第14話:吉田の馬場の百人斬り

「だから、わらわは帰らぬと言っておるのじゃ」

「新左衛門、今も言ったが、わらわにはすでに許嫁がおる」

「ほれ、ここにおる幸太郎がわらわの許嫁じゃ」


「お、これは挨拶が遅れ申した」

「それがし姫にお支えする荷奈川 新左衛門にながわ しんざえもんと申す」

「お見知りおかれよ」


「あ、どうも〜俺、胡桃ちゃんの彼氏の真田 幸太郎です、よろしくです」


「姫、それにしても殿と奥方の許しもなく許嫁など・・そのような勝手な

ことを?」


「胡桃ちゃん確かに俺は胡桃ちゃんの彼氏だけど許嫁って・・・そんなウソ

言っちゃっていいのか?」


「ん?そちは、わらわが、かのじょってなんじゃって聞いた時、許嫁のような

もんじゃと言ったではないか?」


「ん〜まあ、たしかに言ったけど・・・」


「じゃから、わらわは苦しゅうない良きに計らえって言ったのであろう?」

「あれはウソか?でまかせか?」


「いやいや、うそなんかじゃないし、でまかせでもないよ」

「あれは俺のマジな気持ち」


「そうであろう?」

「それに観覧車とやらの中でくちずけを交わした仲ではないか?」


(それってそんなに重要?)

(キスに関しては今の子より昔の子のほうが重く捕らえるのかな?)


「ああ・・・やっぱり、あれはキスするための芝居か?」

「高所恐怖症なんかじゃなかったんだろ?」


「そんなこともうよいではないか?」

「そういうことじゃから、新左衛門、ご足労ではあったが、そなたひとりで

あちらに帰ってくれ」


「誰が迎えに来ようとわらわは帰らぬ」


「そのようなこと・・・どうしても嫌だと申されるなら腕付くでも連れて

帰りますぞ」

「それがしも姫を連れて帰らねば殿と奥方に会わせる顔がござらん」


「腕づくって、大の男がか弱い姫にそんな無体なことしていいのか?」


「だまらっしゃい幸太郎殿、いくら姫の彼氏であろうと邪魔立てするようなら

ただではおかんぞ」


「へいへい・・・あのさ胡桃ちゃん・・・新左衛門さん?には早々に、あっちに

帰ってもらってカツラだけもらっとかないか?」


「幸太郎、油断して新左衛門に近づくでないぞ」

「新左衛門は居合の使い手ゆえ刀が鞘に納まる前にそちの首が落ちるぞ」


「え〜それってヤバくない?」


「それがし、そのような卑怯な振る舞いは致さぬ」

「それに、それがしより姫のほうがはるかに強うござる」


「あんなこと言ってるけど・・・胡桃ちゃん、まじで?そんなに強いの?」


「新左衛門は大げさなだけじゃ・・・わらわはおしとやかが売りなのじゃ」


「え?誰がおしとやかだって?」


「わらわじゃ!!」

「決まっておろうが・・・」


「では幸太郎殿・・・この際よい機会じゃ、姫がいかにすごいお方か教えて

しんぜよう?・・・姫はな・・・」


「新左衛門・・・余計なことを言うでない・・・やめよ」


「いいえ、姫がいかに強いお方か幸太郎殿にも知っておいてもらったほうが

よいのです」


「よいか?幸太郎殿・・・仇討ちの話じゃ」

「姫の従兄弟の父上が酒の席で上司の収賄を暴露したことで揉めての

父上が料理屋から帰る途中、五人がかりで後を追ってきて証拠隠滅にと父上を

堀端で切り殺したのだ。


さて実はその現場には目撃者がおってのう。

その者が一部始終を奉行所にたれ込んだことで事が発覚。

侍同士の殺傷ごとと言うことでその件は仇討ちと言う形になったのじゃ。


その時の相手の助っ人はおおむね百人、こちらは従兄弟と従兄弟の嫁の二人だけ、

返り討ちは必定。

見かねた姫が親戚の由縁により助太刀することになったが、それでも三人・・・

どう見ても姫たちのほうが不利・・・勝敗は決まったかに見えた」


「じゃが、その仇討ちで、なんと姫はひとり薙刀一本で百人全員叩き斬ったのじゃ」

「もちろん従兄弟と従兄弟の嫁は見事敵討ちを果たすことができたと・・・そういう

姫の武勇伝じゃ」


「吉田の馬場の百人斬りと言われ、その話は江戸中に轟き渡っておるわ」


「黙れと言ったであろう・・・そのようなことを言うと幸太郎に引かれるでは

ないか?・・・わらわのイメージがガタ落ちであろうが・・・おしとやかな

可愛い系で通しておるのに・・・」

「その仇討ちを境にわらわを化け呼ばわりするやつまで出て来ておるじゃろう」


「しかし真実は真実」

「それがしは当家の姫は江戸一の、いや日の本一の強者と鼻高々でござる」


「うそ〜・・・まじで?・・・胡桃ちゃん、それほんと?」


俺は頭の中で胡桃ちゃんが薙刀でもって侍を百人叩き斬ってる修羅場を

想像した。


「ありえない、ありえない・・・胡桃ちゃんが?・・・絶対ありえない」

「そんなこと誰が信じるんだよ」


俺は普段の胡桃ちゃんの言動からして、どうしてもそんな大それたことできる

女だとは考えられなかった。

だって俺の脳でそれは違うだろうって全否定してるもん。


「そんな作り話までして胡桃ちゃんを俺から引き離したいのかよ」


「姫に薙刀を持たせたらそれがしなど足元にも及ばぬと言うことを言いたかった

だけじゃ」

「作り話でも嘘でもござらん・・・武士に二言はない」


「新左衛門、余計なことを言いおって・・・」


俺の心の警報アラート鳴りっぱなし・・・だけど俺今まで、いっぱい失礼があった

はずなのによく成敗されなかったよな。

でももし将来一緒になったら絶対胡桃ちゃんに薙刀は持たさないようにしないと。


たぶん俺はこの大きなギャップを理解できないまま今までどおりに胡桃ちゃんと

接するのは難しくなる気がした。


つづく。

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