第21話 さようなら。
「ねぇ朱織さん、何か知ってるんだよね?」
振り返った颯くんが聞く。
私は向埜朱織。
先週の土曜日に桜さんは成仏した。
初めて出会った本物の遼くんからそう聞いた。
そして彼にはこれから私たち(私と颯くん)には関わらない、と言われた。
あなたたちを友達と見る義理はない、と。
正直、とても落ち込んだ。
もちろん、友人を失ったからだけど、実は遼くんのことが好きだった、のかも知れなかったから。余計に。
でもそれは遼くんに扮した桜さんで。
愛おしくて、すごく世話焼きで、優しい人を失ったこの感情。
感謝したい気持ちでいっぱいなのに。
どれだけ言っても伝わらないんだ、もう。
こんな気持ちになって欲しく無かった。颯くんに。
だから何も言えなかった。
今日――遼くんが転校する日まで。
何て答えたらいいか分からなくて言葉が出なかった。
でもそろそろ遼くんと桜さんのこと、言わなきゃ。
もう、遼くんはいない、もう君の待つ人はこないって言わなきゃいけないのに。
勇気がでない。でも...
「朱織さんも何か隠してるんでしょ?」
この言葉を聞いた瞬間、やっぱり言わなきゃいけないよね、と思った。
当然、颯くんも何かあることくらい察していた。
「実はね、颯くん。君にはお姉さんがいるの。桜さんっていう……」
「...?」
目が大きく見開いた。
それから少し俯いて、眉を下げる。
驚きと後悔、という顔をしていた。
ああ、やっぱり知らなかったんだ。
知らない方が良かったのかもしれない。
だけど、言わなきゃいけないから。
「じゃ、じゃあ、いまから桜に会いに行く。それで確かめるんだ……」
「それは、無理だよ。桜さんはもう居ないの。」
「え?どういうこと、ねぇ。なんで僕の周りからどんどん人が居なくなっていくの?僕を
置いて。みんな!隠して!」
本当に申し訳ない。
その気持ちでいっぱいだった。
そのあと、颯くんは無気力な感じで、とぼとぼと帰っていった。
その背中は小さかった。
すごく辛かった。
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一体、何が起こってるんだ……?
僕に残ったのはこの1通の手紙だけだ。
丁寧な字で、『颯へ』と書かれている。
一体何が書かれているんだろう。
恐る恐る封を開ける。
『 颯へ
ごめんなさい。本当に。
今まで、隠してて。どこまで知ってるかな。
一応、全て書いておきます。』
ここから、真実が語られた。
僕は今まで桜と遼は別の友人だと思っていたけれど、本当はどちらも自分の姉だったってこと。
母親は桜を追い出したこと。
桜は僕に何度も会いに来ようとしてくれていたこと。
やっと出会えたのが死んだあとだったこと。
全部、全部遅かったこと。
僕の周りは知らないことだらけで。
誰も教えてはくれなくて。
でもそれは僕を悲しませないためで。
苦しくて。苦しくて。
誰の、何に対してかすら分からない涙が零れてきた。
『最後に。
本物の遼くんは多分あなたに対して色んな気持ちがあると思う。
たとえそれが、あなたにとって冷たいと感じるような態度をとることになったとしても、恨まないで。
あなたが接していたのは私。
彼は別人。
同じだけど、違う。
こんなに分かりにくくしてしまったのは私のせいで。
本当にごめんなさい。
でも、楽しかった。
今までの寂しさを上回るくらい。
ありがとう。
ずーっと忘れないから、颯も忘れないでね。
姉より。』
忘れるもんか。
忘れられるわけない。
あぁ。もぅ。
あぁぁぁ。
こんな情けない声しか出せないのか。僕は。
その日は僕にとって、忘れられない日となった。
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昨日はろくに何も口に入れていない。
でも、お腹は空いていない。
到底何か食べれるような気がしない。
お風呂にも入らず、髪もボサボサな情けない僕がここにいて。
でも優しかった桜も、遼も居ない。
この世界を生きていかなきゃいけないこのしんどさが、重力と共に頭の上からのしかかる。
階段を降りて。
「おはよう」
と笑顔に話しかける母親が気持ち悪くて。
今まで過保護なだけだと思っていたのに。
自分の娘をあんなふうに扱うなんて。
本当に信じられない。悪魔だ。
ここに自分はいたくない。
だからあてもなく歩いた。
漂泊だな。まさに。
空気がやけにジメジメしていて。
しんどかった。倒れそうだ。
昨日の夕方から一滴も水飲んでないや。
目の前がフラフラする。
その時だった。
「颯くん?颯くん!!大丈夫?」
「大丈夫。喉が渇いて。」
ふと、力が抜けて地面へと落下する。
目の前はコンクリートで。
前に頭を打って入院した時と同じ痛みを味わうと思うと、怖くて、目をつぶった。
僕の前に待ち構えるのは、冷たい、痛いコンクリート、のはずだった。
でも僕の体は柔らかいなにかに包まれたのだった。
「しっかりして!颯くん。」
と彼女は必死になりながら、カバンから水を出して飲ませてくれた。
それから、彼女はこう言った。
「私に。着いてきて。」
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「みんな、隠して!」
そう言われたあと、私は何も言えなかった。
家へと帰っても、颯くんのことが心配で。
寝ようにも寝れなくて。
朝まで結局起きていた。
机の上には桜さんが最後に渡してくれた、颯くんの叔父さんの住所が書かれた紙がある。
そっか。
まだ、私にはやらなくちゃいけないことがあった。
颯くんが全てを信じなくなるその前に。
颯くんにどうしても、立ち直って欲しかった。
だから。全速力で走った。
颯くんの家が見えてきたその時。
ふらつく彼の姿が見えた。
急いで彼を抱えて、水をあげた。
実は私が口をつけたものだったのは言わないでおこう。
初めての間接キス、取られちゃったけれど。
さぁ。言おう。行こう。
「私に。着いてきて。」
抵抗もせず、興味も示さなくなってしまった颯くんを見るのは辛かった。
電車に乗る時も、「どこに行くの?」すら聞かない。
もしかしたら、お姉さんがいたところに行くなんて、辛くて嫌かもしれない。
けど、これは託されたことだから。
「着いたよ。颯くん。」
彼は俯いたままだ。
構わずドアノブに手をかける。
「こんにちは。」
「こんにちは。朱織さんだよね。」
「はい。」
「颯くん、こっちに来て。」
彼は無言で近寄る。
「今日、何の日か知ってる?」
叔父さんは決して暗い顔をしない。
笑顔だった。
でも真面目で、誠実そうな顔。
その横顔のラインの筋がくっきり出ている。
「……」
「黙ってちゃ当たんないよ?」
「普通の日でしょ。何も無くなった。」
何も無くなったなんて、言わないでよ。
私はいるのに。
しかも何も無くなったら普通の日じゃないでしょ。
「いや、今日は特別な日だよ。」
「どういうことですか。」
じれったくなった颯くんがつっかかる。
「君のお姉さんの誕生日。」
「えっ……」
一瞬にして彼の表情が変わった。
「だから、ケーキを作って欲しいんだけど。」
「……もういないのに、ケーキ作るんですか?」
「別に作ったっていいだろう?ああ見えて桜はよく食べる子で、特に甘いものは大好物なんだよ。」
「もう……そんなこと言わないでください。また思い出しちゃうじゃないですか。」
颯くんがまた下を向く。
「とりあえず、つくろ?颯くん」
私がそう言うと彼は渋々作り出した。
それから数十分後、ケーキは完成した。
生クリームはガタガタで、上に乗っているイチゴはななめになってるけど、とても美味しそう。
ぐーっとお腹が鳴った。
あははっと3人で笑う。
くらい顔をしていた颯くんも少し声が明るい。
良かった。
「さ、食べよ?」
それから私たちはハッピーバースデーの歌を桜さんの仏壇に向けて歌ったあと、ひとつ残らず食べきった。
その時の味は甘くてでも桜さんとの別れを感じる寂しさもあって。
私にとって忘れられない味になった。
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作者のひとりごと。
今回も読んでいただきありがとうございます!
少し暗いお話にはなっているのですが、ついに明日は最終話です。
颯がどう進んでいくのか。彼の生き方があらわれた最終話になっていると思います。
どうぞお楽しみに。
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