歯車の紛失

 月明かりの屋上で、私は手廻しランプの修繕をしていた。

 世の中に朝が来なくなって久しい。灯りを失ったままでは、生きてはゆかれないのだ。

 外した部品を並べてゆくさなか、どういったわけか手元が狂った。

 指先に弾かれた歯車の一つがあっという間もなく跳ね転がり、足場を囲う柵の間をすり抜ける。静かな水音がした。足下は、暗い海だった。

 呆然と見つめる水面を、月がするする泳いで行く。

 不思議に思い顔を上げれば、長きにわたり停止していた夜の沈む姿が見えた。水平線に射す、一筋の光が。

 ランプの修繕は急がずともよいかもしれない。

 いよいよ眩しさに耐えられなくなった私は、そっと目を閉ざした。


(お題:車/歯車)

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ふしぎの国の300字 阿木ユキコ @akikimory

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