遠回りして、前回入った森とは違う林の中へ足を踏み入れる。目的のものはすぐに見つかった。


「アッ、あれ! あの紫のやつ」


 シムフィは珍しそうにラベンダーもどきを眺めた。首を傾げながら「どのくらい、使う?」と尋ねる。


「2本くらい、かな……使うのは根っこだけ」


 せっせと掘り起こし、水魔法で土だらけの手ごと洗う。魔法が使えるというだけですごく便利だ。もう知らなかったころには戻れないかもしれない。


「これでいい……ありがと、行こう」

「ん」


 早速ジーナたちの家に向かおうと踵を返したとき、ガサッと草むらを踏むような音がした。

 シムフィが勢いよく振り返り、慌ててネレスも視線を向ける。密集した植物がしばらくガサゴソと動いていたと思ったら、唐突にポンッと中から動物が顔を突き出した。


「……あっ! ウリ坊!」


 小さなイノシシの頭にネレスは声を上げる。シムフィが「……うりぼう?」と小さく呟いた。


 正確にはウリ坊もどきだ。

 てこてこと現れたその全貌を見て確信する。イノシシの頭に、ネコ科のような前足、ずんぐりとした縞模様のある丸い胴体に、鱗の生えた下半身と魚のような尻尾を持っている。


 それは前世でオンディーラがよく仕留めて食べていた獣だった。目の前にいるウリ坊はまだ小さいが、これが豚くらい大きくなったら食べ頃なのである。青っぽくてちょっと禍々しい色はしているが、非常に美味だ。

 とても人懐っこいため、心苦しいものの狩りやすい獣だった。


「ウリ坊、おいで~」


 両手を広げて呼び寄せると、大きな鼻をふんすと鳴らしてウリ坊もどきは近寄ってきた。ネレスのスカートを不思議そうに検分している。青っぽい毛並みをわしゃわしゃと小さな手で撫でた。


「シムフィは、この子知ってる? 食べると肉と魚の中間みたいな、不思議な味で美味しいんだよ」

「……」


 そう言って見上げると、シムフィはぱちぱちと不思議そうに瞬きをしていた。

 しばらく黙ったあと、彼女は珍しく躊躇うように告げた。


「お嬢様……それ、魔獣の幼体……」

「…………エッ!?」

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