第19話 彼女がくれたもの
目を開いた。
えっ……戻ってる。
今日は桜さんが俺の体を使ってあいつとショッピングセンターに行くとか言っていた。
実際、ワンピースを来ているし、カツラだって被ってる。
笑えてくるほどおかしな格好だった。
成仏の期限は明日だから、今日は最後の晩餐にカレーでも食べようぜなんて話したんだ。
なのに。どうして?
なんで俺が出てきてるんだ?
成仏の期限は明日のはず。
ノートであんなにカウントしてたんだから、間違ってないはずだ。
俺は松野遼。
本人だ。
一体どういうことなんだ。
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振り返るとあいつがいた。
あの颯とか言うやつ。
桜さんの弟だったか。
あ。
すべてが分かった。
あぁ。
そうか。
良かった。
満たされたんだな。あの人の欠けた感情が。
無事成仏できたんだ。
予定通り桜さんは颯と出かけて、成仏できた。
ただそれだけの事なんだ。
彼は何も知らない。
知らないままでいい。
知らない方が幸せなんだ。
でも。
これで良かった。
ハッピーエンドのはずなのに。
納得出来ない。
桜さんが、颯の姉として堂々と接することが出来なかったこの事実が、俺は本当に悔しい。
赤の他人だ。所詮。
だけど。今は違う。
彼女は俺を救ってくれた恩人で、俺にとっていちばん幸せになって欲しい人だったんだ。
もういいかと捨てかかったその体はあの人を
少なからず1人の魂を幸せにした、のかな。
もしかしたら俺のしたことは間違ってたかもしれない。
俺と桜さん(霊体)が出会い、契約を交わしてから昼間、つまり学校の時間はこの体は桜さんのもの、そして家では俺に戻るという生活だった。
その日その日にあったことは、1冊の交換ノートを通して伝えあっていた。
彼女が俺の体を使う時、俺は霊体になる。
自由に彷徨えるのだ。
つまり透明人間。
彼女が俺の体を使い始めて間もない頃は彼女のことが心配で、よく学校に覗き込んでいたものだ。
彼女のせいなのかおかげなのかは分からないが、俺はすっかり陰キャから陽キャ転生を果たしていた。
随分と楽しそうだった。
何の心配も要らなかった。
彼ら彼女らが談笑しているのを見て羨む自分に呆れて商店街をさまよっている間にも、それは感じた。
初めは銭湯で女湯に行こうとかそんな下心も抱いたものだが、孤独感が強すぎて、そんなこと興味無かった。
体がないだけ。
ただそれだけなのに、挨拶もして貰えない、自転車にも轢かれる、美味しいご飯も食べられないし頼めない。
だからかな。
正直羨ましかった。昔の自分が。
生きていること、体がある事のありがたさをしみじみと感じたのだ。
交換ノートにはいつも楽しそうな俺のことが綴られていた。
そして ありがとう、と毎日最後に記されているのだ。
これから俺はどうやって学校生活を送ったらいいんだろう。
桜さんみたいに振る舞えない。
いっそずーっと憑依してて貰って良かったのに。
だんだん自分に自信が無くなる。
俺が俺として生きていいのか、分からなくなってしまいそうだ。
俯くと下に何か落ちていた。紙?
「ありがとう」
とかいてある。
ただ一言だけ。その字は丁寧で綺麗で。
直ぐに桜さんのものだと分かった。
俺は誰かを幸せに出来た、と認めてもらえた。
彼女は俺に欠けたものをくれた。
生きてて良かったという感情。
それをもらった俺は、俺らしくいなきゃ行けない。
使命だこれは。
目から滴りかけた水分を袖でゴシゴシして隠す。
そして家のドアノブに手をかける。
1歩踏み出して。
「ただいまっ!」
と叫ぶ。
やっぱり涙は止まりそうに無かった。
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