16.調合

 どれくらい経っただろうか。広い森の中を歩き回り、30分ほどで充分な量の薬草を集めることができた。

 ネレスが選んだのは3種類。前世で直球に『赤いやつ』と呼んでいた赤い実、白い花が鈴のようについているため名付けた『ハンドベル』、黄色い花がまとまって咲いているため名付けた『ケルベロスタンポポ』だ。

 絶対にこんな名前でないことだけは分かっている。


 薬草を入れた籠を持ち、ジーナが「これでいいの?」と尋ねた。


「うん……問題は、全部日干しにする必要がある、ってことくらいだけど……」

「駄目じゃない、何日掛かるのよそれ」

「や……」


 実は探索中、ネレスはずっとその問題について考えていた。

 日干しにする理由は、薬効が驚くほど高まるからだ。ついでに保存もきく。おそらく乾燥することによって成分が凝縮されるとか、そんな感じなんじゃないかとネレスは予想していた。

 凝縮さえできればいい、そのためには何をすればいいか。


「多分、水分を抜けばいい、と思う」

(今のワイなら魔法を使える。イメージすれば薬草の水分を呼び寄せることもできる……と思いたい)

「水分を抜く、ったって」


 ジーナが戸惑ったように籠の中へ視線を落とす。ネレスはずっと持っていた2輪の花をシムフィへ渡した。

 そして、籠の上に小さな手をかざす。目を閉じて眉間に皺を寄せた。


「ん……」

(イメージよな。水分が出てくるイメージ……良い子のみんな、出ておいで~! 水分体操の時間だよ~!)


 脳内で子供番組のお兄さんのような掛け声を出しながら、薬草内の水分を全て吸い出すようなイメージをする。ジーナとシムフィが驚いたような声を上げた。


 薬草から無数の水滴が浮き上がり、ネレスの手の周囲をくるくると回っている。目を開いたネレスはその様子に「やった……!」と小さな声で喜んだ。

 水滴たちは人の形をとって、体操のような動きを繰り返している。


(いやそこまで再現しなくてええ!)


 体操している水たちはともかく、本命の薬草もきちんと干からびている。とりあえず成功だ。


「貴方――」


 目を見開いたジーナが何かを言いかけたが、口を閉じた。


「……補助呪文なしで魔法を使えるなんて、すごいのね」

「え?」


 補助呪文とは彼女やアルヴァロが唱えていたものだろうか。アルヴァロも無言で使うことが多かった気がするけれど……いや、彼を基準にしてはいけないような気がする。

 ネレスの潜在能力が高いのか、ジーナがお世辞を言ったのか悩んでいる間に彼女は「じゃ、帰りましょ」と踵を返した。慌ててネレスもシムフィと手を繋ぎ、ジーナの後を追いかけた。



+++



 一度は追い返された門戸をくぐり、2階建ての家へ入る。内装は石壁に板床とシンプルで、木製の家具が揃った飾り気のない部屋は静寂に包まれていた。玄関の近くにかまどがあり、奥には2階へ繋がる階段が見える。


「姉さんは2階で横になってるから、静かにね」


 かまどの近くにあるテーブルへ籠を置いたジーナは振り返った。


「それで、どうすればいいの?」

「え、えっと……このケル、黄色い花と白い花のふたつは同じ鍋で煎じて、赤い実だけ別で煮る……」


 頷いた彼女は鍋を取り出し、ネレスに向かって差し出す。


「水を入れたりってできる? 私、水魔法はからっきしで汲みに行くしかないのよね」

「で、できると思う……」


 水を出すだけなら、ベルや魚を作るときの要領でかなり得意になったような気がする。難なくふたつの鍋に水を満たし、薬草をそれぞれ放り込んだ。

 ジーナは木魔法しか使えないらしく、かまどは薪を燃やして使うようだ。火をつける段階でシムフィがネレスをかまどから引き離した。


「危ないからお嬢様は下がってて、ください」

「うん、ありがと」


 あまり見たいものではなかったため、内心安堵しながら「あとは、水が半分になるまでずっと火にかけてて……」と指示をした。


「結構時間が掛かるわね。どうぞ、出せるものは何もないけど座ってて」

「アッ、ありがと……」


 自分だけというのは居心地が悪いし、立たせたままもどうかと思ったためシムフィにも勧めた。しかし彼女は「いい」と短く断った。


「使用人を座らせようなんて、変わったお嬢様ね。やっぱりあの男がバラエナ辺境伯なんて嘘でしょ」

「ウェ!? い、いや……それはほんと……私が世間知らずなだけで……」

「絶対違うと思うけど……騙されてるんじゃない? だって、本当にバラエナ辺境伯はすごいのよ。雲の上の人って感じで!」


 鍋の様子を見ながらジーナが興奮したように拳を握る。


「誰にも分け隔てなく優しくて、笑みを絶やさない貴公子! 数多の女性から縁談を申し込まれたのに、女神ミフェリルへ一生を捧げるからと全て断り、毎日教会で祈ってるの」

「ヘ、ヘェ……」

(誰それ……)

「しかも5年前、ずっと問題になっていた魔族との争いをひとりで収めて追い払ったのよ! そんな超人、一度でいいから見てみたいわ」

(見るどころか追い払ったけどな……や、パパ上そんなことしてたんか?)


 それが事実なら一目置かれるはずだ。魔族がどういうものか知らないため内容がすごく気になるけれど、ジーナに尋ねればまた『娘なのにどうして知らないの』なんて言われそうで聞けない。

 ネレスは熱く語るジーナに「ヘェ……」と気の抜けた相槌をひたすら繰り返し続けた。


 そして1時間ほど経ったころだろうか。ようやく薬草を煎じ終わった。すり潰したりしたり混ぜたりなどの工程を経て、小さな瓶の中に煎じ薬を流し込んでいく。


「……できた。こ、これを朝と夜の2回、空腹時にコップ1杯飲ませて。……味はちょっと、いやだいぶ、まずいけど……効果はあるはず」

「……分かった。貴方に毒見までしてもらったんだもの、信じるわ」


 ジーナは真剣な表情で、薬の入った瓶を撫でた。この量なら3日分はあるだろう。


「治るのはちょっと遅めだけど……飲んだ時点で、楽にはなると思う。で、でも違ったらあれだから、また明日、様子を見に来ても……?」

「ええ、大丈夫よ。……ありがとう」

「い、いえ……それじゃあ……」


 モゴモゴと口篭りながらシムフィを見上げる。彼女は頷いて「失礼します」とネレスの手を引いた。



 ジーナの家を出ると、辺りはもう日が暮れ始めていた。建物や森や川、全てがオレンジ色に染まっている。その景色を見てネレスははたと思い出した。


「アッパ、お父様は!?」


 迎えに来ると言っていなかっただろうか。かなりの場所を移動した挙句、他人の家で薬をグツグツ作っていたが、どうやってネレスたちを見つけるつもりなのだろう。

 今頃そんなことに気づいて慌てていると、シムフィが「お嬢様、あそこ」と指を差した。


 道の先に黒い馬車が停まっている。その隣でアルヴァロが軽く手を上げていた。


(エッいつの間に!? いつから!?)


 口をぽかんと開けたネレスに歩み寄ってきたアルヴァロが「観光は楽しめたか?」と微笑みながら話しかけてくる。

 どうやってネレスの居場所を突き止めたのか、いつから待っていたのか、ジーナの家から出てきたことをどう説明するか。情報量が多すぎてネレスの頭は混乱した。


「アッ、えと、その、アレが……アレで……!?」

「はは、色々あったんだな。今日はもう戻ろう。食事のときにでも詳しく教えてくれ」

「ウ、ウン……」


 アルヴァロが屈んだため反射的に手を伸ばす。抱き上げてもらって、なんとも言えない充足感がネレスを満たした。


(やっぱ、これよな……パパ上の腕が一番安定する)


 小さな溜息を吐く。本当に今日はいろんなことがあった。どれから説明して、どれから尋ねよう。

 緊張が緩んだせいか重くなってきた瞼を擦りつつ、夕日に照らされたネレスたちは馬車へと向かった。

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