21.暴発

 ロレッタは手を軽く振って魔法を消す。


「そう、強いの。びっくりするくらい。だから危険視される。人は理解の及ばないものや、自分で制御できないものを恐れるから」


 微笑みながら紡がれる言葉のなかに、どことなく軽蔑や諦念のようなものが混ざっているような気がした。心臓が締めつけられるように痛む。


 前世で薬を初めて村人に渡そうとしたとき、引き攣った笑顔で断られたことを思い出した。その人は服や布の余りを分けてくれたり、親を失ったネレスの面倒を時々見てくれていた女性だったからショックは大きかった。

 治癒は魔法で行うものと決まっていたのだ。怪しむのは当然である。頭ではそう理解していたけれど――。


「……だからといって、拒絶されても仕方ないって、自分に言い聞かせるのもしんどい……よね」


 ネレスの言葉にロレッタは目をみはった。


「そう、かしら。考えたこともなかったわ。ずっと、私が悪いって思ってた。……貴方は強いのね」

「エッ、いや、全然……」


 共感するつもりで言ったのにどうやら違ったらしい。恥ずかしさにネレスは身を縮こまらせた。


「姉さんは何も悪くなかったって、私ずっと言ってるのに! 確かに危険かもしれないけど、それでなんの説明もないままリストに入れて監視して、教会の施しも受けられないなんておかしいでしょ」

「そ、そんなことが……」

「具体的にどう危険なのか教えてくれれば、こんなことには」

「ジーナ」


 たしなめるような響きで、ロレッタが静かに名前を呼ぶ。言葉に詰まった彼女は視線を逸らした。

 何となくは察していたが、やはり闇魔法の適性者は差別されているらしい。どこに行っても教会の気配がして嫌になる。


「中部のもっと偉い人がこの現状を知ったら、街のクソみたいな奴らを罰してくれるはずなのに……」

(せやろか……?)


 悔しげなジーナにネレスは無言で唇を引き結んだ。アルヴァロが神子になるための儀式で大暴れしたくらいだから、たいして変わらないような気がする。

 小さく息を吐いたロレッタが「ごめんなさい、話が逸れたわね」と空気を変えるように手を叩いた。


「闇魔法の特性はさっき言ったとおり。でも特性は意識していないと使えないの。吸収する、飲み込む……貴方が無意識に考えた水分を吸い出す、というのも当てはまるわね。そういうことを考えながら使わないと、ただ暗闇を生み出すだけなのよ」


 ロレッタがまた手のひらにモヤを作り出したかと思うと、もう片方の手を無造作にモヤへ突っ込んだ。思わず「アッッ!?」と声を上げる。

 しかし彼女の手は無事だった。


「ほら、大丈夫」

「……び、びっくりした……」

「闇魔法で吸収するなんて、なかなか思いつかないでしょう? だからほとんどの適性者はこの特性を知らないんじゃないかしら」


 ロレッタの言葉に続いてジーナが「貴方もそうよね?」とシムフィを見る。シムフィは黙ったまま頷いた。


「エッ、シムフィ? ど、どういうこと?」

「私もちょっとだけ闇魔法の適性があり、ます」

「そうなの!?」


 もう一度頷いてシムフィは左手を上げた。パキンと音がした瞬間、彼女の手が紫色に染まる。あっとネレスは声を上げる。

 襲いかかる木の根をへし折っていたときも、同じように染まっていたことを思い出した。


「普段、岩魔法を手や体に纏わせて殴ったりしてる……けど、闇魔法が混ざるから、紫色になる」

「そういうことだったんだ……!? じゃ、じゃあシムフィも闇魔法を使えるんじゃ……?」


 彼女は手を元に戻しながら首を横に振った。


「私の闇魔法の許容量はとても少ない。色は混ざるけど、魔法としては出せない」

「そ、そうなの?」

「適性によって貯められる魔力の量が違うのよ。例えば火に適性のある人だったら、火の魔力はバケツ1杯分貯められて、大きな火魔法を使える。でも水の魔力はスプーン1杯分しか貯められないから、小さな魔法しか使えなかったりするの」

「なるほど……」


 不思議そうな表情で頷くネレスにロレッタは微笑んだ。


「貴方の許容量はどれくらいかしら。試しに吸収は意識せずに、ただ闇を……そうね、さっき私がやったみたいに、手のひらの上へ出すイメージをしてみて。それと同時にオプスとも言ってちょうだい。闇という意味の古代語なの」

「こ、古代語?」

「ええ。遥か昔に使われていた言語で呪文を唱えることで、より安定した魔法が使えるのよ」

「わ、分かった……」


 古代語が時々聞いていた補助呪文とやらなのだろう。躊躇いながらネレスは小さな手のひらを出した。

 呪文を口にするのはなんだか気恥ずかしい。しかしせっかく教えてくれているのだから、勇気を出さなければ。


(吸収はしない、吸収はしない……!)


 緊張しながらネレスは呟いた。


「――オプス闇よ


 ざわりと肌が粟立つ。どこか遠くで歓喜のような叫びが聞こえた。

 体の中の力がごっそりと持っていかれたような感覚がする。ばつん、とスイッチが切られたような唐突さで、視界が闇に包まれた。


「エッ……!?」

「きゃっ……!」

「お嬢様!」

「エッなっ、なに、みんないる!? 大丈夫!?」


 本当に何も見えない。完全な暗闇の中、遠くで叫び声が聞こえた。誰かに抱きしめられ、それがシムフィであることが分かって安堵する。


「ネレス、魔法を止めて! なにも見えない……!」

「うわっご、ごめん……!」


 ロレッタの叫びに慌てて(消えろ……!)と強く念じる。その一瞬で辺りを覆っていた闇は消え去り、眩しい光が射し込んだ。

 魔法は収まった。収まったが――家の外から人々のざわめきや怒声が聞こえる。まさか、外にまで闇魔法が広がってしまったのだろうか。


「ど、どうしよう……!」

(やばい……だいぶやばくないかこれ……!)


 ロレッタとジーナは青い顔をしている。この街で闇魔法が使えると認識されているのは、ロレッタだけだ。もしかしたらこの家まで街の人々がやってくるかもしれない。

 そう考えた瞬間、家の扉をドンドンと激しく叩く音がした。ジーナがびくりと肩を跳ねさせ、ロレッタの手を握る。


「ご、ごめんなさい……!」

「謝らないで、貴方は悪くない。私がうっかりしていたわ……補助呪文なしで魔法が使えると聞いてたのに、すっかり忘れてた……! 呪文が必要ないほど強いのに呪文なんて使ったら、暴発してしまうに決まっているのに」


 ロレッタが青い顔のまま首を横に振った。

 扉を叩く音はしきりに激しくなっている。焦ったネレスはシムフィにしがみついたまま必死で思考を巡らせた。


「パ、お、お父様に……どうすれば……」

「お嬢様、ベルを」

「アッそ、そっか、届くか……!?」


 慌ててベルを作り出し、アルヴァロのところにも届くようにイメージしながらリィンと鳴らす。

 それと同時に破壊音が響き、扉が蹴破られた。


「ヴァセラル第二騎士団だ! ロレッタはいるか!」

「まずい……!」


 やらかしたのはネレスだ。とりあえず騎士団の人間に説明をして時間を稼ぎながら、アルヴァロを待ったほうがいい。

 そう考えて立ち上がろうとしたとき、シムフィがネレスの肩に手を添えて止めた。


「お嬢様は待ってて」

「え、で、でも、私が行かなきゃ……」


 戸惑うネレスを置いて彼女はずんずんと階段のほうへ歩いていく。何をする気だろう。

 駆け上がってきた騎士たちと目が合った瞬間、シムフィは目にも留まらぬ速さで彼らを蹴り落とした。


「シムフィ!!??」

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